09 【大罪人】
「あの人たちと、この人」
「おっ……とっと……」
セイルさんの目の下がピクリと動く。
口元が引き攣った。
「えーっと? ……俺?」
武器を構えて敵方に警戒を向けたまま、セイルさんは僕に向けて視線と疑問符を投げる。
「俺、そんな怪しいやつに見えたかな……? ちょっとさすがに傷ついちゃうなー」
「あ、いや……」
口ごもってしまう。
何せ、僕だってよくわからない。
というか、とりあえず、今この状況でセイルさんに悪印象を持たれたりしたら、たぶん相当マズいよね。
15人対2人、ないし最悪の場合、17人対2人といった状況になりかねない。
よくわからないけれど……よくわからないなりに、たぶん、取りなすしかない。
「ユメちゃん? それって、どういう……」
だからそう訊きつつ隣に視線を向けると、ユメちゃんはといえば、不安げな表情を浮かべている。
こちらの当惑を察してか、ユメちゃんは続けて口を開いた。
「あ、あのね、【契り】をしてるの。この人と――」再びセイルさんを指差したあと、それから敵方のうち一人を指した。「あそこの人。残りの全員は、あそこの人と同じ【所属】みたい。ますたー、どうしよう? 戦っていいのかな?」
――あ、なるほど、と合点がいく。
『戦って良いのか?』という台詞。
つまり、ユメちゃんはNPCだから、対人戦において、誰が敵かがわからないのだ。
今、僕たちが相対している15人。
僕ら人間ならば、成り行きと文脈から、彼らがおそらく敵対プレイヤーであるだろうということがわかる。
しかし、ユメちゃんのようなNPCは、そういった文脈を酌むことができない。
いや、もしかすると、最近のAIならできるのかもしれない。
けれど、たとえできたとして。
仮に主人のプレイヤーと、別のプレイヤーが敵対しているだろう状況が理解できたのだとしても、このゲームにおいてNPCは『プレイヤーのお付きである』という立場上、主人たるプレイヤーの意向、つまり僕の意向を尊重しなければならない。
プレイヤーの意思の明示なしに、判断をすることはできないのだ(……もちろん、キャラクターの性格や設定にはよるところはあるだろうが、ユメちゃんはそういう特殊なキャラクターではない、ということだね)。
加えて、ユメちゃんの言葉からすると、今、敵方とセイルさんが何らかの【契り】――つまり契約系の(というのだろうか?)システムコマンド――を締結しているのだという状況と予想できる。
技能か魔法か、方法はともかくとして、ユメちゃんは何らかの方法でそのことを見抜いたのだ。
たぶん、この情報は、敵方15人とセイルさんが協力関係にある可能性も暗示するものであり、そのことからも、敵対して良いのかの判断が難しい。
なお、更にいうなら、敵方15人は、プレイヤー名の色が通常色であり、通常プレイヤーである。
チュートリアルのときの記憶によれば……、この状態のプレイヤーに危害を加えてしまうと、ゲームシステムにより、危害を加えたプレイヤーは【罪人】――つまりゲーム内における危険行為、ないし犯罪行為を犯した者――と判定されてしまう可能性があるのだよね。
そういった状況から、ユメちゃんは今、自分が知る限りの情報を総合して僕に判断を仰いでいるのだろう。 僕はそう結論付ける。
そして、この数瞬のあいだに、これらのことに、おそらくセイルさんたちも思い至ったようだ。
目を細め、ゴクリと喉を嚥下するセイルさん。
安城さんも既にこちらに視線を向けており――チラ、とセイルさんに目配せした。
「……ハッ」
やがて、セイルさんが短く笑い、武器を下ろした。
腰に手を当て、クルリとこちらに向き直り、にへらっ、と笑う。
