5. 招かれざる客?
「はぁ~~~~」
もつれる足に檄を入れ、残り数十メートルを耐え、ようやく。
私たち――まあここまで限界な感じであるのは私だけであるが――は街道沿いの小さなティーハウスに到着した。
背負っていた荷物を床に置き、椅子に座ると、今まで足の裏や足首にかかっていた自重が消える。
代わりに伝わってくるじんじんという感覚もどこか開放的で悪くない。
「楽園ですわぁ」
「1時間後には失楽園の予定ですのでお覚悟を」
カクペルが懐中時計を見ながら容赦なく告げる。
「1時間!? む、無理ですわそんなの!? 回復しきれませんわ!」
「それ以上はシスターがご提案なさった旅程に影響が出ますので」
「まあカクペル、そうガチガチに縛らなくてもいいんじゃねぇか?」
ルスケンが苦笑する。
彼は紅茶にたっぷりのミルクを入れ、マドラーでかき混ぜている。
「別に人を待たせたり期限が決まってる旅じゃねぇんだろ?」
「――そう、だが」
「今日のところは野宿になったって、それはそれでお嬢にとってはいい経験になるさ」
「野宿……」
「野宿! やってみたいですわ!」
「おっ、気になるか?」
「道具の用意はしているのですけれど、まだ一度も使ったことはないのです」
私は荷物をまさぐり、野宿用の道具を取り出す。
最新の技術によって作られたキャンプテント、持ち運び時は小さくできるのに広げるとふかふかになる寝袋、ファイヤースターター(どうやって使うかはわからない)……
「おっ、いい装備そろえてんな~」
ルスケンは私の装備を一つずつ検分し感心する。
「ちゃんと調べましたからっ」
ふんす、と軽く胸を張ってみる。
「んじゃ、今日は進みが遅くなったら野宿だな。道具の使い方もいろいろ教えてやるよ」
「それでいいか? カクペル」とルスケンが声をかけると、カクペルは「……了解した」と静かに返事をした。
それにしても、カクペルの注文した紅茶が運ばれてくるのが遅い。
10分ほど前にルスケン、私、の順番で運ばれてきたものの、そこからすぐ持ってきてもらえると思っていたカクペルのものはいまだ来ていない。
(忘れられているのかしら? しかし催促するような真似ははしたないのですわよね……?)
カクペルのほうをちらりと見る。
彼は全く気にしていないという感じで、私の荷物をいじっているルスケンの様子をじっと監視している。
(……やっぱり、一人だけ飲み物が来ていないというのは気分が悪いですわね)
決めた。給仕に聞こう。
もし忘れられているのならばこちらから申し出るほうが向こうにとってもありがたいだろうし――と自分に言い聞かせる。
私は店内を見回す。しかし給仕たちは奥の厨房へ引っ込んでしまったのか、フロアにそれらしき人はいない。
「――少しお手洗いに行ってまいりますわね」
「おう」というルスケンの声を聴きながら私は立ち上がった。
こうなったら厨房まで声をかけに行くしかない。
テーブルを離れ、フロアの隅にある厨房の前あたりまで来た頃だった。
「――――ねぇ、見てよ。あの騎士様……」
「あらっ。あれ、聖光輪騎士団の騎士よね……?」
厨房の近くの席でお茶を飲んでいる女性客たちが、私たちが座っている席を――というより、カクペルをちらちらと見ながら小声で話しているのが耳に入った。
「今度は何のつもりかしら?」
「嫌よねぇ」
言葉こそあいまいだが、明らかに不快感を含んだ視線だ。
カクペルのほうも、さすが訓練を積んだ騎士であるからか、彼女たちが自分について何か話していることには気づいているようだ。彼は一瞬だがちらと彼女たちを見ていた。
私は進路を厨房からその女性客たちへと変え、毅然とした態度で話しかける。
「失礼いたします、マダム。先ほどから私の連れが何か?」
女性客たちがびくりと肩を震わせる。2人組の女性たちは私を見上げ、顔を見合わせる。
やや年配の方が、少し口ごもったあと答える。
「や、やぁねぇ、ごめんなさい。なんでもないのよ」
「なんでもないなんてことはないと思うのですけれど。彼のお知り合いですか?」
「い、いいえ……」
無責任な態度に柄にもなく少し苛ついてしまった。
語気がつい強くなる。
私たちの様子を見ていたのであろうカクペルがこちらに近づいてきて、私の腕を若干強引に引く。
そして彼は女性客たちに頭を下げた。
「――――シスターがご迷惑をおかけし、申し訳ありません」
「ブラザー……!?」
「すぐに立ち去りますので、どうかご容赦ください。それでは」
カクペルは厨房の人間がこちらの様子を窺っているのを確認してから黙って3人分の紅茶の代金をカウンターに置き、私の手を引きつつもう片方の腕で2人分の荷物を持った。
「お、おい、どうしたよ」
「出立だ」
まだゆっくり紅茶を飲んでいたルスケンが目を丸くして、ずんずんと出口へと進むカクペルを見る。
寡黙な騎士が止まらないのを見ると、彼は勘弁したように紅茶の残りを一気飲みして急いで店を後にした。
「――――――――お言葉ですがシスター」
ティーハウスを出て数分。黙って私を引っ張って歩いていたカクペルが、おもむろに足を止め、こちらを見ずに言う。
「あのような軽率な行動はくれぐれも控えていただきたく存じます」
「ちょ、ちょっと待ってくださいましカクペル。そうおっしゃいましても、貴方あのマダムたちに侮辱されていましたのよ……!? 貴方はそれでいいの!?」
「……構いません」
「そんなこと――」
「――――なあカクペル」
私が反論しようとしたところ、ルスケンが口をはさんだ。
「お前さん、どうやらお仲間に相当困った連中を抱えてるみてぇだな」
ルスケンの目が細められる。
「……………………」
「検問を出る時から思っていたんだがよ、ここいらの人間、どうもお前にあたりが強いじゃねぇか」
「いや、『お前』個人に対してじゃあない」とルスケンが肩をすくめる。
「聖光輪騎士団に、だ」
カクペルが図星だといわんばかりに目つきを鋭くさせる。
「お前の対応をした門番の態度、お前を見た途端お嬢から離れた農民たち、そしてさっきのオバハン連中……そしてお前も反論することなくペコペコしてやがる。違うか?」
「…………だから何だというのだ」
「何だって何だよ。オレたちは仲間で行動してんだぜ。街道はまだ長いんだ、これから何度も似たようなことがあっちゃあたまらねえだろ? お嬢だってまだ回復しきれてないんだしよ」
カクペルの目が私をとらえる。
この頑なな従者の態度は私の名前を出せば崩せると味を占めたルスケンは、口をニヒルに歪ませながら畳みかける。
「話してみろよ。お嬢の旅路のためにもなる」
カクペルは数秒逡巡してから、躊躇いながらもゆっくりと口を開いた。
「…………この近辺における聖光輪騎士団の所業、それは、端的に言って賊だ」
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アルヴィゴ街道という名前は元ネタとは一切関係ないです。普通にアッピア街道を想像しています。宿場町とかお茶屋さんの充実度は東海道なのかもしれないけど。