5. 「戦神の円卓」
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重厚な扉を前に、私はひとつ息を吐いた。
ここが傭兵ギルド「戦神の円卓」ミトレウス本部。
どの国家にも与せず、どの国家も拒まず。顧客が個人か団体かも問わず、金さえ積まれたらどんな仕事でも粛々と遂行する国際的な組織である。
ミトレウスを含む諸国家に常備軍が設立されて久しいこの世の中。
しかしながら、各々が専門的な知識や技能を持つ傭兵の需要はいまだ存在している。
世界を股にかけて活動するルスケンが所属するとしたらまず真っ先に考えられるのはここであろう。
私は意を決して扉を開けた。
ギルドの中は酒場のようになっている。まさしく戦士たちが羽を休める場所といった感じだ。
私はギルドの受付に歩みを進めつつ、周囲を見渡す。
やはり腕っぷしに自信のある荒くれもの、という感じの殿方が多い。
城の中ではなかなかお目にかかることがないタイプの方々だ。
彼らは仲間内で談笑しつつ、その視線は油断せず私たちを追っている。このような場所に聖職者が来るのは珍しいだろうから、単純に興味があるのだろう。
バーカウンターも兼ねたギルドの受付に近づくと、年若い女性の受付係が声をかけてくれた。
「いらっしゃいませブラザー、シスター。傭兵のご用命ですか?」
「ごきげんよう。私たち、ある傭兵の情報を知りたくて伺いましたの。ルスク・リンデマン――『狂熊の手』と評される傭兵なのですが」
「ルスク・リンデマンですか……」
受付係は微かに眉を顰める。
「彼はちょうど本日の昼頃こちらに帰還したところです……恐れ入りますが、リンデマンとの契約に関するご確認でしょうか?」
私たちがどう答えようか考えている間に、彼女は若干うんざりとした表情を隠しきれないまま、分厚い規約書のようなものをカウンターの下から引っ張り出した。
「本来であれば、契約に基づき彼は残り34日間、戦地での戦闘活動に従事する予定でございました。しかしながら彼が一方的に契約を放棄したため、それによって損害を被られた方には、当ギルドが規定に基づき一定の補償をさせていただきます」
規約書の該当ページを探そうとする彼女を遮るようにカクペルが声をあげた。
「失礼、我々はその件で参ったのではありません。彼が何故契約を反故にしてまで東方から突然ウェスマウンソーに来たのか、その理由をご存じではありませんか」
「それは……申し訳ありません、私どもにも――」
「妹が倒れたからだ」
声をしたほうに振り向くと、いつの間にか陶製のビアマグを持った壮年の男が、私たちの横のカウンターに座っていた。
鋭い眼光と歴戦の風格を漂わせるその男は、一口ビールを飲んでから静かに続けた。
「ルスケンが契約を放棄して逃げ帰るなんて普通はありえねぇ。どんなに危険だろうが、奴は戦いを愛するバケモンだからな。だが最愛ってわけじゃねぇ。奴にとっての一番は……家族だ」
「ミスター、貴方は……?」
「このギルドに長くいるモンだ。ルスケンがここに来た頃から知ってるさ。奴がまだ乳くせぇガキだった頃からな」
男は懐から煙草を取り出し、手慣れた仕草で火を灯す。
「リンデマン一家は南の小国から来たんだ。ルスケンの妹が難病だっていうんで、ウェスマウンソーにいる名医にかかるためにな。10年ちょっと前だったかな、ルスケンがギルドの扉を叩いたのも、両親の稼ぎだけじゃ治療費を賄えねえからってことだった。最初の頃は俺たち傭兵連中が憐れみ半分面白半分で稽古をつけてやったもんだが、あっという間にここの誰よりも強くなって、いつの間にか『狂熊』なんて呼ばれるようになっちまった。まるで戦うために生まれてきたような男だ」
男はゆっくりと煙を吐き、続けた。
「奴が戦うのは愛する妹のためなんだ。もし奴が仕事よりも優先するべき事情があったとするならば、妹の容体が急変したのを知って、見舞いに行くこと以外にありえねぇ」
「つまり、リンデマンがここに戻ったのは純粋に私的な理由によるものということか」
カクペルが腕を組み安堵したようにつぶやくと、今度は私のほうを向いた。
「先の危惧は杞憂でございましたね。私としましても、これで安心して出立できます」
「ええ……」
しかし、私はふと考えた。ルスケンの妹がどれほど深刻な状態なのかは分からないが、私の治癒魔術が何かの助けになる可能性はある。医学的な治療が追いつかない難病であっても、魔法で症状を和らげることはできるかもしれない。
私は拳を軽く握りしめ、決意を固めた。
再びビールに口をつけた男に向き直る。
「ミスター、ルスケンの御令妹はいまどちらに?」
横のカクペルが一瞬動揺を見せたのが伝わってきた。
しかし私はそれを無視する。
「転院してなければヨナランの医療院にいるはずだ」
「まあ、ドクター・ヨナランの。たしかに名医ですわね」
「王家御用達とも聞くしな。場所はわかるか?」
「ええ、存じております。お二方とも、ご協力ありがとうございました。それでは失礼いたしますわ」
受付係と男に会釈をし、私は足早にギルドの出口へと向かった。
カクペルはわずかに動揺しつつもそれに追随する。
ギルドを出て息を吸うと、新鮮な空気が私の肺を満たした。
中にいたときはあまり意識していなかったが、タバコの煙や揮発した酒で満ちた空間から出るとすがすがしいものだ。
軽く伸びをしている私にカクペルが問う。
「如何なる御心なのです、シスター。リンデマンの事情など我々には関係ないことでしょう」
「そうおっしゃらないの。ルスケンは私たちの恩人ですのよ?」
「しかし」
「カクペル、貴方は言ってくれましたわよね? 私は一流の魔法使いであると。それほどの者であるならば、名医も手を焼く治療への助けとなれるやもとは考えられませんこと?」
カクペルは短く息を吐き、観念したかのように首を振った。
「――――間もなく医療院の面会受付が閉じられます。急ぎましょう」
カクペルの気苦労を思う。。




