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「おお! それはすごい!!」
片桐は驚いて言う。
「お、お、おめでとうご、ご、ございます!」
それから、白石も笑顔で言う。
「ありがとうございます」と、水田は笑顔で言う。
「い、い、忙しくな、な、なりますね」
白石がそう言うと、「ええ」と、水田は笑って頷く。
その後すぐ、水田のポケットからスマホが鳴った。
「あ、すみません」と言って、水田はその電話に出る。
「刑事さん、すみません。このあとちょっと用事が出来まして……」
電話を終えた水田がそう言った。
「分かりました」
片桐はそう言って、席を立つ。
「それじゃあ」と、水田が手を上げる。
「お疲れ様です」と片桐は言って、水田にペコリと頭を下げる。白石もお辞儀をした。
「はー、水田さんも違ったか……」
車に戻った後、片桐がため息を吐いて言う。
「そ、そ、そうみたいだね……」と、白石は頷く。
「となると、一体誰が……」
片桐はそう言って黙る。
白石も黙り、考える。
秘書の清水さんや社員の水田さんでもなければ、絞られるのは四人。副社長の木下さん。石原社長のお兄さんの若生さん。愛人の緑川さん。そして、奥さんの礼子さんである。
考えられるのは、副社長の木下さんか愛人の緑川さんである。
しかし、現場は密室であった。扉は一つ。窓もあったが、閉まっている。
扉は鍵が閉まっていた。
鍵を持っているのは、秘書の清水さんと亡くなった社長の二人のみ。しかし、社長の鍵は無くなっている……。
ということは、誰かが持っていてもおかしくはないのだが、誰も持ってはいない。
となると、一体鍵はどこへ行ったのか? どこかに落ちているのだろうか? 犯人が落としたのか?
誰かが拾っていたら、警察にも届いていそうだが……。
もしかして、見逃しているだけでどこかにもう一つの扉があるのだろうか。いや、そんなはずはないか。
「あ!」
それから、白石はあることを思い出す。若生さんに会った時のことである。
「ん? 何か思いついた?」と、片桐が訊く。
「うん。た、た、確かわ、わ、若生さんがき、き、木下さんとみ、み、緑川さんが、きょ、きょ、兄妹ってい、い、言ってたよね?」と、白石は言う。
「そんなこと言ってたね。それが?」
「き、き、木下さんはしゃ、しゃ、社長とい、い、妹さんが恋愛関係にあったのは、し、し、知ってたのかな?」
「ああ、確かに! すぐに木下さんに話を聞きに行こう!」
片桐はそう言って、車を出ようとする。
「ま、ま、待って!」と、白石は彼を止める。
「何?」と、片桐は白石の方を見る。
「さ、さ、さっき、み、み、水田さんからき、き、聞いたよね。か、か、彼は今、しゃ、しゃ、社長だ! た、た、多分い、い、忙しいと思う。だ、だ、だから、み、み、緑川さんのと、と、所へい、い、行こう!」
それから、白石がそう言った。
「ああ、分かった」
片桐はそう頷いた後、彼は緑川優花のいるバーへ車を走らせた。
十五分程して、そこへ到着した。時刻は午後一時を過ぎた頃だった。
そのバーは午後五時から開店のようであった。それまで時間がかなりあった。白石たちはお昼を食べようと近くのラーメン屋へ入った。
お昼を食べた後、二人は近くの喫茶店で食後のコーヒーを飲みながら時間を潰した。気づけば、午後四時を過ぎた頃だった。
二人が窓際の席で待っていると、見覚えのある女性が通りかかったのが見えた。緑川のバーで働くママであった。彼女はお店へ着くと、シャッターを鍵で開けていた。
「ママが来たみたいだね」と、片桐は言う。
「そ、そ、そうだね」と、白石は頷く。
「そろそろ彼女も来るだろうし、お店へ行こうか」
それから、白石たちはその喫茶店を出て、「ハピネス」へ向かう。
早速、二人がそのバーへ入ると、「まだ開店前よ」と、ママが化粧をしながら言った。それから、彼女は二人の方を見た。
