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お昼を食べ終えた二人は、自分たちの部署へ戻った。
戻ると、部長の兵頭が電話で話していた。
「ええ、分かりました。早速、部下たちと一緒に参ります」
それから、兵頭部長が白石たちの方をちらりと見た。
「ああ、今戻ってきたので、すぐお伺いします。はい、失礼いたします」
兵頭部長は電話を切ると、すぐに二人に言う。
「片桐! 白石! 事件だ! 今すぐ現場へ行くぞ!」
兵頭部長はキリっとした目つきで言った。
「はい!」と、白石は返事をする。
それから、「部長、事件って何が起きたんです?」と、片桐が訊いた。
「詳しい話は車の中で」
兵頭部長はそう言って、すぐにその部屋を出る。白石は彼の後に続いた。
「もう……」
片桐は頭を掻き、彼らの後を追う。
それから、三人は車に乗った。片桐は事件現場へと車を走らせる。その間、助手席に座っている兵頭部長が事件の概要を説明した。白石や片桐はその話を聞いていた。
事件が発生したのは、保土ヶ谷区にある電子部品メーカー‟S:TAR„の会社ビル。その会社社長の石原素生さんが社長室で何者かに殺されたという。
「しかしだな……」と、兵頭部長が溜めるように言う。
「な、な、何です?」と、白石が訊く。
それから、兵頭部長が意を決したかのように言う。
「その社長室は、密室だったそうだ!」
「密室!?」と、片桐は驚いた。
「ああ、そうだ」と、兵頭部長。
「最高じゃないですか!」
それから、片桐が嬉しそうに言う。
「最高って、何がだ?」
その後すぐ兵頭部長は怪訝な顔でそう片桐に訊いた。
「あ、いえ……」
片桐は我に返ったように言う。「その、密室事件を解くという訳ですね……」
「そう言うことだ」
そうこう話しているうちに、現場である会社ビルに到着した。
三人はそのビルに入った。
正面に受付があり、そこに何人か女性の受付がいた。早速、兵頭部長が一人の女性に声を掛ける。
「警察です。先程、お電話を受けた兵頭です」
兵頭部長はそう言って、自身の警察手帳を見せる。
「ああ、お待ちしておりました」と、受付の女性の一人が言った。
「第一発見者の秘書さんって、いらっしゃいます?」と、兵頭部長が訊いた。
「清水ですね。只今お繋ぎします」
その女性はそう言って、受付の電話で秘書に電話を繋いだ。
「受付です。警察の方がお見えになりました。清水さんにお話をお伺いしたいそうです……お願いします」
彼女はそう言うと、電話を切った。それから、「すぐに降りてくるそうです」と、彼女は笑顔で言った。
「どうも」と、兵頭部長は彼女に言う。
それから、一、二分ほどしてエレベーターから黒髪のショートヘアの女性が降りて来た。彼女はすぐに刑事たち三人の方へ駆け寄る。
「あ、初めまして。私が秘書の清水亜美です」と、彼女が自己紹介する。
「どうも。私、捜査一課警部の兵頭と申します」と、部長も名乗る。「そして、こちらは捜査一課の白石と同じく片桐です」と、彼が二人を紹介する。
「し、し、白石です」と、白石はどもりながら言う。
それから、「片桐です」と、彼は笑顔で名乗る。
「えーっと、お話と言うのは?」と、清水が訊く。
「事件のことです」と、兵頭部長が言う。「その前に、事件のあった社長室を拝見させてもらってもよろしいですか?」
「あ、はい」と、彼女は返事をした。
「どちらになりますか?」と、部長が訊く。
「六階になります。エレベーターで向かいましょう」
清水はそう言って、エレベーターの方へ行く。三人も彼女の後に続いた。
彼女はエレベーターの上のボタンを押した。しばらくして、エレベーターがやって来たので、四人はそれに乗り、彼女が六階のボタンを押した。
六階に到着して、清水が社長室へ案内する。
「こちらです」と、清水が言う。
早速、四人は社長室に入る。
社長室は広々としていた。
「この広さだと……十二畳くらいはありそうだな」
部屋を見て、兵頭部長が呟く。
「仰る通りで、ここは十二畳ほどの広さになります」と、清水が言った。
それから、三人はその社長室をぐるりと見回す。
社長室の間取りはこうである。
扉を入ると、左手に黒色のタンスがあり、その上に様々な花の入った花瓶やアンティークな時計。それから、額縁に入った表彰状が飾られていた。
