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初日の出泥棒

作者: ウォーカー
掲載日:2025/01/05

 大晦日から元日へ変わる夜。

透き通るような寒さを湛える、霊峰の高所。

霊験あらたかなその霊峰には、人も人以外も集まる。

地平線に太陽が姿を現すと、集まった人々は、

一斉に初日の出に手を合わせ、あるいはその美しさに見とれていた。


 元日の初日の出は、誰にとってもおめでたい時。

だが、人々の油断に乗じて、悪巧みをする者もいた。

小汚い姿のその男も、そんな悪人の一人だった。

その男は、小柄で頬は痩せこけていて、

誰も信じられぬとでも言うような疑り深い眼光を放っている。

なるべく目立たぬように、その鋭い眼光を周囲へ走らせた。

山の上で、初日の出を見ようとやってくる人々。

そんな人々は初日の出の瞬間、信じられないほど無防備になる。

深夜の山に登ってまで初日の出を拝もうというのだから当然だ。

その当然の隙をついて、その男は盗みを働くことを生業としていた。

初日の出を拝む人々は目を瞑るし、あるいは初日の出に見とれているので、

その荷物や懐から金品を盗み出すことは容易い。

今年もその男は、初日の出を拝む人々から盗みを働いていった。

「へっへっへ、悪く思うなよ。

 初日の出の観覧料、とでも思ってくれ。

 この世の中、誰も信用できる奴なんていない。

 俺だって困った時に他人に助けてもらったことなんてない。

 どんな時でも気を抜いた方が悪いんだ。

 おっ、こっちのおっさんは随分と懐が分厚いじゃないか。」

その男は手慣れた様子で、初日の出に夢中な人々の懐や荷物から、

財布や貴金属、高価なスマートフォンなどを抜き取っていく。

盗まれた人は誰もそんなことには気が付いてもいない。

そうしてその男は、今年も初日の出にたくさんの盗みを働き、

ホクホク顔で一人先に下山することにした。


 初日の出を拝むために登山する人々は、まだまだたくさんいる。

その人々に顔を見られては厄介だと、その男は、

通常の登山ルートから外れた山道を下っていった。

それはもう登山道とは言えない、ただの山道、あるいは山肌。

積もった雪は分厚く、ただでさえ困難な足場を更に滑りやすくしていた。

しかしその男は、盗んだ金品の勘定に夢中だった。

「この財布、万札でぎっしりだ。

 こっちのスマートフォンは最新機種だ。高く売れる。

 やっぱり正月の盗みは儲かるぜ。

 さて、後は物を現金に換えれば・・・うわっ!?」

手元に集中していたその男は足元が疎かになっていた。

そこはただでさえ登山道から外れた岩肌、しかも雪が積もっている。

その男は足を滑らせ、岩肌に転んでしまった。

冬山での転倒はただ転んだのとはわけが違う。

掴まる場所もなく、留まる場所もなく、止まることが困難。

その男は猛スピードで滑落していってしまった。


 山肌が刃物のように体を削る。岩が鈍器のように体を打ちつける。

その男は山を滑落しながら、次々に体に傷を負っていった。

猛スピードで体を転がし滑り落ちることしばらく。

奇跡的に開けた平地にたどり着き、その男の滑落は止んだ。

しかしここは深夜の雪山の登山ルートから外れた場所。

周囲には人の気配はおろか、建物すら無い。

今、自分がどこにいるのかもわからない。

立ち上がろうとすると、全身に激痛が走った。

どうやらどこかを骨折でもしてしまったらしい。

その男は痛みで立ち上がることすらできなかった。

「いててて。俺としたことが・・・、山から滑落するなんてな。」

痛みで声も満足に出すことができない。

その男はせっかく盗み出した獲物を抱えて、

深夜の雪山で身動きが取れなくなってしまった。

「俺もここまでか・・・。」