「ああ、この前の刑事さん!」と、ようやくそこで彼女は気付く。
「どうも」と、片桐は彼女に挨拶する。
「優花に用? 彼女ならまだ来てないわ……」
「どれくらいに来ますか?」
片桐がそう訊くと、「後三十分くらいかしらね」と、ママは言う。
「彼女が来るまでここでお待ちしてもいいです?」
「いいけど、お茶とかお構いはできないわ……」
「大丈夫です」
「そう。それなら、そこのソファで待ってて」と、ママは笑顔で言った。
ちょうどメイクを終えたらしい。それから、彼女は奥へ行き、開店準備をし始める。
「おはようございます」
それから三十分程して、緑川優花がやって来た。
すぐに緑川は白石たちに気付き、二人にペコリと頭を下げる。それから、「ママ、おはよう」と、彼女は奥にいるママに挨拶する。
「優花、また来てるわよ。刑事さんが。あなたにお話だって……」と、ママが彼女に言う。
「はいはい」と緑川は言って、すぐに二人の前にやって来る。
「お待たせしました」
緑川はそう言って、二人の正面のソファに腰掛ける。それから、「お話って?」と、彼女は訊く。
「あ、あの……」と、白石が口を開く。
「こ、こ、この間、わ、わ、若生さん。い、い、石原しゃ、しゃ、社長のお、お、お兄さんからき、き、聞いたんですが、ふ、ふ、副社長のき、き、木下さんとご、ご、ご兄妹だったとか?」
白石はどもりながら話す。
「……ええ、そうよ。木下杏司郎は、私の兄です」と、彼女は言う。
「そ、そ、それじゃあ、み、み、緑川さんのほ、ほ、本名は?」
白石がそう訊くと、「木下……優花です」と、彼女は笑顔で答える。
「み、み、緑川さんはご、ご、ご結婚さ、さ、されてるとか?」
白石がそう訊くと、「はい、そうです。緑川は主人の苗字です」と、彼女は言った。
「や、や、やっぱりそ、そ、そうでしたか」
「ええ。……でも、それが何か?」と、緑川が訊く。
「お、お、お兄さんはこ、こ、ここへき、き、来たことがあ、あ、あるそうですね?」
「はい。何度か。ある時は石原社長と一緒にね」
「そ、そ、その時、お、お、お兄さんはす、す、すぐか、か、帰られたとか?」
「ああ……そういえばそうでしたね……」
「ど、ど、どうしてでしょう?」と、白石は訊く。
「うーん、私がいたからかな……」と、緑川は首を傾げる。
「あ、あ、あなたはい、い、石原しゃ、しゃ、社長とあ、あ、愛人か、か、関係にあ、あ、あった。そ、そ、そのことはお、お、お兄さんはし、し、知っていたのでしょうか?」
白石がそう訊くと、「うーん……多分、知らなかったんじゃないですか」と、彼女は言った。
「な、な、なるほど。で、で、でも、お、お、お兄さんはそ、そ、それを知ってしまった!」
「ええ、そうかもね。そう言えば、いつだったか……兄から電話があったわ。その時、すごい怒ったように話していましたね……」
それから、緑川は思い出してそう話した。
「その時、別れろとかって言われたんです?」
それから、片桐がそう訊いた。
「はい……言われました」と、緑川は即答する。「でも、私、石原社長を愛していました。だから、別れたくなくて……」
緑川は悲しそうな顔で言った。
「それじゃあ……社長が殺されて、正直悲しかったでしょうね」と、片桐は呟く。
「ええ……」
「わ、わ、分かりました。あ、あ、あと……」と、白石は話を続ける。
「み、み、緑川さんは、ま、ま、前にしゃ、しゃ、社長と一緒にしゃ、しゃ、社長室へは、は、入ったそうですね」
「はい」
「そ、そ、その時、ふ、ふ、普通にと、と、扉からは、は、入りましたか?」と、白石は訊く。
「ええ。普通に社長が扉の鍵を開けてくれて、それで入りましたけど?」
彼女はそう言った後、「あ、そういえば……」と、思い出したように言う。
「一回だけ、別の扉から入ったことがあります!」