正面の一番奥に社長デスクと椅子があり、左奥には大きな観葉植物が置かれている。右側には本棚があり、沢山の本が並べられていた。
ちょうど真ん中に接待用の黒色のテーブルと黒革の長いソファが、対立したように二脚あった。
「この部屋は扉が一つだけか……」
それから、兵頭部長が呟くように言う。
「はい」と、清水が頷く。
「後は窓があるだけ」
社長椅子とデスクの奥の全面ガラスの窓を見て、兵頭部長が言う。
「ここは何です?」
それから、扉の前にいた片桐が右側にある引き戸を見て、清水に訊いた。
「クローゼットです」と、彼女は答えた。
「クローゼット?」と、片桐は訊き返す。
ええと清水は頷いて、そこを開けて見せる。
「社長のスーツやカバンにネクタイなどが入っております」と、清水が言う。
中を見ると、確かにそのクローゼットの中には、高級そうなスーツやカバン、色とりどりのネクタイなどが入っていた。
「へー、クローゼットですか……」と、兵頭部長が呟く。
「ゴッホかな……」
その後、白石がタンスの右側の壁にある壁画に気付いて呟いた。
「ん?」と兵頭部長が言い、白石の方を見る。それから、片桐や清水もそちらを見た。
「あー、そうです」
それから、清水が思い出し、笑顔で言う。
「確かひ、ひ、ひ……」と、白石は詰まりながら言う。
「ひまわり……か!」
それから、片桐が思い出して言う。
「はい、そうです。社長はゴッホの画が好きだったそうで、この画を社長室に飾られているんだとか」と、清水が話す。
「へー」と、片桐が相槌を打つ。
「な、な、なるほど」と、白石も頷く。
「清水さん、ところで、石原社長はどこに倒れていたんです?」
しばらくして、兵頭部長が清水に訊いた。
「えーっと、ここです」と、彼女は入り口付近を指して言った。
彼女の話によると、石原素生は扉を入ってすぐの所に倒れていたという。
「発見されたのは、いつ頃です?」と、兵頭部長が訊く。
「今朝、出社した時です」と、清水は答える。
「何時頃です?」
「えーっと、八時半頃だったかと」
「八時半頃ですか」
「ええ」
「発見までの経緯をお話しできますか?」
それから、兵頭部長がそう訊いた。
はいと彼女は返事をし、すぐに口を開いた。
「今朝、出社してすぐに私は日課である社長室の掃除をしようと思って、社長室に入ろうとしました。ですけど、どういう訳か今朝は部屋に鍵が掛かっていたんです」
「鍵が?」
「はい。いつもなら鍵など掛かっていないのです。おかしいと思いながら中に誰か居るのかもしれないと思って、ノックしました。けれど、返事はありませんでした……」
「それで、どうしたんです?」と、兵頭部長が訊く。
「仕方なく自分のカバンから鍵を取り出して、その鍵で社長室を開けました」と、彼女は言った。
「なるほど、清水さんは鍵を持っていたのですね」と、兵頭部長が言う。
「はい。私は秘書でありますから、持っていても当然ですよね」
「ええ。話を続けて下さい」
「はい。それで、鍵を開けて、さあ、掃除をしよう! と扉を開けた瞬間でした!」
清水はその時の光景を思い出したかのように目を丸くして言う。
「目の前に石原社長が倒れていたと……」
それから、片桐が言った。
「そうです」と、清水は頷いた。「私はビックリしました!」
「それから?」と、兵頭部長が彼女を促す。
「それから……私は少しの間、気が動転していました。プチパニックというか……。どうしようと考えているうちに副社長の顔を思い出しました。すぐに彼に連絡しました」と、清水は言う。
「副社長さんに……ですか?」
兵頭部長が呟き、白石たちを見る。白石たちも眉間に皺を寄せて顔を見合わせた。
「はい……」と、清水は頷く。「彼に連絡したら、『警察には連絡したのか?』と言われました。そこで私はまだ連絡していないことに気付いて……」
「その後、一一〇番したという訳ですね」と、片桐が言う。
「はい……」と、清水は頷く。
「なるほど……」
それから兵頭部長が頷いた後、口を開いた。
「清水さん、その副社長さんというのは今どちらにいらっしゃいます?」
それから、兵頭部長が彼女にそう訊いた。
「今、会社にいると思いますけど……」と、彼女はポカンとした顔で言った。
「彼にも会わせて下さい」
兵頭部長がにやりと笑って言った。




