07 【辰砂鉱】
足元丈くらいの草が茂る平原。雲の多いブルーグレーの空から差す陽光がところどころを輝かせている。
近場には、巨大な湖。
その水面には、塔の白い威容が映り込んでおり、とてもキレイだ。
辺りには、魔力のような、青白い光の粒のエフェクトがチラチラと舞っている。
あちこちでは、何人か連れ立ったプレイヤーたちが魔物との戦闘に興じていた。
そんな中で、僕たちがフィールドをてくてく歩いていると……やっぱり、ここでもそれなりに注目される。
まあ、なんだかんだでもう気にならなくなってきたけどね。
……と、しばらくうろうろとしていると、ユメちゃんが声を上げた。
「ますたー、敵!」
見ると、いつの間にか数歩先に、巨大な鎧が出現していた。
高さにして3メートルくらい。
真っ白のプレートアーマー・大盾。
そしてそれらに刻まれている、銀の複雑な紋様。
頭上には、天使の輪のようなものが浮かんでいた。そしてなんと、本体も同じように宙をプカプカ漂っている。
なんというか、『天使』といった雰囲気で、ビジュアルがとても格好良い。
正直、結構好きなデザインかも。
【塔の君王の守護者・護戦士】レベル81。
うーん……レベルもなかなか高い。
81なんて、僕から見れば天上のような数字だ。
ユメちゃんのレベル50から見ても、30も差があって、かなり格上である。
でも、敵は1体だし、少しはやれるかも?
ちょっとだけ攻撃してみて、満足したら機を見て撤退。
そんな感じが良いかもしれない。
あるいは、なんなら全滅してしまうかもしれないし、それを覚悟で突っ込んでみるのもアリかも。
まだ拠点からけっこう近場なので、アイテムがロストしてしまうリスクも低いから、落としてしまったアイテムも後で回収しに来れば良いしね(このゲームでは、全滅したら、持ち物がその場に落ちてしまい、一定時間経つと消えてしまうという仕様になっているのだ。ただし、他のプレイヤーに持って行ってしまわれる事はない)。
いずれにしても、まずは攻撃してみよう。
そう考えて、僕はさっそく【絶夢】を構えた。
ユメちゃんも【絶夢の残滓】をスラリと抜き放つ。臨戦態勢だ。
*
結論から言うと、ユメちゃんは引くくらい強かった。
……ええと、これ、初心者的には、バランスブレイカーなんじゃないかな?
思わず、そんなことを思ってしまったくらいだ。
戦闘が始まって、最初に動いたのはユメちゃんだ。
――ユメが魔法【強化:筋力強化・剛弐】を発動しました。
――ユメが魔法【強化:衝撃強化・剛壱】を発動しました。
――ユメが魔法【付与:夢幻の残滓】を発動しました。
――ユメが技能【縮地】を発動しました。
――ユメが技能【一閃・衝】を発動しました。
そんなメッセージがズラッと視界を滑り、ふと、ユメちゃんの姿が忽然と消えたかと思うと――。
ッガアアァン!!
――と爆音が響き渡り、見れば、【守護者】が中空で仰け反っていた。
左手に持っていた大盾が、べっこりとへこんでいる。
辺りのプレイヤーたちも、なにごとかと驚いて一斉にこちらを見つめている。
ユメちゃんはといえば、高々と空を舞っており、クルクルと宙返りしたのちに着地した。
いつの間にか、持っている【絶夢の残影】の白い刀身からユラユラと薄青色のエフェクトが立ち上っている。
【守護者】は、体力ゲージこそ微減程度で済んでいるものの、体勢を立て直すのにだいぶ時間がかかっているようだ。大ダウンというやつかな?
唖然として動けない僕に、ユメちゃんが「チャンスだよ、ますたー!!」と声をかけ、再び剣を構え直して飛び出した。なかなかに勇猛果敢。
バコンッ! ドカッ! と、少し控えめなものの、穏やかではない効果音が、ユメちゃんが剣を振るうたびに響く。
それからというもの、ユメちゃんは引き続き先陣を切って攻撃しながら、定期的に初撃と同じ流れで爆音を轟かせ続けるのだった。たぶん、技能【縮地】を、再使用時間ごとに使っているっぽい。見た感じ、視認できないくらいの高速移動をする技能かな?
