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32 【龍もどきの咆哮】

「なんで――」


 なんでわかったのか?


 そう言いたげな様子のすえこさん。――つまり()()()だ。

 彼女は再び言葉を(とど)め。


「あります。ただ……」と言い淀む。


 まぁ、別にわかったわけでもなくて、単にカマかけてみただけなんだけどね。


 それはそれとして、彼女が迷っている点なんだけど、おそらく――。


「どれくらい要ります?」という事だろうね。


 僕がそう訊ねれば、すえこさんは一瞬だけ逡巡。

 すぐ、意を決したように答える。


「――20秒。最低2回」青磁の瞳が僕を伺う。「いけますかね?」


 要するに、これだけの時間、敵を引き付けつつ生存する。――それができるか? という問いであり。それはやはり予想通りのもの。


「わかりました」僕は頷く。


 たぶん、それくらいならやれる。――いや、やる。


「マジすか!」すえこさんは顔を引き攣らせつつも、一瞬目を閉じ、思案。


 それからすぐに目を開けて頷き返し、犬歯を見せて不敵に()んだ。


「――そしたら、頼みました!」



 記憶にある【天貫く塔の黒龍】。その容姿について少し補足する。

 実のところ容姿(それ)は、いま相対(あいたい)している【飛竜】のそれと大きく異なる。


 とりわけ、体の構造。


【飛竜】は、前脚と翼が一体となった翼腕と、後脚からなる四つ足。恐竜、特に翼竜とかがベースとなっているような体格だ。だから着地時は、その両腕を地に付けて這う格好となる。


 一方【黒龍】は、四つ足なのは同じなのだが、その上半身が、どこか『人間』に近い印象だった。――逞しい胸筋に、膨大な肺活量を思わせる巨大な胸郭、その両脇に備わった筋肉質の腕は、けっこう可動しやすそうで、這う以外も――要するに何かしらの武具を取り扱う事でさえ――全然できそうな造りである。

 また、四肢と独立し、正しく『翼』をその後背(こうはい)に負っていた。


 ま、ファンタジーにおける『ドラゴン』といって普通にイメージするような感じだよ。


 長い口吻(マズル)と太い(あご)に対して、深い眉間、知性・老獪さを覚える顔付き。しなやかな長い首、そしてその後半から広背に掛けて、異様に発達し盛り上がる筋肉と、その先に備わった、勇壮・雄大・巨大な翼。


 それらを()べての威容はどこか、神々しささえ(たた)えるものでもあった。


 ………。


 ……うん。

 改めて、バグっぽい動きで滑稽な感じに倒してしまったのが申し訳ないくらいカッコよかったんだよね~……。


 あとは、体が【飛竜】より一回り大きいとか、全身に魔術的な紋様が刻まれているとか、そういう細かい違いもあるんだけどさ。それは置いといて。


 ――ともかく、だからこそだろう。


 目の前の【暗き谷底の飛竜】に相対(あいたい)し、実際に戦闘して、僕は改めて思った。


 どうにも、無理をしているように見える。


 何がというのが、自らの破壊を(いと)わないような、その挙動なんだけど。どうも、単に『暴走している』というだけでもなさそうなんだよね。


 先の猛攻、そのモーションたち。――それらは恐らく、本来【黒龍】に向けてデザインされただろう動作なのだ。言い換えれば、【飛竜】の体躯にはまったくそぐわないモーション(もの)だという事でもある。


 実際、【飛竜】がなすそれら攻撃は、明らかに無理くり動かしたような変な動きをしてたんだ。


 で、いまも、――見れば、関節が変な方向に曲がっちゃってる、変な立ち姿をしてるんだよね。翼腕なんて、前脚の代わりとして酷使されてたんだけど、そのせいで爪とかもうバキバキに折れ放題だよ(体力ゲージはあんまり減っていないんだけどね……)。


 それはちょっと、痛々しいほどでさえある。



 話は戻り。

 二人で示し合わせた後、僕はすえこさんの前へと歩み出る。


 チラっとだけ後方を伺えば、彼女の周囲で黒い(もや)のようなエフェクトが沸き立っているところだった。その靄にまかれ、次にはすえこさんの姿が闇に溶けて消える。


 なお、消えたのはその立ち姿だけでなく。プレイヤー名や体力ゲージ等を含めた、システムによる表示諸共(もろとも)である。つまりこれは、【隠密】に類する技能だ。


 身を隠し、時間が必要な強力な強化効果(バフ)を施す。

 それとも、敵からターゲットされていると使えない何かしらのアクションをするのだろうか?

