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33 【命の拡張】

「――すえこさんッ!!」


 叫んだ言葉が、夜霧に吸い込まれていく。


 (またた)()にゼロとなる、すえこさんの体力ゲージ。


 それとともに、すえこさんの頭上の表示が書き換わる。


 ――プレイヤー名『カヅミ』。


 やはり【偽装】だった、――納得すると同時、その近傍に浮かぶ数字に瞠目(どうもく)する。


 ――レベル()()()


 ……??

 あの霧咲さんより高レベル??

 疑問が脳裏を過るも、しかしそれを吟味する(いとま)さえない。


 彼女の残った半身。

 いま、それが地に落ちる寸前、――光となり宙に溶ける。


 こ、これ。

 戦闘不能時にアバターが消えるのって、調べたんだけど、確か――。


 ()()()()だ。


 思い至ると同時。

 それが意味するところに、否応(いやおう)なしに気づいてしまう。


 すなわち、残るは正真正銘、僕ひとりのみ――。


 ――パリン。


 と、何かが壊れる音が聞こえた。


 同時、ガクッと視界が揺らぎ、続いて()()()に切り替わる。


 周囲の風景が、急に遠のいた。


 遅れて全身に衝撃。


 いつの間にか、視界を流れるログ。


 ――【暗き谷底の飛竜】が技能【猛進】を使用しました。


 ――【命の拡張】が消費されました。


 え? ――と思う間に、再び。


 ――バキン。


 右手から音。

 視界を流れるログ。

 切り替わる視界。


 ――【暗き谷底の飛竜】が技能【衝撃波】を使用しました。


 ――【命の祝福の指環】が消費されました。


「が、はッ……」


 全く脈絡なく。僕のアバターが、怯みモーション・ボイスを発する。


 そして、ようやく自覚する。


 僕は今、地面に叩きつけられていた。


 眼前に迫る、黒紫の(あぎと)


 衝撃。

 バキン。 


 ――【再起のバングル】が消費されました。


 体力ゲージが全損し、すぐに三割まで回復する。


 迫る爪。

 バキン。


 ――【命の祝福の指環】が消費されました。


 全損、回復。


 ――ヤバい。


「【縮地】ッ!!」


 僕は叫ぶ。――音声入力だ。


 僅かに身を起こした状態から、体を翻し、地面を蹴り――。

 一瞬の間、背後で轟音。


 土くれやら、砂利やら。背後から鋭くアバターを叩くそれらが、体力ゲージをガリガリ(えぐ)る。

 しかし振り返らない。

【縮地】の勢いをそのまま活かし、走り出す。全力で――、しかしなぜだか、思う速度が出ない。すぐに気づく。弱体効果(デバフ)により、移動速度が制限されている。

 たぶん、たった数パーセントの制限。

 しかしその(わず)かな差が、もどかしいほどの遅さとなり――。


 後方から上がる、身の毛のよだつ咆哮。

 次には、バフッ、と、大気を叩くような音が耳に届き。


「うわッ――!」


 僕は前につんのめり、そのまま逆さまに吹き飛ばされる。


 地面から(すく)い上げるように、強風が押し寄せたのだ。


 そう気づく頃には、宙をきりもみの末、地面を転がっていた。

 周囲に散る、ダメージエフェクトの粒子。「く……」と呻きつつ身を起こしながら、再び、大きな布状(ぬのじょう)のモノ――たぶん翼膜だ――が、空気を叩く音が、(しき)りに大気を震わせているのに気づく。


 ――飛ぼうとしている?


 しかし、先刻(せんこく)、すえこさんが切り落とした通り、片方の翼腕はもう()い。


 飛べないハズだ。


 そう、思考がよぎった一瞬――。


 ――【暗き谷底の飛竜】が技能【龍もどきの吐息ブレス・オブザフェイクドドラゴン付与(エンチャンテッド)白焔レプリケイテッドホーリーフレイム】を使用しました。


 そのログと共に。

 信じられないくらいに(まばゆ)い輝きが、夜霧(よぎり)を裂いて立ち昇った。


 続けて(にわ)かに周囲の地面が白く発光。

 そこからふんわりと沸き立つ、微細な白い光の粒子。


 ――攻撃範囲を示す予兆。


 直感する頃には、僕は無意識に地面を蹴っており、そしてそれは正解だった。



 輝きと、巨大な熱波。


 波濤。


 轟音・爆風とともに、それらが後方を通過。

 そのまま津波のように森を飲み込み、押し流していく。


 再び僕は後ろから吹き飛ばされ、次には地面に叩きつけられる。


「ぐ――ッ」


 アバターが呻く。

 体力ゲージもモリっと削れ、――もうほとんど、ミリを残すくらいだ。

 もちろん、体は痛くはないんだけどね。……痛くないけど、現実でおそらく高鳴っているであろう心臓、その拍動を感じるような気さえする。


「ちょっと、やばすぎるって……」と、思わず(ひと)り言ちる。


 うーん、ちょっとヤバすぎるよ。ハァ……。ぼやきながらもよろよろ身を起こし、熱波(それ)が成したであろう結果を念のため確認しておくべく。

 背後を見やれば、――僕は再び言葉を失う。


 更地(さらち)じゃん……。


 そこにあったハズの森が一掃され、更地になっちゃってる。


 あええ~、……なんかさ、霧が晴れて、普通に星空が見えてるよ~……。


「あ、はは……」


 と、思わず笑いが込み上げてきてしまう。

 茂っていた草木は一層され、地は白く燃え盛り。黒く炭となった木々の残骸が(まば)らに屹立している。――辺り一帯、ほとんど校庭くらい(懐かしいね)の広さで、そんな更地の状態となってしまっていた。


