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「おそらくだけど」
車に戻り、片桐が口を開く。「奥さんは犯人じゃないと思う」
「うん、ぼ、ぼ、僕も、そ、そ、そう思う」
助手席に座る白石が頷く。
「だとすれば、あの三名のうちの誰かか。もしくは、愛人か……」
「も、も、もう一人い、い、いるよ」と、白石が言う。
「ん?」と、片桐が白石を見る。
「お、お、お兄さんだよ」と、白石は言った。
「ああ、若生さんね! ただ、あの人も違うんじゃないかな?」と、片桐は言う。
「ぼ、僕も、そ、そ、そう思う」
「あ、でも、一応話は聞いておこうか?」
「う、うん」
「あれ? まだいるかな?」
それから、片桐はそう言った後すぐに車を降り、再び石原家へ行く。彼はインターフォンを鳴らした。
「はい?」と、女性の声がする。礼子さんである。
「あ、あの……先ほどの片桐です……」
片桐が緊張してそう言うと、「まだ何か御用ですか!」と、インターフォン越しに彼女の怒声がした。
「あの……若生さんはまだいらっしゃいますか? 彼にお話したいことがあって……」
片桐がそう言うと、少しして玄関から石原若生が出てきた。
「あ、若生さん!」
「俺に話があるって?」と、若生が言う。
「ええ、少しだけお時間宜しいですか?」
片桐がそう訊くと、「いいけど、ここじゃあアレだから、ここまっすぐ行ったところの喫茶店にしよう」と、彼が提案した。
「あ、分かりました」と、片桐が返事をする。
「じゃあ、五分後に!」
若生はそう言って、一度その家の中に戻った。片桐は車へ戻る。
「ど、どうだった?」と、白石が訊く。
「白石、その先の喫茶店で会ってくれるらしい」
片桐はシートベルトをして言う。
「わ、わ、分かった」
片桐はエンジンを掛けるなり、すぐに車を走らせた。
喫茶店に着き、その店に入ると、二人はすぐに奥の席に案内された。その喫茶店はこぢんまりとしていた。
「ああ、お待たせしました」
それから数分後に、石原若生がやって来た。
「いえいえ」と、片桐が手を振って言う。
「奥さん、相当怒っちゃったみたいだね……」と、若生はぽつりと言う。
「さ、さ、先程は、す、す、すみませんでした」
それから、白石が改めて謝罪した。
「いやいや」と、若生は手を振りながら「でも、俺が奥さんの立場でも、そう言われたら怒っただろうな……」と、彼は言う。
「そ、そ、そうですよね」と、白石。
「それで? 俺に話って? もしかして、俺が犯人だとか?」
「ええっと……」と、片桐が口を開く。「一応、お話だけお聞かせ下さい。若生さんは弟である素生さんを恨んでいたことは?」と、彼は訊く。
「ないない」と、若生は笑って言う。それから、「素生は……」と言って、若生は話をする。
「とても頭のいいやつだよ。俺はゲーム会社の副社長だけど、あいつは電子部品メーカーの『社長』だ。S:TARという会社を創ったのはあいつだ。あいつは学生の頃から頭が良かった。俺とは違ってね。だから、羨ましいと思ったことはある……。でも、殺したいと思うほど、憎いなんて思ったことは一度もない。それは、本当だ」
それに、と若生は話を続ける。「あいつは優しい男なんだ」
「優しい? というと?」と、片桐が訊き返す。
「副社長に木下って男がいるだろう?」
「ああ、いらっしゃいますね」
「うん、その男と素生は、大学からの友人なんだそうだ。彼も優秀な男らしいけど、なかなか就職に結びつかなかったらしい……。彼がしばらくフリーでいたところを救ったのが、素生なんだよ」
「へえー」と、白石は頷く。そんな過去があったのだなと白石は思った。
「そうだったんですか」と、片桐も頷いた。
「そう」
「そう言えば、若生さん」
それから、片桐が口を開く。
「なんだ?」と、若生は訊く。
「若生さんは、緑川優花さんをご存知ですよね?」
「もちろん、知ってるよ」
「緑川さんのバーへはよく行かれるんですか?」と、片桐は訊く。
「うん、時々だけど。それが?」
「緑川さんと素生さんがお付き合いされていたことは、ご存知でしたか?」
「ご存知って……俺が素生に彼女を紹介したんだ。二人を合わせたのは俺だけど、まさか二人がくっつくとは思わなかったよ……」
若生は困惑そうに言った。
「そうですか……」
片桐はそう言って、一度黙る。
「そういや……」
ふと、若生が口を開く。「さっき副社長の木下さんの話をしたよね。彼と緑川優花さんがご兄妹なのは知ってます?」




