08 【遵守の誓い】
「スカウトですか?」
「ええ」
セイルさんは自分の顎を撫でる。
「今、どうして自分が? と思ったでしょ。んー、その疑問はもっともではあります。……でもきっと、おにーさん、少し自覚もありますよね?」
ニッ、と歯を見せて笑うセイルさん。
その笑顔に、僕は少しドキリとする。
自覚については、ないワケではない。
……というより、いってしまえばアリアリだ。
「……まあ、はい」
「そうでしょ。隠しごとはモットーに反するんで、正直にいっちゃうんですが、おにーさんが持ってる【神話級】の【武具】について色々訊きたい。それから、そちらのユメ……さん、ですかね? いわゆる『ユニークNPC』っていうんですけど、そちらについてもね」
「あんたの武器とそっちのNPC、結構珍しいんよね」と、安城さんが補足する。
「うん。ちなみにいま、おにーさん、結構有名人ですよ。あとで掲示板とか見てみてください」
「は、はあ……」
まあ、うん、予想通りではあるね。
要は、僕の持つ【絶夢】と、僕の連れているユメちゃんが、他のプレイヤーからすれば相当に価値があるのだということだ。掲示板とかを見ても、たくさんの人からフレンド申請が飛んできているのを考えても、正直そこは大いに自覚していた。
だから、セイルさんのいうこともわかる。
少し誤算があるとすれば、『クランランキング30位』とかいう、このゲームの中でもトップ層といえるくらいの人が接触してきたことだね。
それほどだったとは、正直少し面食らってしまったけど、まあ、【神話級】については、ゲーム内で初の要素っぽいもんね。
ユメちゃんも、『ユニークNPC』だということで、言葉面から考えるに、ゲーム内でも唯一、ないしそれに近いNPC、ということなのだろう。
そう改めて考えてみれば、トップ層からの接触も、むしろ当然といっていいほどかもしれない。
これは、認識をかなり改めなければいけないようだ。
僕が話を咀嚼するのを待ってくれていたか、セイルさんはしばらくの沈黙を経て、再び口を開いた。
「あとは何より、できるなら、今後ぜひウチで力を貸して欲しい」
「力を……ですか。具体的には?」
僕が訊き返すと、セイルさんは満足気に再び顎を撫でる。
「望めるなら、クランの主戦力にまでなってほしい、ってトコですね。それから、近々、次のクラン対抗イベントがあるんですよね。そこでも戦力になっていただきたい」
「なるほど……。うーん、僕で力になれますかね?」
近々というと、1、2か月くらいだろうか?
主戦力というのはまだいいとして、クラン対抗イベントの戦力、となってくると……。
クラン対抗イベントがどんなものかはまだおぼろな知識でしかないが、それでも、初心者がゲームを始めて1、2か月で、トップクランの戦いに参加するというシチュエーションを想像するに、あまり明るい未来は見えない気がする。
そう告げると、セイルさんは「ま、そこは織り込んでますよ。望めるならのライン、って感じです」と笑った。
「というのも、別の目論見もあります。てかこっちがメインかも。……割と確度のある情報として、おにーさんの武器とNPCが『紐づいてる』って情報があって、なおかつ俺たちとしては、どっちも『ユニーク』だと予想してます。武器がユニークの武器で、そっちのユメさんがユニークのNPC、ってワケですね。……あ、『ユニーク』って言葉、知ってますかね?」
僕が知らない旨を告げると、セイルさんはウンウンと頷いた。
「えっとですね。『ユニーク』って何かっていうと、このゲームにおいては『別の人が今後いっさい入手したりできない唯一無二の要素』のことを指すんです。それが武器なら『ユニーク武器』、アイテムなら『ユニークアイテム』って具合ですね。それから、思うにたぶん、おにーさんその武器ロックしちゃってるでしょ。……あ、ロックってのは【占有契約】のコトね」
「はい、してます」
「んー、やっぱそうよね」
『ユニーク』という言葉について、僕の予想は当たっていたようだ。
僕は腰の【絶夢】に触れる。
昨日、未だに判然としない原因で転送された先で入手した武器。そしてユメちゃん。
どうやら、このゲームにおいて、唯一無二と思われる要素。
なんだか腰に提げた【絶夢】の重みが増してくるようにも感じる。
嬉しい気持ちもある反面……。
――半ば、バグっぽい挙動を駆使するような形で入手してしまったな。
そこが、少しだけ心苦しい気もしてくる。……後で、運営に報告だけしておこう。
その後、セイルさんは次のように続けた。
【神話級】のユニークと思われる武器に、これまたユニークと思われるNPC。
