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白石たちはエレベーターで二階へ降り、営業部を探す。二人はすぐに営業部の部署を見つけた。
「失礼します……」
少々恐縮しながら白石たちはそのオフィスへ入る。
営業部のフロアはとても広かった。たくさんのデスクが向かい合わせになっていて、そこにスーツを着た従業員の男女がまばらに座っていた。彼らは自分のノートパソコンと睨めっこしていたり、電話に出たりとしていた。まばらなのは外回りをしている従業員もいるのだろうと白石は思った。
「あの、すみません……」と、片桐が近くにいる女性スタッフに声を掛ける。
「はい?」と、彼女は片桐を見る。
「ここに今、水田さんはいらっしゃいますか?」
片桐がそう訊くと、「水田は……」と彼女は辺りを見回す。それから、「さっきお手洗いに行かれたみたいですけど……」と、彼女は言った。
数秒後、入り口から見覚えのある男の顔が入って来た。水田だった。
「あ、戻ってきましたよ」
それから、その女性がそう言った。
「どうもありがとうございます」
片桐はその女性にそうお礼を言って、水田の方へ走る。白石も彼女にペコリと頭を下げ、片桐の後に続く。
「水田さん!」と、片桐が彼に声を掛ける。すぐに水田は片桐たちに気付いた。
「あ、どうも」と、水田は言う。
「ちょっとお話いいですか?」
それから、片桐が言った。
「ああ……いいんですけど、ここじゃあアレなので、下のカフェに行きません?」と、水田が小声で言った。
確かにここで話すのもなんだなと白石も思い、頷く。
「ええ、そうしましょう」と、片桐は頷いた。
それから、三人は階段で下へ降りる。一階にこぢんまりとしたカフェスペースがあった。そこでは従業員らしき人たちがお昼を食べたり、コーヒーを飲みながら読書をしたりとゆっくりと過ごしていた。
「で、お話というのは?」
早速、水田が口火を切る。すぐに白石が口を開いた。
「み、み、水田さん。さ、さ、昨日、しゃ、しゃ、社長と別れてからけ、け、今朝まであ、あ、あなたはな、な、何をされていました?」
「うーんと、社長が副社長んところに行ってから、僕はその後も亜美さんと一緒に飲んでいました」
「亜美さん?」と、片桐が訊く。
「あー、清水さんです。秘書の」と、水田は言う。
「あー、なるほど」と、片桐は頷く。それから、「何時頃まで飲んでいたんです?」と、彼は訊いた。
「十時くらいまで飲んでいました。それから、亜美さんとは別れて、僕は直帰しました。帰ったのは午後十一時前でした。それから、お風呂に入ってすぐ寝ました」
「ふんふん」と、片桐が頷く。
水田は話を続ける。
「翌朝も仕事で、朝七時には起きました。朝食を食べて八時過ぎには家を出てます。今朝は、八時四十分にはここへ着きましたよ」
水田の話を白石は手帳に走り書きする。
「そうですか」と、片桐は言う。「分かりました」
「そ、そ、それと」と、白石が口を開く。「し、し、清水さんやふ、ふ、副社長さんい、い、以外でしゃ、しゃ、社長をに、に、憎んでいるひ、ひ、人ってど、ど、どなたかご、ご、ご存知ないですか?」
「社長を憎むか……うーん」
白石にそう訊かれて、水田は考える。少しして、彼は口を開いた。
「パッとは思いつかないです……。前にもお話ししましたけど、僕は社長を憎んでなどいないですし、多分、亜美さんや木下副社長も憎んでいないと思います」
「どうしてそう思うんです?」
それから、片桐がそう訊いた。
「だって……。もし僕が社長のことを憎んでいたとしたら、殺すよりも先にこの会社を辞めると思います。いわゆる『社長方針』が自分と違うんで、この会社に所属したくないという考えです」と、水田は真剣に話す。
「あー、確かに」と、片桐が頷く。白石も大きく頷いた。
「はい。あ……すみません。急に熱弁してしまって……」
それから、水田が我に返ったように言った。
「いえいえ」と、片桐は手を振る。それから、「水田さんのおっしゃる通りだと思います」と、彼は言った。
「だ、だ、だから、ふ、ふ、副社長さんやし、し、清水さんはしゃ、しゃ、社長をに、に、憎んでいないと」と、白石が言う。
「はい」と、水田は頷いた。
「でも、社員じゃないとなると、一体誰が?」
それから、片桐が自問自答する。
「か、か、家族とか?」と、白石が呟くように言った。
「家族か……まさかな」
片桐は神妙な顔で呟いた。
「あれ? もう一時半だ!」
それから、水田が腕時計を見て言った。「すみません、ちょっとこの辺りで失礼してもよろしいですか? この後、営業で……」と、水田は二人の刑事の顔を見て言った。
「ああ、すみません!」と、片桐がすぐに言った。「どうぞどうぞ」
それからすぐに水田は立ち上がる。
「お時間頂き、ありがとうございます」
片桐は丁寧にそう彼に言った。
「いえ。すみません。では、失礼します」
水田はペコリとお辞儀をして、そこを離れた。
「彼はシロか……」
水田が去った後、片桐が呟くように言った。
「そ、そ、そんなか、か、感じはするね」と、白石は言う。
「本当にあの三人の誰かじゃないのかな?」
「ぼ、ぼ、僕はしゃ、しゃ、社員のだ、だ、誰かだとお、お、思うけどね」
「でも、もし彼らじゃないとしたら、一体誰が? 実は家族でした……ってか?」
「ま、ま、まあ、そ、そ、そのか、か、可能性だ、だ、だってある……」
「だとしたら、今度は社長の家族に話を聞きに行くか!」
それから、片桐はにやりと笑って言う。
「ま、ま、待って!」
すぐに白石は彼に言う。
「ん? どうして?」と、片桐は不思議な顔をする。
「ま、ま、まだは、は、話をき、き、聞いていないひ、ひ、人がい、い、いるじゃないか!」
白石がそう言うと、片桐は「あ!」と言う顔をした。
「木下副社長ね」
彼はそう言った後、すぐにお腹が鳴る。
「あー、腹減った……」
気が付けば、午後一時半を過ぎている。白石もお腹は空いていた。
「副社長さんが戻って来るまでまだ時間あるよね? その前に、お昼でも食べない?」と、片桐が言った。
「う、うん」と、白石は頷く。
「あれ? あそこに食堂ってあるよ!」
カフェの向かい側に、社員食堂があった。片桐がそれに気付いて言った。
「ぼ、ぼ、僕たちもた、た、食べてもへ、へ、平気かな?」と、白石は言う。
「どうだろう。ちょっと受付で聞いてみよう」
そう言って、片桐はすぐ側の受付まで歩く。受付の女性と話し戻ってくると、「いいみたいだよ」と彼は言った。
それから、白石たちは社員食堂へ向かった。
ちょうどお昼時と言うこともあり、多くの社員たちがお昼を食べていた。入り口の前に券売機があった。早速、その券売機で自分の食べたい料理の食券を買う。その後、白石も食券を買う。
食券をカウンターの窓口にいる女性スタッフに渡す。しばらくして、二人の料理が提供された。二人は空いているテーブルを見つけて、そこに腰掛ける。いただきますと手を合わせて、二人はそれぞれの料理を食べた。




