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それから、片桐がS:TARの会社に電話を掛けた。
「石原社長の自宅は、天王町駅の近くらしい」
電話を終えた片桐がそう言った。
「て、て、天王町か」と、白石は言う。
「行くんだな?」
片桐がそう訊くと、白石は頷く。
「分かった」
片桐はそう言うと、車を発進させた。彼は車を天王町駅へと走らせる。駅へ着き、そこから五分程車を走らせたところに、石原社長の自宅があった。
「ここだな」
表札を見て、片桐が言う。石原社長の自宅はこぢんまりとした一軒家であった。
白石も頷く。それから、片桐がインターフォンを鳴らす。少しして、「はい」と、女性の声がした。
「警察です。石原素生さんの奥様はいらっしゃいますか?」
片桐がそう言うと、ややあって玄関の扉が開いた。
出てきたのは、一人の男性だった。四十代くらいの眼鏡の男性である。
「何です?」と、彼が訊いた。
「私、警視庁捜査一課の片桐と申します」
片桐が名乗った後、「こちら同じく白石です」と、彼は白石を紹介する。白石は彼にペコリと頭を下げる。
「警察が何の用だ?」と、その男が訊く。
「奥様は今、いらっしゃいますか?」と、片桐がその男に訊いた。
「奥様って、礼子さんのことかい? 素生のところの?」
「ええ、そうです」
「中にいるけど……」
「けど?」
「あ、いや……。立ち話もなんだし、まあ、入ってよ」
男は言って、片桐たちを中へ入れる。
「おーい、礼子さん! 警察の人が二人も!」
それから、その男が中にいる石原社長の奥さんに声を掛けた。
「はいはーい」と言って、黒髪のミディアムヘアの女性が玄関の方へやって来た。それから、彼女は「こんにちは」と二人に挨拶する。
「石原素生さんの奥様で宜しいですか?」と、片桐が彼女に訊く。
「はい、妻の礼子です」と、彼女はお辞儀をする。
「えーっと、こちらは?」
それから、片桐が隣にいる男性について彼女に訊く。
「あー、こちらは主人のお兄さんの若生さんです」と、彼女が笑顔で説明する。
「すみません、申し遅れました。石原若生です」と、その男性が名乗った。
「あ、あの!」
それから、片桐が思い出すように言う。すぐに白石も思い出す。先程、緑川優花から聞いた話に出てきた人物であった。
「あの?」と、若生が怪訝な顔をする。
「あ、いえ、こちらの話です」
片桐はそう言うと、「はあ」と、若生が頷く。
「あ、刑事さん。こちらへどうぞ」
それから、礼子が二人をリビングへと案内する。
「こちらにお掛け下さい」と、彼女はダイニングの椅子に二人を勧める。それから、「あ、今、お茶を出しますね」と、彼女は言う。
「いえ、お構いなく」
片桐は手を挙げて言う。
礼子はすぐにキッチンへ行き、テキパキとお茶の用意をする。それから、「お待たせしました」と言って、彼女は二人の前に紅茶を出した。
「ありがとうございます」と、片桐はお礼をする。白石もお辞儀をする。
「それで? お話というのは?」
礼子が二人の前の椅子に腰を掛けて訊いた。
「御主人が何者かに殺害された事件についてです」と、片桐は口を開く。それから、「事件のあった前日、奥様はどちらで何をされていましたか?」と、彼は訊いた。
「私? 私はこの家にいましたよ」と、彼女は答える。
「ご自宅に?」
「ええ。その日は平日ですから子どもたちは学校がありましたので、朝、二人の子を起こしてから朝食を食べさせて、二人が学校に行った後、洗濯や掃除なんかの家事をしておりました」
彼女は話を続ける。
「それから、お昼はお家でご飯を済ませて、その後一時間程、本を読んでいました。それから、午後、近所のスーパーへ買い物に行って、帰って来てから少し仮眠を取りました。三十分くらいですかね。そしたら、ちょうど娘が帰って来て、十分後に息子も帰ってきました。ちょうど三時頃です。二人におやつを出して、それから私は夜ご飯の準備をしました。夕飯を食べたのは、夜七時頃でした。ご飯を食べた後、お風呂をやって、子どもたちをお風呂に入らせました。二人が入った後、私もお風呂に入って、出てから洗い物をして……。そうそう、二人の宿題を見ました。それから、子どもたちを寝かせて、その後、私はテレビを観ながら主人が帰って来るのを待ってました。けど……」
彼女はそう言って黙ってしまう。
「結局、その日は帰ってこなかったんですね……」
片桐が呟くように言う。
「ええ……」と、礼子は落胆したように言う。
「なるほど……」
「つ、つ、つまり」
それから、白石が口を開いた。「お、お、奥様は、そ、そ、その日、か、か、買い物以外に、そ、そ、外へで、で、出てないというこ、こ、ことですね?」
「はい、そうです」と、礼子は頷く。
「因みに何ですけど」と、片桐が言う。「奥さんは、ご主人の素生さんを憎んでいた……ということはありませんか?」
「憎む? 主人を?」
礼子は呆れたように言う。「そんなことないわよ」
「そうですか……。それじゃあ、社長の愛人には?」と、片桐がにやりと笑って訊く。
「え? ……愛人!?」
礼子は目を丸くして言う。「あの人に愛人なんていたんですか!?」
それから、彼女は驚いて言った。
「もし、もし愛人がいたとしたら?」
片桐がそう訊くと、「そんなの憎むに決まってるでしょ! だって、悔しいじゃない!!」と、礼子は大声で言う。
「そうですか……実は」と、片桐は口を開く。「御主人には、愛人がいらしたそうです」
片桐は声を潜めて言った。
「え? うそ……」
礼子は落胆した声で言う。「本当ですか?」
「本当です」と、片桐は彼女の目を真剣に見て言った。
「そんな……」
「初めてお知りになりましたか?」
片桐がそう訊くと、「ええ……、今知ったわ」と、彼女は言った。
「そうですか……。てっきり、奥様は御存じなのかと……」
それから、片桐がそう言うと、「え? どうして?」と、彼女が訊く。
すぐに片桐が口を開く。
「いや、我々の推理ですけどね……。奥様が『愛人』について知っていて、彼女のことを憎いと思っていたんじゃないかって思ったんです。だから、あなたは愛人を殺そうと思った。が、あなたは待てよと踏みとどまった。『愛人』ではなく、『ご主人』を殺害してしまえば、二人がくっつくこともなくなるし、二人の関係も経つことが出来る! だから、ご主人を殺害したのではないかと……」
片桐がそう話した後、奥さんが彼を見て口を開いた。
「……馬鹿じゃないの!? 私は主人を愛していたのよ! なのに主人を殺す? そんな訳ないでしょ!! それに、愛人の話は今さっき聞いたばかりよ。だから、愛人のことが気になって殺したなんて話はおかしいの! もしよ、もしわたしがもっと前に愛人がいたことを知っていたなら、『主人』じゃなくて、その『愛人』を殺していたわ!!」
奥さんは喚くように言った。
彼女の言うことは、その通りだなと白石は思った。
「そうですか……」
それから、片桐が口を開いた。「すみません。どうやらこちらの勘違いだったようです……」と、片桐は謝る。
「もう帰ってください!」
それから、奥さんがテーブルを叩いて言った。
「ちょ、ちょっと礼子さん!」
礼子の隣に座る若生が慌てて言う。
「す、す、すみません」
白石も謝り、椅子から立ち上がる。「し、し、失礼しました」
そう言って、白石はリビングから出る。その後、すぐに「失礼しました」と片桐も言って、その家を出て行った。