これらを保有するイレギュラーな存在となれば、これまでのクラン対抗イベントのセオリーや環境を覆す可能性も十分に考えられる。戦力として確保できれば御の字だし、逆にそうなれずとも、『リスク要因を放置しない』という点さえ達成できれば十分なのである。
そしてそれを成すには、僕がこの武器を【占有契約】している以上、必然的に、僕というプレイヤー自身を確保することがその最有力手段となる。
セイルさんはそう続け、語り終えてからバツが悪そうに頭を掻いた。
「あ……、なんか打算的なコトばっか話し続けちゃいましたねー」
「お前、いつも話し過ぎなんよな……」と、安城さんは呆れ顔だ。
「もちろん大前提として、クランに入ってくれたら、みんなで仲良くやれたらな~と思ってます。そこ最優先です! 打算ばっかってワケじゃないんで、悪しからずですよ」
考え込み始めた僕に、セイルさんは繕うようにそう重ねた。
「そ、ウチ割と楽しいぜ?」と、安城さんも同意する。
唯一無二の要素を他のクランにみすみす取られたくない。
そういう打算もあるのだということを、隠すでもなく正直にオープンにする姿勢は、とても好印象だね。
あとは……そうだなあ。
と、僕の思考に「そうそう、それにですね……」とセイルさんの言葉が被る。
「貰ってばっかってワケでもないです。ウチ、諸々の福利厚生もありますし、一気に強くなれるよう、レベル上げとか、高難度コンテンツの消化もサポートもできます。いわゆるキャリーってやつです。それに、おにーさんにだったら、特別待遇として、レア武器、最新武器、環境武器の融通とか、コネのあるブランド生産職の方の紹介てな待遇も提供できますよ」
あとは『僕にどういったメリットがあるのか?』という点が気になっていたのだ。
まさに、心配していたことを、そのまま言ってくれたね。
「……悪い話じゃないでしょ? もし肌に合わなかったら、後で抜けて貰ってもオッケーですし」
「ま、抜けちまったら、ウチとしちゃ困っちゃうんだけどね……」と付け加える安城さん。
あはは、と笑い、その後、僕は再び勘案する。
たしかに、悪い話ではない。
というより、めちゃくちゃ良い気がする(これも貴重な情報を持っているが故の恩恵だね)。
実際、一度【辰砂鉱】に入って見るのも良いかもしれないと思い始めていた。
それに改めて思えば、僕の持っている情報も、別に隠すべきものでもないかもしれない。
このゲーム内でも希少・貴重な情報というのなら、初心者である僕が抱えるだけ抱えて、据え置きにしてしまうよりかは、正しく価値のわかる人たちに提供して有効活用してもらうのもアリだよね。
まあ、正直、クラン対抗イベントの価値がまだあまりよくわかってないというのもあって、軽々しく決めて良いかどうか、迷いどころではあるのだけど。
……あ、そういえば。ふと思いついたことがあり、セイルさんに訊ねてみる。
「……ログイン時間の制約とかルールとか、ノルマとかってありますか? 自分、社会人で、ノルマ厳しいとやってけないかも」
「いい質問ですね。あります。クラン維持に必要なポイントのノルマとか、いつまでにこのくらい強くなってね~とか。……あ、でも、おにーさんの場合は、もちろんノルマサービスしちゃいますよ! 交渉もオッケーです」
詳細はコレです、と2枚目の画面を渡してくれた。
見ると、けっこう細かいが、まあ、数日に1回ログインしてこなせば事足りる量みたいだ。
丁寧に、そのあたり、かかる時間の概算まで書いてある。プロだね。
「あ、ちなみに補足なんですけど、もし入ってくれる場合は、誓約系のシステムコマンド【遵守の誓い】の締結をお願いしてます。ま、念のための防衛ってやつです。おにーさんがそうってワケじゃないんですけど、ノルマを果たさずに、福利厚生を受けるだけ受けて蒸発――ええと、連絡付かないように逃げちゃうよーな輩が一定数いましてね……」
ぼやくセイルさん。
【遵守の誓い】とは、特定の物事に対する遵守を約束するシステムコマンドだという。例えば、規約の遵守や、契約の履行とかいったものを対象にすることが多く、約束を果たさない場合には重大度に応じたペナルティがあるのだとか。
ノルマ遵守・規約遵守についてはトラブルが絶えず、こういったシステムコマンド締結による防衛が欠かせないのだという。
クランの運営というのも、色々と大変なんだなぁ……。と、思わず憐れみの目を向けてしまうね。
「一応、福利厚生としては、なんならそこのユメさんも、――っとと?」
説明を続けようとしたセイルさんが、急に言葉を切った。
そういえば、と隣に目を向けたところ、ユメちゃんはといえば、無言でセイルさんの後方を見つめていた。
銀色の瞳が一点を見つめていて、何か、深刻そうな表情だ。どうしたんだろう?
