12. 或る修道士の告解
カクペル視点の話です。
私がサーベルのみならず拳銃の扱いにも長けていること
ルスケンほどではないにしろ、徒手格闘にも自信があること
「長い付き合いの私も存じませんでしたわよ!」
「まったく、貴方は隠し事がお上手ですのね」
ええ、そうなのですよ。
殿下、貴女が考える以上に、私は秘密が多い人間なのです。
――思うに、言わずとも問題のないことについては言わないほうが良い。
「能ある鷹は爪を隠す」というわけではないが、誰にも隠し通すことでいざというときに役に立つ事柄は数多くあるし、逆に余計な事を言ってしまうことで後々己の立場を危うくすることもある。
私はそれを騎士として修練する中で学び、いつしか本来の自分というものを我が主君ルキエラにも見せようとしなくなっていた。
***
あれは私が15歳になった日のこと。
国境を越え、教皇庁での聖光輪騎士団本部での式典を経て、私は第一級騎士に叙任された。
この道を選ぶことは義務ではなかった。それでも、私は可能な限り早く昇進し――――終生誓願を立てることを決めていた。
次の日の夜。ようやくミトレウスの王城に戻ると、私はすぐに自室の姿見の前に立った。
トゥニカの上に羽織るのは授与された第一級騎士の儀礼用スカプラリオ。
名実ともに修道士になった事実に身が引き締まる。
聖光輪騎士団には3つの階級がある。そのうち2つ、第三級と第二級は武装修道会といえど俗人の叙任が認められている。
しかし最上位、第一級騎士の身分は修道士にのみ開かれたものであった。
そのため、今まで俗人の立場で騎士団に所属していた私は、修道士になることを許される15歳の節目に、以前より「卿が修道士になる気があれば」と打診されていた昇進を受諾したのである。
柄にもなく姿見の前で数十秒ぼうっとしていると、部屋の扉を3回たたく音がした。
「……殿下」
扉を開けると、そこにはぎこちない表情のルキエラがいた。
「長旅、お疲れ様でございました。今、よろしかったかしら?」
「ええ。何か御用でしょうか」
「貴方のお祝いをさせていただきたくて参りましたの」
そう言って彼女は私に小さなプレゼントボックスを差し出す。
「この度はご昇進、そしてお誕生日おめでとうございます」
私はそれを膝をついて受け取った。
「ありがとうございます。恐悦至極に存じます――中を見ても?」
「よろしいですわよ」
慎重に包装を取り去る。
箱を開けると、そこに入っていたのはひとつのロザリオだった。
「今使っているもの、もう紐が劣化して何度も切れてしまっているでしょう?」
「そうですね。そろそろ新しいものにしようかと考えていたところでした」
「でしたらよかったですわ……」
しかし彼女の表情はとても「よかった」というようなものではない。
何かを遠慮しているような笑み。
「殿下?」
ルキエラが何を言いたいのかはわかっている。
しかし、ここはあえて鈍いふりをして聞いてみた。
「ねぇ、本当にいいんですの?」
「と、おっしゃいますのは」
「その……修道士になってしまって、後悔はなさらない?」
実はルキエラには以前から、私が第一級騎士に、すなわち修道士になることをやんわりと反対されていた。
その理由は修道士が立てなくてはならない修道誓願――貞潔・清貧・従順という内容、特に貞潔の誓いにある。
「貴方は今でこそ私のお目付け役ですが、それもあとは私が成人するまでの数年のこと。その後、貴方は名門エルズワース辺境伯家の子として、家門のためにしかるべき縁談を結ぶことが期待されているのではなくて?」
「今更私にできることなど限られているでしょう」
私は即答する。
「私は末子にすぎませんし、兄姉たちが家を継ぎ、政略の要となる立場を担っています。私がその一翼を担うことは、誰も求めていないのです。それならば私は、年季が明けてからも貴女に仕える道を選びたく存じます」
「でも、まだ若いのに……そんな大事なことを今決めてしまってよろしいの?」
「むしろ早いほうがよいのですよ、殿下」
ルキエラがわずかに片方の眉を上げる。
「今はまだ、私たちは子供として扱われています。しかし遠からず私は成人とみなされ、貴女もまた王位継承者としてより強く世間に意識される存在となるでしょう。その時に私が『男』として無防備に貴女の近くにいることは、決して許されることではないのです」
「つまり、貴方は私への忠誠ゆえに……?」
「――――ええ」
私はそれを肯定しながら、どこかで自嘲していた。
本当にそれだけなのか?
――――違う。
(私は殿下に対し、叶わぬ恋慕の情を抱いている)
今でも覚えている。
一目ぼれだった。
太陽のように輝く髪を持っているのに、孤独でさみしそうなことが印象的だった。
私の導きによって、徐々に表情が明るくなっていったことがうれしかった。
もっと笑顔にさせたい。
彼女を幸せにできるのはこの私だ。
私こそが彼女の従者にふさわしいと認めさせたい。
そのためなら辛い修練にだって耐えられた。
しかし……私は所詮、貴族の末子だ。
たとえ辺境伯家の子であれど、王族との、ましてや次期国王との婚姻など叶うはずもない。
どれだけ忠誠を尽くそうとも、私は王女の隣に立つことはできないのだ。
それならば、いっそ誓願を立てて、この身を神に捧げて生きる道を選ぶほうがよいではないか。
私はただ神の鞭、王の剣として彼女に侍ろう。
淡い思いを抱くことすら許されないなら、そんなものはじめから捨ててしまえばいい。
「……私には、誰とも婚姻を結ぶ意志はありません」
静かに、だがはっきりと告げる。
(私にはこれを、綺麗な初恋の思い出として割り切ることなどできない。貴女以外の女性を、私は隣に置きたくない……!)
ルキエラが私をじっと見つめる。
そして彼女は観念したように息を吐いた。
「今更というお話でしたわね。ごめんなさい、貴方の意志が固いのはわかっていたのですけれど」
「いえ。殿下のお気遣いは嬉しく思っております」
「では改めて、きちんとお祝いさせていただきますわね」
ルキエラが花のような笑みを湛える。
「カクペル、貴方は私の誇りですわ。これからも傍で私を支えてくださいな」
「……御意に」
「それでは私は部屋に戻りますわ。貴方もお疲れでしょうし、ゆるりとお休みになってくださいましね」
「ありがとうございます。殿下もおやすみなさいませ」
ルキエラは「おやすみなさい」と言いながら扉を閉めた。
再び静寂が戻る。
(……大丈夫だ、命が終わるその時まで、この思いは隠し通してみせる)
ああ
殿下
私は貴女を、お慕い申しております。
これでひとまずこの章はおしまいです!
この話タイトルにピンときた人はお友達。




