10. 騎士団襲撃(中)
ルスケンが力強くドアを蹴破る。同時に私は魔法で部屋の中央に閃光を放った。
「うおっ!」
騎士たちは何が起きたか理解できず、一瞬ひるむ。
そして彼らが再び目を開けたとき――
「おうおう、豪勢にやってるじゃねェか」
ルスケンは油断しきっていた騎士団の面々のサーベルを回収し、足で踏みつけていた。
「――っ、誰だ貴様ら!」
先ほどまでリラックスしていた騎士たちが一斉に戦闘態勢に入る。
「私たち、聖光輪騎士団の名を辱める皆様を成敗するために参りましたわ」
私は懐から儀式剣を抜く。あくまで魔力に指向性を持たせる杖としての役割を果たさせるため。
まだ自らの正体を晒す気はない。権威には実際の力が伴っていると理解させないと彼らの本当の反省は促せないし、なにより力なき者が権力をふるうという行為には、その威光自体を失墜させる危険性がある。
「そういうこった、おとなしくお縄につきな。じゃねぇと痛い目見るぜ?」
「この……舐めるなァッ!!」
一人の騎士がルスケンに襲い掛かる。サーベルがなくとも格闘の心得があるのだろう。
しかしそれは、あまりにも無謀だった。
ルスケンが襲い掛かってきた騎士の腕を軽くいなし、逆に膝を突き入れた。
衝撃で騎士は苦痛に顔を歪め崩れ落ちる。さらに畳みかけるように、彼は騎士の首元を掴んで床にたたきつけた。
「ったく、オレに素手で勝とうなんざ百年早ぇよ」
彼はため息混じりに呟きながら、部屋の隅で震えている女性たちに目を向ける。どうやら近場の夜の店から派遣されてきたようだ。彼女たちは事態が飲み込めないまま、怯えた目でこちらを見つめている。
「嬢ちゃんら、今のうちに逃げな」
ルスケンが顎で部屋の出口を示すと、女性たちはお互いの顔を見合わせ、小さく頷きながら部屋を飛び出していった。
その間にも、私の前には立ちはだかった数人の騎士が武器を構えていた。どうやら彼らの得物はサーベルだけではないらしい。
「おい、こいつ魔法使いか?」
「心配いらん、制服には魔法を無力化する効果があるからな」
余裕を浮かべた顔で私を見下ろしてくる彼らの言葉に、思わず笑みがこぼれる。
「それはどうかしら?」
私は剣を軽く振るい、まずは防御魔法を展開。彼らが一斉に襲い掛かってくるのを見越して光の障壁を展開した。
騎士たちの武器が障壁に弾かれ、動揺の声が漏れる。
「なっ……!」
「どうやら貴方たちは私の魔法を甘く見ていたようですわね」
さらにもう一度剣を振るう。
「『其は泡沫の夢、嬰児は藍の揺り籠に擁されん』」
淡い光が部屋中に広がる。
騎士たちは最初こそ警戒していたが、じきに身体の力が抜け、がくりと床に膝をついた。
「くっ……な、なんだこれは……?」
「安心なさい、これは殺傷魔法ではありませんわ。ただ、少し眠っていただくだけ」
「おやすみなさい」とつぶやくと、床に倒れ伏した騎士たちがゆっくりと目を閉じた。
「おお、すげぇな」
ルスケンが感嘆の声を上げる。
「魔法防御が効かねぇとか反則過ぎるだろ、お嬢」
「ふふん、言ったでしょう? 私はこの国一番の魔法使いですわよと」
軽く胸を張る。
「魔法を無効化されるなら、それを凌駕するだけの魔力があれば問題ありませんの」
「ははっ、おみそれしたぜ」
私は剣をくるりと回して納め、床に転がる騎士たちを一瞥した。
「さて、あとは――」
「……随分と派手にやってくれるじゃないか」
部屋の奥から静かな、だが冷たい声が響く。
(イリヤ・ニコラエヴィチ・グラズノフ……!!)
彼は動じた様子もなく椅子に深く腰掛け、片手でグラスを持ち上げた。そしてそれを傾け、最後の一滴を飲み干すとゆっくりと立ち上がる。
「貴様ら、宿にいたカクペルの仲間だな。ヤツになにか吹き込まれたか?」
「……っ」
「女、どこの修道会の者かは知らぬが、不法侵入、傷害……これらを犯した時点で無事に済むとは思わぬことだ」
イリヤはサーベルを抜き、すらりとした鋭い剣先をこちらに向ける。
そして
「……ッ!!」
瞬間、彼はルスケンに肉薄した。
「動いた」と認識できないほどのスピード。足さばき。
「ほう、なかなかやるな。そのジャケット、貴様『戦神の円卓』か?」
「だったら、どうする!?」
ルスケンが拳を繰り出す。
しかしイリヤはそれを軽く躱し、逆に肘を打ち込んできた。
私はとっさに防御魔法を展開する。
「ッ、早ぇ……!」
「大丈夫ですかルスケン!?」
「ああ、サンキューな。ちっとばかし油断してたぜ」
イリヤは冷静に剣を構えなおしている。
(これが第一級騎士の実力……!!)
どれほど堕落しようが、それでも彼は騎士団の過酷な修練を耐え抜いてきた一人なのだと痛感する。
「さあ、貴様らが来ぬならこちらから行かせてもらおう」
一呼吸置いたのち、イリヤの猛攻が始まった。
ものすごい勢い、スピードで次々と剣が撃ち込まれる。
ルスケンもなんとか躱しているものの、狭い室内では思い切って距離をとるということができない。
そして私も、イリヤがルスケンを盾にしてくるため魔法を打ち込むことができない。
(このままでは……!!)
その時だった。
轟音とともにドアが開き、廊下から何かが突っ込んできた。
「ぐぅっ!!?」
入ってきた何かにイリヤが押され、そのまま彼らは窓をぶち破り外に出る。
ここは3階。私とルスケンは慌てて窓から階下を見下ろす。
結果から言うと、イリヤも、突っ込んできたものも無事だった。
イリヤが憎しみのこもった声で相対する者の名前を呟く。
「……カクペル・エルズワース!!」
名前を呼ばれた男は静かに立ち上がると、深海を思わせる蒼い瞳で同僚を見据えた。
彼が纏うのは普段の騎士団の制服でも、ルスケンから借りた服でもない。
それは儀礼用の盛装――チュニカの上には、誉れ高き第一級騎士のスカプラリオ。
「イリヤ、私は第一級騎士の名誉にかけ、卿を討つ」
多忙につき更新が遅れました……!
エタりません、絶対。
まだ書きたいこと山のようにあるのよー!