男は覚悟を決め、寒さで感覚が無くなっていく体に、

耐え難い眠気を感じていた。


 その男が山から滑落して、もうどれくらいの時間が経っただろう。

数分?数時間?時間の感覚が全く無い。

寒さで手先や足先はまるで失くなってしまったかのようだ。

このまま動けなければ、明日の朝までには凍死するだろう。

登山ルートからは外れていて、救助は期待できない。

・・・遠くから音が聞こえる。

獣の鳴き声?いや、音は意味をもって聞こえる。

喧騒、人の声や足音のようだ。

たくさんの人の話し声や足音が近付いてくる。

そうして、地面に倒れたその男のところに、何人もの人がやってきた。

「おい、人が倒れてるぞ!」

「やっぱりここだったのか。」

老若男女入り混じった人々が、その男を見下ろし取り囲んだ。

「まさか、こんなところに救助が来るなんて。助かった・・・」

と、その男は思ったのだが、しかし事情は少々異なっていた。

その男の言葉に、人々は険しい顔を向けた。

「救助?何を言ってるんだ。」

「何って、俺が滑落したのを見て、救助に来てくれたんだろう?」

「お前が滑落したことなど知らん。

 私たちは、スマートフォンの追跡機能を使って、ここに来ただけだ。」

一部のスマートフォンには、盗難や紛失した時のために、

追跡機能がついているものがある。

どうやらこの人々は、その追跡機能を使って、

その男に盗まれたスマートフォンを追跡してきたようだ。

行き着いた場所にその男が倒れていたのは、ただの偶然、

あるいは犯人を見つけたのであって、救助のためではなかった。

その証拠に、人々の表情は救助する慈愛など感じさせない、修羅の表情だった。

「お前、私のスマートフォンを盗んだだろう!」

「私の財布もスッたな!この盗人が!」

怒りに燃える人々は、倒れて動けないその男の頭を小突き、懐を探り始めた。

すると出るわ出るわ、財布や貴金属、スマートフォンなど、

金目のものが次々に懐から出てきたのだった。

「初日の出のお参りの間に盗みを働くなんて、罰当たりめ!」

「これは私の財布だ。返してもらうぞ。」

まるで死体に群がるハイエナのように、

倒れて動けないその男から、人々は金品を奪い返していった。

その男が額から血を流し身動き一つしないことなど、誰も気にも留めなかった。

皆、貪るようにその男の体を調べ尽くした。

そうして残ったのは、

安物のスマートフォンと、中身がほとんど空の財布が一つ。

どちらもその男の持ち物だった。

盗まれたものを奪い返した人々は、それでも怒りが収まらず、

倒れたままのその男に罵詈雑言を浴びせた。

「もう二度とこんな真似をするなよ!」

そして最後に捨て台詞を吐き、スマートフォンを踏み潰し、

踵を返して去っていった。

後に残されたのは、身動きの取れないその男と、

空の財布、潰れたスマートフォンだけだった。


 見上げる空から、小雪がちらついている。

その男は怪我のために身動きも取れず、

盗みをした人々からも見捨てられ、どうにも動けずにいた。

雪が積もる山には更に雪が降り始め、体は痺れるように冷たくなっていく。

どうやら盗んだものを取り返しに来た人々は、

誰も救助を呼んでくれなかったようで、あれから誰も来る気配はない。

スマートフォンを壊され、自分で救助を呼ぶこともできない。

「俺、このまま死ぬのかな・・・」

その男は観念して、地面に仰向けに倒れたままで目を閉じた。

すると、スッと顔に淡い影が差した。

雲か?いや違う。影は動かない。

残された力で何とか目蓋を開くと、そこには見下ろす顔があった。

少女だった。

髪は長く白っぽい、白い和装の少女が、

何の足音もなくその男のところにやってきて、顔を見下ろしていた。

近所に民家でもあるのだろうか?

