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7. 病魔の正体

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 「――――マクリナ、戻ったぞ」


 ルスケンが明るく、それでいて優しい声色で扉の向こうに話しかける。そこに昼間悪漢に牙をむいた「狂熊(グリズリー)」の面影はない。


 扉の向こう、小さな部屋の窓際にはベッドがあり、そこには齢14,5の少女が力なく横たわっていた。


 「お兄ちゃん……そこの人たちは……?」


 「兄ちゃんの友達だ。ええと――」


 (そういえば私たち、ルスケンに名を名乗っていませんでしたわね)


 「ごきげんよう、マクリナさん。私はルキエラ・マクミシェルといいます」


 マクミシェルというのはミドルネームのミシェルをもじった偽名だ。


 「こちらは――」


 「カクペル・アダムスキーです」


 これは出立の前に決めたことであるが、カクペルにも一応偽名を名乗ってもらうことにした。

 カクペル・エルズワースはエルズワース辺境伯の末子である。彼自身は自らに権力などないと考えているが、エルズワースという名前からトラブルに発展する可能性は避けたい。


 「私たちは旅の修道士ですの。町で悪漢に襲われたところをお兄様に助けていただいて、その縁でこちらに伺いました」


 「このシスターは治癒魔法の使い手でな、マクリナを診たいって言ってくれたんだ。兄ちゃんの傷もみんな綺麗さっぱり治してくれたんだぜ。ほら――」


 ルスケンがマクリナの顔の近くに腕を持っていく。


 「……! あんなに傷だらけだったのに……!! そういえば顔の傷もみんななくなってる……」


 「お、まじか! 鏡もないし自分じゃわからなかったけど、ははは、そうか……!」


 マクリナが柔らかく微笑む。


 「ありがとう、お姉さん」


 「ほほほ、礼はまだとっておいてくださいな」


 私はマクリナのそばに寄り、膝をついて目線を合わせる。


 「次は貴女の番ですわよ」


 「でも、私……いままでもいろんな治癒術者(ヒーラー)さんに診てもらったけど……」


 「安心なさいマクリナ」


 目を伏せるマクリナにカクペルが声をかける。


 「シスターの魔法の腕は当代一。今までの術者の素性は知らないが、それでも間違いなく彼女こそが最高の治療魔法の使い手であることは私が保証しよう」


 マクリナが困ったようにルスケンを見上げる。


 「……試してみるだけ、試してみないか? 今の治療が止まるわけじゃねぇんだ――――お前の気持ちは、痛いほどわかるけどさ」


 たしかにこの試みが失敗に終わったところでリンデマン兄妹に不都合が生じるわけではない。だから断りたいと思う要因もないはずである。


 しかし、彼らはもう疲れ切ってしまったのだ。期待することに。


 長年、医療や魔法など様々なアプローチから治療を行ってもなお、病気が完治することはなかった。

 新たな希望にすがり、そのたびに落胆し、失望する……その繰り返しだったのだろう。


 「でも兄ちゃんは、もう一度だけ賭けてみたい」


 「…………っ」

 

 兄の真剣なまなざしを前に、マクリナの表情が揺らぐ。


 「……お姉さん、本当に私を治せるの?」


 彼女の声は震えていた。疑念ではなく、期待と恐れが入り混じった、壊れやすい硝子細工のような響きだった。


 私はそっと彼女の手を取る。


 「少なくとも、なんの進展もなく逃げ帰るなんてこと、私は絶対にいたしません」


 言い切ってから、つとめて自信ありげに笑顔を見せた。


 マクリナの瞳が睫毛を震わせながら大きく開かれる。

 小さく冷たい指にわずかながら力が入った。


 「……よろしく、お願いします。シスター……!」


 「――ええ、任せてくださいな」


 私は目を閉じ、全神経をマクリナの手を握る指先に集中させる。

 深く息を吸う。

 体内に巡る魔力を精緻に操りながら、詠唱を開始する。


 「『水よ、盃を満たせ。其は楽園よりの種子、極光は恵みとなりて嬰児を征服せん』」


 魔力の糸が私の中を通ってマクリナに入り、体全体を張り巡らされるイメージ。

 

 (まずは彼女に巣食う病魔の正体を探る――――!)


 私の意識がマクリナの内へと深く沈んでいく感覚。魔力の糸を辿り、身体機能の正常・異常を識別していく。


 ――――治癒魔法は極めて効率が悪い魔法である。


 なぜなら、病気やけがの状態や部位、被術者――治癒魔法を受ける相手の体調、体質によって施す術式を組み替えなければならないからだ。

 たとえ軽い擦り傷ひとつであっても、同じ術式を違う人に使いまわすことはほぼありえない。


 また、魔法を施す前にも細かい準備が必要なうえ、術者には高い技術が要求される。 


 ゆえに、医学や薬学の発展に伴い、医療現場において治癒魔法が使われることは少なくなっていった。


 それでも――――


 (私、これからも驕らせていただきますわ。私は王女にして、国一番の魔法使いであると……!!)