「……ユメちゃん?」
「………」
声を掛けてみても、返答がない。
――あ、もしかして、ずっとないがしろにして怒っちゃったかな……?
「……あれれ? なんだか俺、ちょっと嫌われてますかね?」と、セイルさんも困り顔だ。
そんなセイルさんを意に介さず、ユメちゃんはふとこちらを向き、口を開いた。
「ますたー、そのへん、誰かいる」
「え?」
僕が、ユメちゃんは手を持ち上げ、セイルさんの後方の辺りをジェスチャーで示した。
つられて視線を向けると、――特に何の変哲も無い草原しかない。
誰もいない空間だ。
「……あの辺に、誰か、たくさんいる」
た、たくさん?
ええと、何か、ホラーみたいで怖いね。
困惑する僕を置いて、セイルさんは何かに気づいたようで、チラ、と、安城さんと顔を見合わせた。
そして、セイルさんが僅かに頷く。
――セイルが技能【探知:プレイヤー/広範】を使用しました。
そんなログが流れ、セイルさんを中心として見えないオーラのようなものが放たれる。
技能を使用したみたいだ。セイルさんはそのまま後ろに向き直り、何もない空間を凝視する。
ジワ、と、風景が滲んだ。
何もない空間、それ自体が溶けるようにして、色が染み出してくる。
それが、一か所ではない。
立て続けに、あちこちで風景が溶け出し、そこから、なんと人影がユラユラと立ち上がり始めるではないか。
人影は、1、2、3、……。
あれ、ええと、ちょっと多いぞ……?
僕がたじろいでいるあいだに、人影は、次々とその数を増やしていく。
「なんだコイツら……?」といいながら、安城さんが武器を構える。
僕も、【絶夢】の柄に手を掛けた。
そして、最後の一人が立ち上がる。
僕は、素早く視線を巡らした。
占めて15人。すごい数だ。
皆、プレイヤーカーソルがあるので、プレイヤーのようだ。
平均レベルは70前後。
想定外の事態にも怯まず、セイルさんも、ユメちゃんも、既に武器を構えていた。
「……ハハハ。どこのクランか知らんけど、無理やりおにーさんを連れてこーって魂胆かな」
セイルさんが冷や汗のエモーションを表示しながらそう独り言ちる。
そして僕に目配せし、ブルーの髪を掻き上げながら、ニヤ、と笑った(相変わらずいちいち仕草が格好良いね)。
「おにーさん、下がってね。こっちは任せといてください」
「軽く蹴散らしてやるぜ。先輩プレイヤーにカッコつけさせてくれな」と安城さん。
そんな風にして、セイルさんたちは僕らを守るように立ちはだかった。
そういえば、二人のレベルは……。
セイルさんが、112。
安城さんが、118だ。
現れたプレイヤー達の平均と比べて、レベル差にしてその数およそ50。
僕も隣に立つべきかと思ったのだが、このレベルとなると、僕が逆に邪魔になるかもしれないね……。
これは、任せてみるのが得策かもしれない。
そう考えを巡らしていると、ユメちゃんが再び口を開いた。
「……ますたー、この人たち、知り合いみたい」
「ん?」
妙なタイミングの妙な発言に、前の二人も、チラとこちらに視線を寄越す。
僕は思わず、訊き返してしまう。
「ええと、知り合い? 誰と誰が?」
その言葉に、ユメちゃんは敵方のプレイヤーたちを指差し、その後――セイルさんを指差した。
どうしても、長くなってしまいますね……。
続きも頑張ります!♪