「……バレバレ、っすかー。いや~、ちょっとショックだな。へー、でもさすがですよ」
「んー、【過去視】かねぇ」
そういいつつ、安城さんも武器を下げる。
「なんだろーね。【依頼契約】までバレてるから、これもユニークかな。すげーな」
緊張感が収まり、ゆるい空気が流れ始める。
セイルさんは手をあげて敵方のひとりに合図した。
合図されたプレイヤーも武器を下ろし、ヤレヤレ、というジェスチャーをしてこちらに歩み寄ってくる。
フルフェイスのヘルムと、黒いプレートアーマー。
先ほどユメちゃんから指を差されたその人である(おそらく敵方のリーダー、といったところかな)。
プレイヤーカーソルに『ノズ』と表示されているその人は、駆け寄りしなにヘルムを脱いで黒髪を掻き上げながら、セイルさんに声をかける。
「なになに、バレちゃったん?」
「ん、ちょっとねー。へたうった」
「お前さ……、演技へたくそなんよ」
「うるせーって」
軽口を叩き合ったのち、セイルさんは空に向かって何かタイピングしつつ、こちらに弁明した。
「あのさ、『格好良いところ見せたろっ!』って思ったんですよね。是非にでも、ウチに入って貰いたくてね」
「コイツ、格好付けなんだよな」安城さんも笑ってセイルさんを小突く。「この寸劇さ、俺も昔やられたんよ。おもろいだろ」
「は、はあ……」
僕は、おずおずと【絶夢】を腰に納め、しかしあいまいに返事をする。
というのも、ユメちゃんが警戒を解いていないのだ。
「ますたー、どうする? 戦う?」
再びのその言葉に、セイルさんもさすがに『いい加減にしてくれ!』という雰囲気で唇を歪める。
「アハハハ……。そろそろその子にも説明してあげてよ~」
「えーっと、ユメちゃん、戦わないで大丈夫だよ。武器も下げて大丈夫」
「……そうなんだ、わかった」
そう答えつつ、しかし、どうしてかやはりユメちゃんは武器を下げない。
ただ、不安顔でこちらを見るのみだ。
「あのね、わかったけど……、でも、この人――」
ノズというプレイヤーを見て、ユメちゃんは次のように続ける。
「――【大罪人】だよ……?」
空気にひびが入った。
そんな感覚さえ感ぜられるように、僕たちのあいだに静寂が走った。
やがて、「……ハァ……」と安城さん。
チッ、と、セイルさんが舌打ちする。
「……や、えー……っと、リアルさの演出にね?」
セイルさんが更に取り繕おうと言葉を重ねる。
しかし、胡乱な目でチラとこちらを見、諦めたようだ。
「あー、どんだけニブくてももう無理よな。うーん、補正率的にたぶん【看破】じゃねえし、なんだろうかね、よくわかんねー」
頭を掻きながらそうぼやく。
ノズさんが肩をすくめ、再び敵方へと戻っていく。
「なんつーかさ、台無しだな。まあいいや。おにーさん、もうお察しだと思うけど、俺ら、おにーさんを脅してでもウチに来てもらおうと思ってました。……で、今更なんすけど、さすがにもうウチ来たいとか思えないっすよね?」
一応確認なんすけど、と続けるセイルさんのその顔に、先ほどまでの人懐っこい雰囲気はない。
ただ、冷えた眼差しがこちらを見つめている。
「……ま、無理だよな」
僕が答える間もなく、……うん、よし。と続け、セイルさんと安城さんが、こちらに背を向けて敵方に歩き出した。
そして、片手で合図を上げ、ひとこと呟く。
「プランB」
瞬間、ガクン、と僕の視界が大きく揺れた。
あれ? と思う間に――ズル、と僕の両肩がずり落ちる。
見れば、僕の両腕が、胴体を離れて落下していた。
それらは地面に触れるかどうかのうちに、細かい光のエフェクトとなり――消滅した。
「……は?」
ユメちゃんが目を見開き、「ますたーッ!!」と叫ぶ。
気づけば、夥しい量のログが、視界の端を流れていた。