……えーと、なんというか、この戦いぶり。
言葉を選ばずにいうと、【剣士】というより、もはや『狂犬』や、『狂戦士』といったイメージだね。
普段のほわほわした印象からのギャップが凄いよ……。
それに――戦闘が始まってから思っていたのだが、心なしか、ユメちゃんの目付きがキマっているような……?
「アハハ!!」と笑いながら、楽しそうに何度目かの爆音を轟かせるユメちゃん。
そんな彼女を眺めながら、若干引き気味な気持ちで加勢する僕なのだった。
*
「うーん……」
しかし、結局はレベルがレベルなだけあるようで、体力を全然削れない。
やはり、レベル差が数十もあると、それだけステータスの差も大きいのだろう。まあ、レベル制のゲームである以上、当たり前ではある。
体力を3割ほど削ったころから、【守護者】が【持続する天樹の恩恵】という魔法を発動して、それによりジワジワと体力を自動回復しているのも効いており、なかなかしんどい戦いだ。
とはいえ、しばらく戦い続け、なんとか体力を4割ほど削ることができた。
ちらりと他のプレイヤーたちの様子を伺ってみる。
近場はこの系統の魔物が出るようになっており、皆、この【守護者】と同じような見た目の魔物と戦っている(それぞれ、手に持っている武器と、鎧のデザインが若干が違うくらいだ)。
しかし、皆、僕とは比べ物にならないくらいに早く狩れているようだ。
そういうところからも、レベル差の大きさを痛感させられる。
まあ、だいたいが6人メンバーのパーティーを組んでおり、僕みたいに2人で戦っているのは少数派のようだし、近接だけじゃなく、魔法なども織り交ぜて戦っている人たちも多いから、そういう違いもありそうだ。
さて、目の前の敵に意識を戻す。
ちょうど、強化魔法の効果時間が切れてきたので、僕は視界に表示したコンソールから、【強化:筋力強化・漆】を選択した。視界にログが流れるとともに、僕の体を薄赤い光が包む。
そして、モーションサポートを受けつつ、技能【二閃・衝】を発動。
横薙ぎ二閃!
バガン、バガンッ! と音を立て鎧がへこみ、体力ゲージが僅かに減少する。
この敵は、フルプレートの鎧を着こんでいる(むしろ中身が空洞かもしれない? と思い始めているがそれはそれとして)ことから、斬撃がほとんど効かない。半面、剣の中でも打撃属性のダメージを出せるこの技能で攻撃すると、そこそこダメージが出るのだ。
まあ、ユメちゃんや、他のプレイヤーには遠く及ばないけどね。
ただ、昨日一日色々あったせいもあり、魔物を誘導・動きを管理しながら戦うのは、けっこう巧くなった気がする。
ユメちゃんと連携しつつ、ここまで安定した感じで体力を削ってこれているしね。
それに、さすが【神話級】の武器というのもあって、以前の武器からは考えられない火力が出ているというのも事実。実際、おとといの自分だったら、レベル81の魔物を倒せるかもなんてことあり得なかっただろう。
これは、もしかして、結構いい線いけるかも……?
なーんて思ったのが良くなかったのかもしれない。
僕がふたたび技能【二閃・衝】を放ち、僅かな時間硬直している間――。
「あっ――」
ヌルッ、と音がしそうなくらいの素早さで、守護者が急に仰け反った。
――いや、違う。剣を大上段に振りかぶったのだ。そして、わかったときには既に遅し。
眩い光が剣を包み、次にはそれがすごい速度で振り下ろされた。
「ますたー!!」
ユメちゃんの叫び声。
――あ、死んだな。
そう思う刹那、ビカッ、と急に視界が白くなった。
思わず目を瞑って立ち竦む。
そして、来るべき衝撃が……来ない。
目を開けると、【守護者】は今しがたの攻撃がキャンセルされたのか、ひるんだような動きをしていた。
――セイルが魔法【目くらまし】を発動しました。
いつの間にか、視界にそんな文言が表示されていた。
じきに僕の硬直も解け、急いで後方に飛び退る。
「アンジョウ!」
「あいよ!」
鋭い声がどこからか響き、それに応える返答。
――セイルが魔法【強化:耐久強化・剛壱】を発動しました。
――セイルが魔法【強化:硬質化】を発動しました。
――安城が技能【銀の戦士の誓い】を発動しました。
――安城が技能【咆哮】を発動しました。
ずらずらっと表示されるログ。
「おら、こっちだ!」
目の前に、急に見知らぬプレイヤーが飛び出してくる。
ブラウンの髪、ネイビーが基調の、鎧を着こんだシルエット。大盾と片手斧を装備している。
彼は【守護者】の注意を引いたかと思うと、手際よく遠くに誘導していくのだった。
誰だろう? そう思う間際、背後から声が掛かる。
「おにーさん、大丈夫ですか? ダメージは?」
先ほど鋭く呼びかけていたのと同じ声。
振り向くと、これまた知らないプレイヤーがこちらに歩み寄ってきていた。
青に金のメッシュが入った髪型。魔術師のようなローブ。こちらも男性だ。
精悍な顔立ちに、人の良さそうな笑顔を浮かべている。この人が助けてくれたのだろうか?