 汗がにじむ。


 数十秒、あるいは数分の探索。

 もう時間の感覚はない。


 そして


 (……なるほど。これは――――気に入りませんわね)


 私はついに、この「病魔」の全貌を見渡すことに成功した。


 「これは病気ではなく、呪いですわ」


 「!」


 「は……!?」


 カクペルとルスケンの反応を背に感じながら私は続ける。


 「身体に異常が出ると、それは必ず魔力の流れにも反映されます。治癒術者(ヒーラー)はその魔力の流れを解析して魔法を施すわけですが……それを逆手に取ろうとしたわけですわね。この呪い、極めて巧妙に身体的疾患への擬態、心肺機能の異常を再現していますわ。病気と呪いは対処法が全く違いますもの、今まで治癒魔法がことごとく失敗に終わったことにも納得ができます」


 「そ、そんな……嘘だろ。でも、だって、ドクターは原因不明の心疾患だって――」


 「こんなことを言うのは心苦しいのですけれど、どんな名医でも判断を誤ることはありますわ…………ということでは、ないみたいですわね」


 この呪いのクセ、魔力の痕跡。

 私には心当たりがある。幼少の頃より、私が病気をした際にはいつも馳せ参じてくれた王室御用達の名医――


 「ドクター・ヤコブ・ヨナラン、彼こそがこの呪いをかけた張本人ですわ」


 「…………ッッ!!」


 突如として身震いするほどの殺気が部屋全体を満たした。

 

 「お、お兄ちゃん……」


 ルスケンのほうを振り返ると、彼は昼間の比ではない修羅の形相をしていた。

 

 「おいお嬢、それ、冗談じゃねぇよな」


 「それこそ冗談ではありませんわ。私とて困惑しているのです。ドクター・ヨナランとは知己なのですから」


 ルスケンが肩を震わせる。拳を強く握りしめ、今にも壁を殴りつけそうなほど怒りに満ちた表情を浮かべている。


 その足元に小さな赤い水滴のようなものがぽたぽたと落ちてきていることに気づく。

 その出所を辿ると、恐ろしきかな、それは自ら握りこんだ指の爪が手のひらの皮を破ったことで滲み出た血液であった。


 「っ、落ち着けリンデマン」


 カクペルが静かに諭すように言うが、その声からは彼自身も衝撃を受けていることが窺える。


 「クソ、クソ、クソッ! なんなんだよ、どういうことなんだよドクター! 治る見込みがあるからってマクリナに大学を勧めてくれたのも、合格を誰より喜んでくれたのもドクターだったんだ……!」


 「治る見込み、ですって?」


 妙に引っかかった。


 「ああ、秋からは大学だから、それまでに頑張って体力をつけて退院しようって……」


 「…………マクリナさんにかかっている呪い、これはほぼ間違いなく実際に存在していた病魔の模倣ですわ。ですから、元々マクリナさんには本当に原因不明の心疾患があったのでしょう。治癒術者(ヒーラー)でも心臓に複雑で繊細な術式を施すのを躊躇う者は多いと聞きますから。しかし運良く完治したそれを、ドクターはあえて『長引かせて』いる、というわけですわ」


 「じゃあ何でこんなこと――」


 「それは私にも……」


 私たちが沈鬱な面持ちで考えあぐねていると、カクペルが慎重に声を上げた。


 「治療費が、目的なのでは」


 私たち3人は一斉にカクペルのほうを向いた。


 「リンデマン、君はマクリナ嬢の治療費のため、長年に渡り傭兵業を続けてきたのだったな」


 「あ、ああ……人並みな稼ぎじゃあ長期入院なんかさせられねぇし、薬だって高ぇから」


 「その支払い能力の高さが狙われたとは考えられないか? 君は世界に名を轟かせる伝説的な傭兵だ。収入もそれなりにあるだろう。これは推測でしかないが……ドクター・ヨナランは何らかの理由でここ数か月のうちに入り用になった。そこで『良客』であるリンデマン兄妹に目を付けたと」


 「でも……それって、おかしくないですか」


 ずっと黙っていたマクリナが口を開いた。

 彼女は途中途中で息を切らしながらゆっくりと語り始める。


 「今だってほぼ毎日誰かが退院していってるし……ここにはお貴族様や裕福な方々もたくさん入院してるんです。その人たちがだいたいみんな短期で退院できているのに、なんで私たちが……」


 「それは……こう言うことには抵抗があるが――君たち兄妹が外国人だからだろう」


 カクペルは言葉を選びながら続ける。


 「ミトレウスの貴族や大商人、すなわち政財界の人間は、この大病院を経営するうえで強力な助けとなることもあろう。治療を優先こそすれ、目先の金のために滅多なことはするまいよ。リンデマン、君が凄腕の傭兵であることを私は認めよう。しかしこの国の医者にとって、君はただ金払いのいい外国人でしかない。患者と医者以上のしがらみはないだろう」


 「するってぇと……なんだ、オレたちは都合のいい金蔓ってことか」


 「……っ」


 マクリナが唇を噛む。


 「そんな……っ、お兄ちゃんは私なんかのために、ずーっと危険な場所で、命がけで戦ってくれてたのに……! 面会に来るたびに傷が増えてて……私、それがとっても悲しくて、申し訳なくて……なのにそれを、ドクターはどう思って見ていたの……!?」


 「マクリナ……」


 静かだが確かな激情をもって泣き出すマクリナ。その頭をルスケンが宥めるように撫でる。


 「……すべてはドクター・ヨナランに直接問いただすしかありませんわ」


 ヨナランの居所は知っている。この医療院の裏手に屋敷を構えていると以前本人から聞いたことがあるからだ。


 「では、シスター」


 「ええ」


 私は意を決して宣言した。


 「――――ドクター・ヨナランの屋敷に伺いましょう」

話が短くなっちゃう~という後書きを前回書いたばかりだったので、今回比較的ボリュームのある話にできてよかったです。

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