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「水田さんに話を聞きに行こう!」
それから、片桐が言う。
白石は腕時計をちらりと見る。もう午後八時を過ぎていた。
「も、も、もうきょ、きょ、今日は遅いよ。ま、ま、また、あ、あ、明日にし、し、しよう」と、白石は言う。
「そうだな」
片桐はそう頷くと、車を警察署へ走らせる。
翌朝、十時に白石たちはS:TARの会社へ行く。
二人は会社に入り、片桐が受付の女性に声を掛ける。
「水田……ですか。ただいま確認いたします」
彼女はそう言って、電話を掛ける。
「あ、もしもし、受付です。警察の方たちが水田さんにお話がって……。あ、分かりました」
彼女は電話を終えると、二人を見て話す。
「ちょうど今、重要な会議をしておりまして……。それが終わるのが正午頃になるそうです」
片桐は腕時計を見る。十時を過ぎた頃である。会議が終わるのは二時間後ということになる。
「そうですか……。分かりました。その会議が終わるまでお待ちしてます」
片桐がそう言うと、「すみません。分かりました。水田にもそうお伝えしておきます」と、彼女は言った。
「刑事さん、あの……。一つお話したいことがあるんですが……」
それからすぐに受付の女性が小声で白石たちに話す。
「なんですか?」と、片桐が訊く。
「あのですね……うちの会社ビルの裏庭にごみ置き場があるんです。今朝、ごみ収集の業者さんが来て、いつものようにごみを持っていったのですが、帰る時にこちらに来て、『草むらに包丁のようなものが落ちてます!』って仰っていたんです。それで、その後私がそこへ確認しに行ってみたら、血の付いた包丁が本当に落ちていたんです!」と、彼女は目を丸くしてそう話した。
「……そうでしたか!」と、片桐は頷く。
「ええ」
「きょ、きょ、凶器かな?」と、白石は言う。
「間違いなくそうだろう」と、片桐はにやりと笑って言う。「それは、まだそのままにしてあります?」
それから、片桐はその受付の女性に訊くと、はいと彼女は返事をした。それから、「そこまでお連れ致します」と彼女は言った。
すぐに彼女は二人を裏庭へ連れて行く。少し歩いて、三人はそこへやって来た。
裏庭には、彼女の話にあったコンクリートでできた広めのゴミ捨て場がポツンとあるだけで、その周りはほとんど雑草が生えているだけだった。
「ここです!」
それから、彼女がそう言ってゴミ捨て場の横の草むらを指す。そこには、確かに血の付いた包丁が落ちていた。
「あ!」と、白石は驚く。
「本当だ……」と、片桐が呟くように言う。
「か、か、片桐くん」
「うん。これは、凶器で間違いなさそうだ」
「か、か、鑑識にま、ま、回そう」
白石がそう言うと、片桐は頷く。それからすぐに片桐は鑑識に連絡した。
「鑑識の一人がすぐに来てくれるそうだ」と、電話を終えた彼が言う。
「わ、わ、分かった」と、白石は頷く。
「あ、ありがとうございます」それから、片桐が受付の女性にそうお礼をした。「もう大丈夫です」
彼女は二人にペコリと頭を下げ、会社のビルへと戻って行った。
白石は腕時計を見た。まだ十時半である。
それから、正午になった。白石たちは一階の喫茶店で待っていた。
「あ、刑事さん。お待たせ致しました」
しばらくして、水田がやって来た。
「いえ」と、片桐が手を振る。
「それで、お話というのは?」
水田は二人の正面の席に座ってから言った。
「今回の事件の犯人なんですがね、水田さん、あなたじゃないかと思いましてね……」と、片桐は言う。
「え? 僕ですか?」と、水田は驚く。「僕は犯人じゃありません! ……どうしてそう思うんです?」
それから、片桐が話をする。
「水田さんと秘書の清水さんは、恋愛関係にある。そうですよね?」