 頭上の黒々した星空と、地に燃え広がる眩い白焔との、美しい対比(コントラスト)


 眼前に(もたら)された、その破壊の規模。


 これが要するに、『規模指標』として『【三次拡張トリプルエクステンデッドパーティー】』の表示を冠する所以(ゆえん)、ってコトなのかな~……??


 そして時同じく、僕は悟ってしまっていた。


 これ、『無理』だ。


 たぶん、そうデザインされてる。――すなわち、『無理』であるように。


 えーとさ? もとより18人向けの敵に対し、(高レベルプレイヤーのすえこさん――もとい、カヅ……『カヅミ』さんだっけ? が居てくれたとはいえ)たった2人で『まともに』戦えてた、ってトコなんだけど。……まぁ、改めて考えれば、それってつまりは()()()()()じゃんね。


 いわばこれまでのは()()()()()()、という事だ。


 何かのイベントか?

 それとも、裏ボス?


 そのあたりはわからないし、知る事もないだろう。


 更地の(へり)から、ずんずん進み出る【飛竜】。


【飛竜】は、その体躯をぐっと伸び上がらせ、幾度目(いくたびめ)かの咆哮を上げる。――それに合わせて周囲に湧き立ち吹き荒れる、なかなか豪華なエフェクト。

 燐光。

 火の粉のような、白い光の粒子たち。

 それらを纏いつつ、宵闇と星空を背景に頭を(もた)げるは。

 黒い、頑健な飛竜の首。

 白い、燃え盛る龍の首。

 二つの頭が対を成すように、一方がその肩口から生えている影響で体を傾けてはいつつも、しかして悠然と佇む、(いびつ)かつ異形の姿。――形容するならば。


 双頭の竜。


 いや、『龍』だろうか? いっその事、先のログにあった文言(もんごん)を借りてしまえば。


 龍もどき(フェイクドドラゴン)


 たぶん、そういう事なんだろう。


 そうしてその二組、4つの眼が、遂にこちらを捉える。

 その(さま)を認めつつ、僕は一瞬だけ思案。


 ……どうしよっかね?

 ま、白状すれば、僕はもうあきらめモードだ。


 さっきまでの大立ち回りの再演も、たぶん無理。

 というのも、もう【飛竜】のその所作がさ。全く初見のモーションに切り替わっちゃってた。

 だから先ほども、攻撃が全く見えず、連続で被弾してしまった。

 で、そのゆえに。……えーと、カヅ、……『カヅミ』さん? ……うん、言いづらいのですえこさんでいいや。彼女からもらった種々の保険も、ほとんど消費しきちゃったよ。


 次被弾すればおしまい。


 死んだらどうなるんだっけ?

 そう、たぶんゲーム開始位置である【ローナ】に戻るのだ――。


 ん、待てよ? そういえば僕、【天貫く塔】でもセーブポイントを使ってたよね。

 てことは、そこに戻るのかな? そうかもしれない。――まぁ、どっちでもいいか。

 死んでも、戻るだけ。まぁ、【雪牢の地】への遠征のために準備したアイテムは使い果たしてしまったので、ちょっと面倒にはなるね。

 面倒にはなるけども。

 でも結局、戦闘エリアである【飛竜】の周囲、半径100メートル圏内からも逃げ切れなさそうだから、もとより選択肢なんて無いワケで。

 よし。


 思考する事、1秒ほど。


 結論。どーせ死ぬなら、――というコトで。

 せっかくだし、いっちょやってみるかな?


 そうして僕は、いま自分が使える中でも一番ダメージを出せるらしい技能【誓いの構え】を発動(次撃にダメージボーナスを(もたら)す技能だよ。昨日勉強したんだけど、使うのは初めてだ)。