「あ、ええと、大丈夫です」
「そうか、良かった! じゃ、もう少しだけ気張りましょ~かッ!」
彼はニッと笑い、それから表情を引き締め、手に持った長杖を構える。
結局、幾分かののち、彼と、もう一人のブラウン髪の人の協力のおかげで、【守護者】は危なげなく倒せたのだった。
*
「さて、改めまして」
めいめいドロップアイテムの回収を終えて、魔術師ローブの人が口火を切る。
「自分、セイルっていいます。【辰砂鉱】ってクランの副クランマスターをしてます。で、こっちは――」
「アンジョウだよ。漢字で、『安い』に『城』って書くんだけど……」彼は頭上を指差す。「ここに書いてあるからわかるよな」プレイヤーカーソルの横に浮かぶのは『安城』の文字。
僕も改めて名乗り、ユメちゃんを紹介しつつ、ふと、セイルと名乗ったプレイヤーの口から出たキーワードを反芻する。
「副クランマスター、ですか」
「ええ」
彼は、僕に向けて、一枚のウィンドウを可視化して寄越した。
【辰砂鉱】と上部に表示された、メンバー募集の案内である(後で知ったのだが、クランはフリーデザインでメンバー募集のページをゲーム内に登録できるらしい)。
すごくオシャレなデザインに、魔術師のようなシルエットを象ったエンブレムが格好良い。
「【辰砂鉱】って名前でやらせてもらってるクランです。おにーさん、見たところ……」彼は、僕の頭からつま先まで、ちらっと眺めた。「初心者ですよね、そしたら知らないかもね。こー見えて、実はけっこう有名なほうなんですよ。クランランキングがね、えーと」
「30位っすね」安城さんが助け舟を出す。
「そうそう! 前回30位で、遂にイベント称号の大台に乗ったワケです」
「30位……」
「そ。いわゆる、ランカーってやつ」と安城さん。
そういえば、『クラン対抗イベント』というものがあると、攻略サイトで見かけた記憶がある。
だいたい総勢、三十万くらいの数のクランが参加し、順位を競うイベントなのだ――と、セイルさんが補足する。僕が数字に圧倒されていると「ま、三十万っつっても、ソロクランとか、休止中とかも含む数字なんだけどね」と安城さんが笑った。うん、いや、活動のあるクランに絞ったとしても数万は下らないとして、2桁台の順位というのは相当スゴいのでは……?
というか、助けられたということは、僕の戦いぶりも見られていたということで……。
「なんか、お恥ずかしいですね……。助けて頂いてありがとうございます」僕は少し自虐気味に告げながら、ふとひとつ疑問が浮かんだ。「あれ、そんな方が、僕みたいな初心者をどうして?」
「どうしてですって?」セイルさんは、肩をすくめた(そんな仕草も堂に入ってしまうくらい格好良いアバターだ)。
「一応、このゲームのベテランとしてやらせてもらってますんでね、初心者さんを助けるのは当たり前ですよ」セイルさんは力こぶのジェスチャーをする。「まっ、下心が無いわけでもないですけどねー」
「下心?」
「ええ」
そして、セイルさんはニッコリと笑って続けた。
「スカウトですよ!」