その男は力なく呟いた。

「君は・・・?」

「あたしは、ゆき。

 おじさん、こんなところで何してるの?」

「俺は・・・何をしてるんだろうな。」

ははは、とその男は自嘲気味に笑う。

体はいよいよ寒さで感覚が失くなり動かすこともできない。

近所に民家があるなら助けを求めたいところだが、

今そこにいるのは年端もいかない少女だけ。もう手遅れのようだ。

誰も信用できず、誰にも信用されない一生だった。

辞世の句でも詠もうかとしていると、少女がニッコリと語りかけた。

「おじさん、ゆきと遊んでよ。

 ここには人が滅多にこないから、退屈なの。

 ちゃんとお礼もするから。」

だからその男は、辞世の句の代わりに、少女に言った。

「悪いけど、俺はもう動くこともできない。

 でも、俺の周りで遊びたいのなら、好きにすれば良い。」

「そうなの?じゃあ、そうする!」

少女は嬉しそうに返事をして、その男の周りで雪遊びを始めた。

雪を集めたり積んだり。

素手で雪を触って、手が冷たくはないのだろうか。

そんなことを考えている間に、その男の意識は途絶えた。


 何かが聞こえる。足音、声、人の気配。

「おい!あそこに足が見えるぞ!」

人の声がはっきりと聞こえる。

その男が目を覚ますと、目の前には雪。

降ってくる雪ではない。塗り固められた雪。

そして周囲を雪に囲まれているせいか、寒さは大きく和らいでいた。

時計がないのでわからないが、時間は夕方くらいだろうか。

元日の太陽はとっくに昇っていた。

あの白い和装の少女の気配は失くなっていた。

代わりに、あの少女が遊びで作ったのであろう、

雪のかまくらが、その男の周りに残されていた。

それがその男を寒さから防いでくれたらしい。

登山姿の男たちが、倒れているその男のところへやってきた。

「大丈夫ですか?」

「あ、ああ。今は何とか。

 それよりも、どうしてここへ?」

盗みに行くのに、登山計画書など提出しているはずもないのに。

すると登山姿の男達は答えた。

「通報があったんですよ。

 山小屋に女の子がやってきて、この辺りに人が倒れてるって。

 女の子はすぐにいなくなってしまって、

 子供のいたずらかとも思ったんですが、

 念のために捜索に来たというわけです。」

女の子と言われてその男には心当たりがあった。

ゆき、と名乗った和装の少女のことだ。

きっとあの子が、かまくら遊びをしたお礼に、人を呼んでくれたのだろう。

その男はあの子の遊びの相手もろくにできず、

しかしかまくらが、その男が寒さで凍死するのを防いでくれたらしい。

それだけでもありがたいことなのに、

少女は律儀にもその男が人里に帰れるように手配してくれたらしい。

その男には良い事をしたつもりはなかったのだけれど、

あの少女が遊ぶのを許したことが良い事となり、

結果として良い事が良い事となって返ってきた。

今までその男は、他人と分かり合うこともできず、

悪い事をして悪い事が返ってくるのを繰り返してきた。

この世でそれだけが必ずしも真ではない、

良い事も悪い事も、どちらも自分に返ってくると、少女に教えられた。

今までどんな人に言われても納得できなかったその男が、

今は何者かも知れない少女の言わんとすることがわかるように思えた。

救助に来た男達が言う。

「どうしましょう。女の子の方も行方不明者として捜索しますか?」

しかしそれにはその男は首を横に振った。

「いえ、その必要はないでしょう。

 あの子はちゃんと帰る場所があるでしょうから。」

「お知り合いですか?」

「いや、知り合いではないですが、

 俺にはあの子が何者なのかわかった気がします。

 山を荒らしては、あの子に迷惑でしょう。」

「そうですか?それなら良いのですが。」

そうしてその男は、救助に来た男達に連れられて山を下りた。


 それから、その男は盗みを辞めた。

悪い事をすれば次は誰に何が返ってくるのか、

良い事をすればどうなるのか、あの少女に教えてもらったから。

人ではない者が言うのだから、きっと嘘などつくはずもないと信じて。



終わり。


 お正月なので初日の出の話にしました。


初日の出というと、みんなが初日の出に注目していて、

その間にスリや置き引きが起こらないのかなといつも思っていて、

それが実際に行われた時の話を書きました。


人の言う事に素直に従うのは抵抗があるけれど、

人ならざる者の言う事なら従っても良いかも。

そうやって悪人が改心する話になりました。


お読み頂きありがとうございました。


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