 眼前、縦に剣を構え――。


「――ん?」


 すると(にわ)かに、靄のような薄青色のエフェクトが立ち起こり、【絶夢・失光】、その白銀の刀身を包んで纏う。


 ……あー、そういえば。

【絶夢】のアイテム説明欄。『特定モーションの攻撃時【付与(エンチャント):夢幻の残滓】を自動発動』みたいな効果、あったね~。……ま、なんでもいいや。

 構わず、【縮地】を発動。


 ドシュ、と地面を蹴り、【縮地】の勢いで高々と跳躍。――ユメちゃんや、すえこさんがやってたのをマネしてみる。


【飛竜】はすぐさま反応。反撃すべく黒い方の首を引き絞るが、無視。

 はなから生存は考慮しない。捨て身の攻撃だよ。

 そのまま僕は剣を振りかぶり、横手に勢いよく斬り付ける。

 狙いは白い方の首の根元。翼腕の切断面付近、――つまりは腐食(あと)だ。


 果たして僕の振るう刃は、腐食した甲殻に喰い込み。

 僅かに。

 ほんの僅かに。じわっ、と、その体力ゲージを削るのを見。


 同時、視界に流れるログ。


 ――称号【白き(ほろ)びの(きざ)しを()た者】を入手しました。


 あ、称号……。


 と、それを確認する間もなく。

 次には、全く初見のモーションと思われる、認識できない何某(なにがし)かによって、僕は吹き飛ばされ。――地面に仰向けに投げ出され。


 そんな僕を狙い、大きく体を(ねじ)って振りかぶられる、【飛竜】の巨大な翼腕。


 ――あー、今度こそ死んだ。


 いよいよ僕は観念し、迫り来る終焉(しゅうえん)茫洋(ぼうよう)と眺める。



【飛竜】が、ピタリと動きを止める。


 眼前まで迫った翼腕。

 黒々した殺人的な爪が、僕のアバターを刺し貫く寸前。思い出したようにして止まっている。


 ……なんだ?


 行動が中断(キャンセル)された?

 どうしたのだろう?


 怪訝(けげん)に固まっていると、どこからか、ほわっ、と半透明のエフェクトが立ち起こる。

 それが【飛竜】の体躯に触れ。――その途端。ぬる、と急にその双頭が諸共(もろとも)横を向き、――森の中だ。そちらの様子を少し伺ったかと思うと、次には全身で方向転換する。


「え、な、何……?」思わずそう零す僕に、まるで構う事なく。


 次には、【飛竜】は木々を分け踏みしだきながら、何かを追って森の中を猛然と走り去っていく。――その後背を呆然と見送りながら。


 いま、何か――。


 目を凝らしてみるも、映るのは暗闇ばかり。


 何か、――そう。一瞬だけ、先のエフェクトが立ち起こる時。

 森の、その暗闇の中で、何かが蠢いた? そんな気がしたのだ。



 数分、――いや、もっと少なくて、数十秒くらいだったかも。


 僕はそのまま森の方を眺め、しばらく仰向けに横たわっていた。


 ちょっとさ~……、疲れちゃって。

 どっと疲れが押し寄せてきて。ちょっと放心してたよ。


 ……はぁ。うん。

 ………。


 ――ふー、よし。そろそろ動かないとね……。


「――よいしょ」


 掛け声とともに立ち上がり。

 更地はと言えば、まだまだ白い炎が燻っている。

 ふらつきながらも、そこを僕は歩き出す事とする。

 それというのも、――あるモノを探さないと。


 えーと、確か、この辺だったハズ?


 周囲に目を走らせれば、――お。あったあった。

 近くの地面に、予想通りのものを認める。

 システムっぽい手のひら大の立体映像(ホログラム)がいくつかだ。

 ――ドロップアイテムである。


 うんうん、すえこさんが斬り落とした部位からアイテムがドロップしてたみたいだね~。

 数としては、――ひとつ、ふたつ、……えーと、計7個。


 手に取って詳細情報を表示してみれば、全部【飛竜】の素材アイテムっぽい。

 それと、耐久度がかなり劣化していたりするっぽいんだけど、……へぇ。

 すべて【祝福(ブレスト)】いう表示があり、【白焔レプリケイテッドホーリーフレイム】の権能が付与されて、ちょっと品質が上がった状態となっているみたい。例えば――。


――【祝福級(ブレスト・ランク)】の素材アイテム【黒紫飛竜の甲殻/祝福(ブレスト)白焔レプリケイテッドホーリーフレイム】。

――【祝福級(ブレスト・ランク)】の素材アイテム【黒紫飛竜の大爪/祝福(ブレスト)白焔レプリケイテッドホーリーフレイム】。


 ……あっと、一応だけど! ネコババするワケじゃないよ!

 もちろん、このアイテムを受け取る資格があるのはすえこさんだよね。

【部位欠損】を成したのは彼女なのだから(まぁ、『そういうのがアリなゲームシステム』という点を鑑みれば、自分のモノにしちゃうのも許されるとは思うけどね。ただまぁ、彼女にはお世話になったし、まずは渡す方向でいこうかなって思ってる)。


 ただ、これは仕様なんだけど。ドロップアイテムって数分で消えちゃうんだよね。

 仮に彼女がエゼクトに戻っていた場合でも、いまから急いでも、ここまで最低30分はかかっちゃうハズ。

 だからまぁ、――いまのところは、今後どこかですえこさんに渡すために、一応拾っとこう。


 そうしてそれらをせっせとインベントリに格納している時のこと。


 不意に、視界にログが流れる。


 ――臨時イベントの終了条件が満了しました。


 あ~、そういえばそんなのあったね、と思い出す。


 すなわち、『臨時イベント』、その終了条件である『25分のタイムリミット』を迎えたらしい。


 とすればきっと――。


 僕は耳を澄ましてみる。


 どこからか、馬車の走る音が近づいてきている。

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