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秘書の清水と水田副社長は目を丸くして木下社長を見た。
「うそ……」と、秘書の清水が呟く。
「木下社長が……」と、水田副社長も呟いた。
木下社長は黙って下を向いている。
「そう、でしたか……」
それから、片桐が言う。
「ど、ど、どうしてい、い、石原しゃ、しゃ、社長をこ、こ、殺そうとお、お、思ったんです?」と、白石が訊いた。
木下社長が口を開く。
「許せなかったんだ!」
「許せなかったって?」と、片桐が訊き返す。
「石原が妹と愛人関係にあったことが、許せなかった……」
木下社長は悔しそうに話す。
「な、な、なるほど」と、白石は頷く。
木下社長は話を続けた。
「あいつには、奥さんだっていた。だから、愛人が出来たと聞いてビックリした。それに、名前を聞いてもっと驚いた。どこで出会ったんだって聞いたら、南万騎が原のバーだって。妹がそこで働いているのは知らなかった。一度、あいつと一緒に妹のバーへ行ってね、妹の顔を見た途端、急にそこへ居たくなくてさ。すぐに帰った訳さ。それからだよ。あいつに恨みを持つようになったのは……」
木下社長はそう話した後、一度黙った。
「そ、そ、それはさ、さ、さぞ、お、お、お辛いで、で、でしょうね……」
白石は彼を慰めるように言った。
「ああ、辛いさ。それで、あいつを殺してやりたいと思った」と、木下社長は言う。
「じ、じ、事件と、と、当日。あ、あ、あなたは会社にい、い、いたんですね」
「そう」
「い、い、石原しゃ、しゃ、社長たちがの、の、飲みにい、い、行かれてい、い、いるのはご、ご、ご存知でした?」
「ええ、聞いていました。だから、その時がチャンスだと思ったんです」
木下社長はにやりと笑って言う。
「し、し、仕事のト、ト、トラブルというのは、う、う、嘘ですか?」
白石がそう訊くと、「そうです」と、木下社長は言う。
「お話があると言って、社長室へ呼び出しました」
「な、な、なるほど。そ、そ、その後、しゃ、しゃ、社長をこ、こ、殺したと」
「はい」
「ち、ち、因みに、あの、しゃ、しゃ、社長室にも、も、もうひ、ひ、一つのと、と、扉があったのもご、ご、ご存知で?」
「はい。存じておりました」と、木下社長は即答する。
「ど、ど、どうしてお、お、お知りにな、な、なったんです?」
「以前、たまたま石原が、三階の天井に梯子を掛けて昇っていくのを目撃したんです。気になって、私もその後からその梯子を昇ってみました。すると、天井の扉が開いて上を見ると、階段状になっていることが一目でわかりました。その時はちょうど仕事の電話が鳴ってしまったので、それ以上は確認できませんでしたけど、夕方頃に人が少なくなってからもう一度見てみようと思いました。しかし、その頃には、掛かっていた梯子自体消えていて、結局昇れませんでした……」
「は、は、梯子はさ、さ、三階からご、ご、五階のだ、だ、男子ト、ト、トイレにあ、あ、ありましたね」
それから、白石はそう言った。
「ええ、そうでした。後日、たまたまトイレへ行った時に掃除用具入れにあるのを見つけました。それから、人がいない夜に三階から梯子を掛けて昇ってみました」と、木下社長は言う。
「そして、階段を上がり、見事、社長室とつながっていることに気付いた……」と、片桐がにやりと笑って言う。
「ええ、そういうことです……」と、木下社長もにやりと笑う。
「しかし、うっかりしました」
それから、木下社長は言う。「凶器を裏庭に捨てて帰ろうと思っていた時、ポケットをまさぐっても鍵が無い。おまけにハンカチまで失くしてしまったのです……」
「そ、そ、それはざ、ざ、残念でしたね」と、白石は言う。
「ええ。まさかあの階段に落としていたなんてね……」と、木下社長は残念そうに言う。
「で、で、でも、お、お、おかげでそ、そ、捜査はか、か、攪乱させられま、ま、ましたけど」
それから、白石は呆れた顔で言う。
「そうですか」と、木下社長は呟く。「でも、見破られた……」
「いやー、手の込んだ仕掛けでしたよ」と、片桐は笑って言う。「この密室は」
白石も頷く。
「あの……」
ややあって、秘書の清水が口を開いた。
「木下社長は、逮捕されるんですよね」
「ええ、もちろんです」と、片桐が彼女を見て言う。
「となると……。木下社長は解雇という形になるんですけど。それは、つまり……」
「つまり?」と、片桐が訊き返す。
「また、人事異動を行わなければなりませんよね……」と、清水が難しい顔で言う。
「あ、そっか」
副社長の水田が思い出すように言う。
「そうなるな。いや、本当に申し訳ない……」
それから、木下社長が二人に言う。
「えー……もう……」
清水が頬を膨らまして言う。それから、「はい……分かりました」と彼女は言って黙る。
「い、い、以上がこ、こ、今回のじ、じ、事件になります。み、み、皆さま。ご、ご、御清聴あ、あ、ありがとうございました」
そう言って、白石が話を締める。
「それじゃあ、木下さん。詳しい話は署でお聴きしますので、ついて来て下さい」
それから、片桐が木下社長に言う。
「はい」と、彼は返事をした。
それからすぐに白石と片桐は立ち上がり、木下社長を連れてその会議室を出る。
会議室を出る前に、白石たちは秘書の清水と水田副社長にペコリと頭を下げる。二人も白石たちにお辞儀をした。




