13
「あ、あ、愛人!?」
白石は驚いて言う。
「……はい」と、清水は頷く。
「その愛人の方のお名前はご存知です?」
それから、片桐がそう訊いた。
「えーっと、確か……緑川優花さんとおっしゃるそうです」と、清水が言う。
「緑川優花……」と、片桐は呟く。白石は胸ポケットから手帳を取り出し、その名前をひらがなで書いた。
「ち、ち、因みに、その方はい、い、今どちらにい、い、いるかって?」
それから、白石がそう訊いた。
「確か……南万騎が原の駅近くのバーで働いているとかって言ってました」と、清水が答える。
白石はすぐにそのバーの場所をメモする。
「お店の名前は?」
それから、片桐が訊く。
「そこまではちょっと……」と、清水は言って口を閉じる。
「そうですか。分かりました」
「で、で、では、きょ、きょ、今日はこ、こ、この辺で……」
それから、白石が清水にそう言って、そこを出る。その後すぐに、片桐は彼女にペコリと頭を下げて後を追う。
「か、か、片桐くん」
会議室を出て、白石が口を開く。
「なんだ?」と、片桐が訊く。
「い、い、今から行こう! あ、あ、愛人の所へ」
白石がそう言うと、片桐は大きく頷いた。
それから、片桐は車を走らせ、二人は南万騎が原駅へ向かう。
「この辺にはバーが五件あるみたいだな……」
駅に着いて、車内で片桐はスマホでバーの場所を調べて言った。
「ご、ご、五件か。い、い、一件一件、ま、ま、周ってき、き、訊き込むしかな、な、ないね」と、白石は言った。
「ああ、そうだな」
片桐はそう言って、にやりと笑う。「さあ、行くぞ!」
片桐はシートベルトを上げ、扉を開けて車を降りる。白石も頷き、車を出る。
それから、二人はすぐ近くのバーに入った。
「いらっしゃいませ」
そのバーへ入ると、若い男性が二人に挨拶する。
早速、片桐が訊く。
「すみません、こちらに緑川優花さんという従業員さんはいらっしゃいますか?」
「え? あ、いえ。うちにそのような人はおりませんよ」と、その男性店員が言った。
「そうですか。すみません、失礼しました」
片桐はそう言って、ぺこりと頭を下げる。すぐに二人はその店を出た。
それから、二人は三件程、近くのバーを周った。しかし、どの店にも緑川という女性は見つからなかった。
二人はもう一軒のバーの前に立つ。四件目だ。『ハピネス』という名前のバーである。
二人はそのバーへ入る。「いらっしゃい」と、年配の女性が白石たちを招き入れた。「二名様?」と、彼女が訊く。
「あの……人を探しておりまして、こちらに緑川優花さんという方はいらっしゃいますか?」
早速、片桐がそう訊くと、「ん? 優花ちゃん。いるけど、後十分しないとここへは来ないわ」と、彼女は壁の時計を見て言った。
「ビンゴだ!」
片桐が白石を見てにやりと笑う。白石も彼女がここへいると分かり、ホッとした。
「僕たち実は……」と片桐は言って、胸ポケットから警察手帳を取り出しその女性に見せる。
すると、その女性は「警察!?」と、目を丸くした。
「緑川さんと少しお話したいんですが、宜しいですか?」
片桐がそう訊くと、「ええ……構いませんが」と、彼女は言った。彼女はこの店のママのようだ。
それから十分ほどして、その店に一人の女性がやって来た。茶髪のロングヘアの女性である。
「おはようございます」と、彼女はママに挨拶する。
「優花ちゃん、おはよう。早速、お客様だよ。なんでも警察の人たちらしいの。優花ちゃんに話があるとか」と、ママが彼女に言った。
それから、優花と呼ばれた女性が白石たちを見て会釈する。
「どうも」と、彼女は二人に挨拶する。
「緑川優花さんですか?」と、片桐は彼女に訊く。
「はい、そうです」と、彼女が頷く。
「すみません、突然お伺いして……」
片桐はそう言って、話をする。
「早速ですけど、緑川さん。あなたは石原素生という方をご存知です?」
「石原……素生」
彼女は呟くように言い、「ええ、知っています」と答えた。
「彼はS:TARの会社社長です。それは、ご存知ですか?」
「え、ええ……」
「その社長が最近亡くなったのも?」
片桐がそう訊くと、「はい……ニュースで知りました」と、緑川は小声で言った。
「知った時、どう思いましたか?」と、片桐が訊く。
「それは……悲しかったです」と、緑川は残念そうに言う。
