11. 騎士団襲撃(下)
私たちは一気に階段を駆け下り、庭にいる二人のもとに急いだ。
そこではすでに二人の激しい剣戟が始まっていた。
イリヤの剣が閃き、カクペルのサーベルと激しくぶつかり合う。
金属が擦れ合い、火花が散る。二人の剣士は一瞬も間を空けずに攻防を繰り返していた。イリヤの剣筋は鋭く、速い。一撃ごとに殺意が込められており、容赦のない斬撃がカクペルに襲いかかる。
「どうした、カクペル! お前の剣技はそんなものか!」
イリヤは挑発するように言い放った。
しかしカクペルは、冷静だった。呼吸を整え、次の一手を見極める。
「……ふむ」
イリヤが踏み込んだその瞬間、カクペルは体をわずかに傾け、刃を避けながらサーベルを水平に薙いだ。
「っ……!」
イリヤは間一髪で防御するも、その衝撃で一歩後退する。だが、カクペルもまたイリヤの剣圧に押され、互角の戦いが続く。
二人の刃は縦横無尽に駆け巡り、空気を切り裂いた。
イリヤは鋭い突きを放つが、カクペルはそれを最小限の動きでかわし、刃を絡め取るように捌く。彼は剣技だけではなく、足さばきも優れていた。敵の攻撃をかわしながら最適な距離を維持し、決定的な一撃を狙っている。
イリヤが剣を上段に構え、一気に振り下ろす。カクペルはそれを読み、剣を立てて受け止めた。しかし、イリヤはその勢いのままさらに力を込める。
「ッ……!」
カクペルの足がわずかにずれる。イリヤはその隙を逃さず、側面から一閃する。カクペルは身を低くし、その刃をギリギリでかわしたが、次の瞬間――イリヤの剣が、ついにカクペルのサーベルを弾き飛ばした。
宙を舞うサーベル。カクペルの手から武器が離れた瞬間、イリヤの口元には勝ち誇った笑みが浮かぶ。
「どうした、カクペル! 武器なくしては、もう私に抗えまい!」
イリヤは剣を構え直し、一気に間合いを詰めようとした。
しかし、カクペルの青い瞳が静かに光を帯びる。
「……そう思うか?」
言葉と同時に、カクペルの拳がイリヤの視界から消えた。
「ッ……!」
イリヤは反射的に後退する。しかし、カクペルはそれを見越していたかのように足を踏み込み、猛烈な勢いで肘打ちを叩き込んだ。
「ぐはっ!」
イリヤの体が揺らぎ、後方へと弾き飛ばされる。カクペルはその隙を逃さず、さらに低く構え、今度は素早く懐へと飛び込んだ。
「なっ……! 貴様、合同修練では一度も徒手格闘など……!」
「簡単に手の内を晒すような真似はしない」
言葉を紡ぐ間にも、彼の膝蹴りがイリヤの腹部を捉える。
「ぐっ……!」
イリヤは苦悶の表情を浮かべながらも剣を振り下ろそうとした。しかし、その手をカクペルががっちりと掴む。
「もう遅い」
そして、一瞬のうちにイリヤの腕を捻り上げ、無理やり剣を地面に落とさせる。
「……ぐっ……こ、こんな……!」
イリヤは膝をつく。カクペルはその隙にチュニカの裾に手を入れ、足元に備え付けられている何かをそっと引き抜いた。
「お、おいおいアレは……!」
「まさか……」
遠くで眺める私たちも思わず驚愕の声を抑えられない。
彼が手中に収めるは鈍色の輝き。
「……!」
イリヤの額に、冷たい銃口が押し当てられていた。
「詰みだ」
カクペルの声が冷たく響く。
「貴様、そんなものを隠し持って……!」
イリヤの表情が苦々しく歪む。
「修道士は銃を持たぬと誰が決めた?」
その声色には一切の迷いがない。
「認めろ。今も昔も、私のほうが強い」
イリヤの呼吸が荒くなる。しかし、彼の目の前にあるのは、確実な敗北だった。
「……ぐっ……」
ゆっくりとイリヤは両手を挙げ、白旗を掲げるように降参の意思を示した。
カクペルはそれを認めるとゆっくりと銃を下ろし、静かにアンクルホルスターにそれを収めた。
そして静かに私たちのほうに向きなおる。
「遅れてしまい申し訳ありません」
「そ、それはよいのですけれど――」
「ブラザー、お前さん剣士一本でやってるんじゃなかったのかよ……!?」
カクペルはイリヤをどこからか取り出した縄で拘束しつつ、私たちに軽く笑みのようなものを見せた。
「私は剣士であると名乗った覚えはない」
「でも、長い付き合いの私も存じませんでしたわよ!」
「切り札とは、秘匿してこそ切り札たり得るのです」
涼しい顔をしてそう言ってのける彼。
「そ、そういえばお前さん、検問の時も自分が荷物を受け持つって言ってたよな……まさか、銃があるって隠すためか!?」
「さあ、どうだか」
「今更そこでもったいぶらなくてもいいだろ! バレてんだから!」
二人の言い合い(?)を眺めながら、私は魔石を取り出し王城に通信を入れる。
明朝にはこの詰所にも捜査が入るはずだ。
通信を入れ終えると、目の前の光景に思わず笑みがこぼれる。
ルスケンの追及を軽く受け流し続けるカクペル。
もしかしてこの人、案外秘密主義者なのでは……?
「まったく、貴方は隠し事がお上手ですのね」
そうカクペルに話しかけると、彼は眉を下げて柔らかな笑みを浮かべた。
短いですがキリがいいのでここでおわりです。