「ええ、そうですが」
「それから、石原社長には緑川優花さんという愛人がいた。それもご存知ですね?」
「はい、知っています」
「そして、……石原社長と清水さん。実は、その二人も恋愛関係にあった……」
片桐がそう言うと、「いや、それはないと思います」と、水田は否定する。
「いや、恋愛関係にあったはずです!」と、片桐は断定して言う。
「え? そうなんですか……?」
水田は首を傾げる。白石も肩を竦める。
「水田さんは、それに気付いた」と、片桐は話を続ける。
「いえ、僕はそれを今知りました」と、水田は言う。
「いや、知っていたはずです。それを知ってしまった水田さんは、社長を殺したいほどの恨みを持つようになった。そこで社長殺しを考えた。あなたはお話があるとか言って、石原社長を社長室へ呼ぶことにした。しかし、社長室に入るためには鍵が必要だった。だから、清水さんから鍵を借りることにした。鍵を借りたあなたは、早速、その鍵で中へ入った。その時、クローゼットに隠れたのでしょう。それから、社長がやって来て、あなたはそこから出て社長を殺害した……。殺害した後、あなたはすぐに部屋を出た。そして、最後に鍵を閉めた。……以上がこの密室殺人のトリックです!」
片桐は話を終えると、一度黙った。
それから、水田が口を開く。
「いやいや、色々とおかしいですよ!」
「おかしい?」と、片桐は訊き返す。
「前にもお話しましたが、僕は社長を恨んでなんかいないです。それに、事件前夜、僕は社長や亜美さんと飲んでいたんです。飲んでる途中に、社長は副社長に呼ばれたのも事実ですし、その後だって僕は亜美さんと十時過ぎまで飲んでいたんです! だから、僕も社長と一緒に会社に戻るなんてことはしていませんし、彼女から鍵を借りるなんてこともしていません! それは、亜美さんに聞けば、違うってこと証明できますから」
水田は捲し立てるように言った。
それから、「あ、そうだ!」と、水田は声を上げる。「今、亜美さんに電話を繋ぐんで、僕が鍵を借りたかどうか聞いてみて下さい」
水田はそう言って、ポケットからスマホを取り出し、電話を掛ける。
「あ、お疲れ様です。水田です。今ちょっとお時間宜しいですか? なんか警察の方がお聞きしたいことがあるみたいなので、ちょっとお電話代わります」
それから、水田は自身のスマホを片桐に手渡す。
片桐は水田からそのスマホを受け取り、
「あ、お電話代わりました。片桐です。あの一つ宜しいですか?」と、電話の相手に質問する。
「あー……そうですか。分かりました。すみません、お忙しい中。はい、失礼いたします……」
片桐は電話を切ると、スマホを水田に返した。
「ど、ど、どうだった?」
それから、白石が片桐に訊く。
「いや、鍵なんて渡してないって」と、片桐は残念そうに言う。
「や、や、やっぱり」と、白石は言う。思った通りだなと白石は思った。
「すみません。こちらの勘違いだったみたいで……」
それから、片桐が水田に謝罪する。
「それが分かればいいですから……」と、水田は呟くように言った。
「ええ……。あ、ところで」と、片桐は口を開く。「今日、重要な会議があったそうですね。差し支えなければ、どういうものだったかって?」と、彼は訊く。
「ああ、えーっと……」と、水田は言って小声で話す。「新社長を誰にするかとかいった類のものです……」
「ああ、なるほど。それは通りでお忙しかった訳だ……」と、片桐は言う。
「ええ」
「因みに、誰が『社長』に?」
それから片桐がそう訊くと、「副社長の木下です」と、水田は答えた。
「ほう。そうですか!」と、片桐は驚く。それから、「水田さんは、副社長ですか?」と、彼は訊いた。
「ええ……そうなんです」
そう言って水田は照れ臭そうに笑った。