「そうですよね……。ところで、緑川さんと石原社長のご関係って?」
片桐がそう訊くと、「関係? それはただの店員と客ですよ」と、彼女は言った。
「店員と客……?」
片桐は不思議な顔をして訊き返す。
「ええ、そうですよ。それが……?」と、緑川は言った。
片桐は一度黙る。それから少しして、彼は口を開く。
「あのですね……これは秘書の方から聞いた話なのですが、あなたと石原社長は『愛人』関係にあったとか?」
片桐が緑川を真剣に見て言うと、彼女は目を大きくした。
「え? 秘書が??」
それから、緑川は驚いたように言う。
「はい。……あ、正確に言うと、ある社員が秘書に耳打ちしたとかで……」と、片桐は訂正するように言った。
「そう……。バレてるわけね……」
緑川はそう言って舌を出す。
「じゃ、じゃ、じゃあ……」と、白石が口を開く。
「そうよ。石原社長と私は愛人関係にあったわ!」
彼女はそう言って、にやりと笑う。
「いつからです?」
それから、片桐がそう訊いた。
「ええっと……」と緑川は言って、壁にかかったカレンダーの方を見る。それから、「半年前からです」と、彼女は答えた。
「半年前……」と、片桐は呟く。
「ど、ど、どういうけ、け、経緯でお、お、お知り合いに?」
それから、白石が訊く。
「それは……」と言って、緑川は天井を見上げる。その後すぐに彼女は白石たちの方を見て口を開いた。
「石原社長にはお兄さんがいるんです。ゲーム会社の副社長みたいで。そのお兄さんが一年前からうちに来ていたんです。それで、最初、私はそのお兄さんをお相手していたんです。それから、彼がちょくちょく来るようになって、彼から『紹介したい人がいるから連れて来てもいい?』って言われたんです」
「なるほど……」と、片桐は頷く。
「はい。それで、半年前に石原素生社長がこの店にやって来ました。彼も何度か遊びに来てくれて、そのうち社長は私に一目惚れしたらしくて……」と、彼女が笑顔で言う。
「お、お、奥さんやこ、こ、子どもがい、い、いるのに?」と、白石が呟くように言う。
「そうなんですよね。実はそれ、私も付き合ってから知りました……」と、緑川は残念そうに言う。
「え?」と、片桐は驚く。
「あ、そうだったんですか……」
白石も残念な顔で言う。
「ええ……」と、緑川は小さく頷く。
それから、三人はしばらく黙る。
「犯人は、もう見つかったんですか?」
少しして、緑川が二人に訊いた。
「いえ、まだ捜索中でして……」と、片桐は言う。
「そうですか。あの、もしかして、私もその犯人に含まれます?」と、緑川は訊いた。
「まあ、一応そうなりますね……」と、片桐は言う。
「そう……ですか」
彼女はそう言って、一度ため息を吐く。
「ち、ち、因みに、み、み、緑川さんはしゃ、しゃ、社長をに、に、憎んでいたこ、こ、ことって?」
それから、白石が訊く。
「いいえ、全く」と、彼女は言う。それから、「だって、愛人よ? 自分でこういうのも恥ずかしいけど」と彼女は笑う。
「そ、そ、そうですよね」と、白石も苦笑する。
「でしょ? それに、社長と私はさっきもお話した通り、この店の店員と客に過ぎません。奥さんがいるのは三か月前に知ったけど、別に私は社長の奥さんを恨んでいるなんてこともありません。けどまあ、一つ言うとしたら……」
彼女はそう言って、一度話を区切る。
「一つ言うとしたら?」
それから、片桐が訊き返す。
「奥さんが私のことを憎んでいたから、旦那である社長を殺した……とかかしらね」と、彼女は怖い顔で言った。それから、「……って、そんなことないよね」と、彼女は言って笑う。
「なるほど……。奥さんが……か」と、片桐が呟く。それから、「確かに家族という線もあるんだよな……」と、彼は考えながら言う。
「で、で、でも、は、は、犯人がお、お、奥さんだったとして、み、み、密室の謎については、ど、ど、どう考えるんだ?」
それから、白石が片桐に言った。
「うーん、そうなんだよな……。それを考えると、犯人は社員の誰かか……」
そう言って、片桐は頭を悩ます。
「み、み、緑川さん」
「はい?」
「ち、ち、因みにですけど、み、み、緑川さんはしゃ、しゃ、社長室には、は、入ったことって、い、い、一度でもあ、あ、あります?」
白石がどもりながら質問する。
「……ええ、何度かありますよ」と、彼女は答えた。