 

 どちらもありうる。むしろ両方かも。――まぁ、どちらでもいいか。

 いずれにせよ、20秒だ。まずはこの時間を()たせる事。

 僕がやるべきはそれのみであり、それ以外を考える必要も、余裕もない。


 彼女が身を隠すという事。――それが意味するのは、しばらくの間、すえこさんは【飛竜】のターゲットから逃れるという事であって。


 僕は剣の柄を握り、【飛竜】に向き直る。


 かくして【飛竜】に相対(あいたい)する者は、僕のみとなる。



 なんて大見得(おおみえ)を切った手前なんだけど。

 結局のところは、ほとんどこないだと同じだよ。


 モーションをよく見、見切り、(かわ)す。それのみである。


 変わるところと言えば、――そう。戦闘不能となったとき、再挑戦(リトライ)できない、という事くらいだね――。


 ――と、間一髪。しゃがんだ僕の頭上を通過する大質量。

 逃げ遅れた髪の先端が幾分(いくぶん)消失する。


 …………うん。

 くらい、と言ったけどさ、わりと緊張するかも……。

 そもそも再挑戦(リトライ)不可で、つまりは一撃でも喰らえばおしまいという点。こないだとは全然違ったよ~。


 まぁ、先ほどすえこさんからもらった【命の拡張】とかいう強化と、【命の祝福の指環】とかの【魔術具】と(一応、指とかに装備してみている)。

 戦闘不能時に自動復活する効果を持つそれらのおかげで、『被弾イコール即昇天』とはならない、かな? その点はちょっと安心かも。


 そんな事を考える傍らで、見覚えのあるモーションをいなしつつ。

 僕は、視界の時刻表示をチラッと確認。


 もう()()だ。――あと3秒。


 思わず、内心でカウントする。

 3、2、1――。


 そうして迎える、きっかり20秒目。


 僕が相対(あいたい)している、【飛竜】の背後。

 その静謐(せいひつ)の闇が、どろりと溶け。

 空間を裂いて、(にわ)かにエフェクトが立ち起こる。


 ゴォッ、――と、それはあまりにも(まばゆ)い、青ざめた閃きだ(それは、彼女が先まで色々試していたうちのひとつでもあった。……でもちょっと、エフェクトの量がダンチだなぁ)。その(さま)に、僕はすぐに悟る。


 これがつまり、一回目だ。


 次に目に映るのは、疾駆するすえこさんと、腰の高さに構えられ、――続いて振りかぶられる刀。


 青い輝きを纏うそれが、見る間に【飛竜】の翼腕、――その付け根を捉え。


 ――弾かれるか?


 そう思う矢先。そのまま斬撃は、事も無げに翼腕を()()し、振り抜かれる。


「――??」


 振り抜かれ、その後、――何か残ることも無く。

 何も起きない? ――いや。

 それによって触れた箇所が、俄かにひび割れ、腐食していく。


 僕は得心する。


 次撃を通りやすくするための弱体効果(デバフ)という事だ。

 つまり狙いは、『翼腕を斬り落とす事』だね。


 刀を振り抜いたすえこさんは、血を切るが(ごと)くの手慣れた動作で地へと刀を振り。すぐに再び、次なる20秒後に臨むべく、背景に溶けて消える。


 その様を見守りつつ、僕の胸中。

 ――これ、いけるかも?

 なんて、一縷の期待が(よぎ)る。


 翼腕を落とす。

 それができれば、その後は動作の鈍くなった手負いの敵を相手取る単調作業。――希望的観測としては、そういう事となるワケだ。

 ……まぁ、普通に逃げるつもりではあるけどさ? もしかすると『倒せる』なんて事もあるかもね(ってのはちょっと甘く見過ぎかな?)。そう思ったのだ。


 さて、僕は再び視界の時刻表示をチラと見、次の刻限を確認。

 静謐の中相対する【飛竜】。引き続き僕をターゲットとし、次なるモーションを振りかぶり。――やはり回避。


 仮想の体を、いつにも増して研ぎ澄まされる感覚が包む。



 そうして次の20秒目を、僕は危なげなく迎える。


 その刻限を(しら)せたのは、空間を歪めるような、重々しい効果音だった。


 それと共に、風景が溶けるようにして、再びすえこさんの姿が顕わとなる。


 彼女の手に携えられた刀。

 その刃を縁取るのは、やはり付与(エンチャント)であろう闇色のエフェクトだ。周囲には、それを成した魔法の名残りと思しき闇色の魔法陣が見え、――それもすぐに消滅。


 そうしてすえこさんは、おもむろに刀を顔の脇で垂直に構え、――身を(かが)め。


 ドシュ、という音を残し、その姿が掻き消えた。

 かと思えば――。


「――ッッぬあぁぁああ!!!」と、彼女の雄叫び。


【飛竜】の翼腕。その根元。

 見れば、振りかぶられた翼腕(それ)に、真正面から斬り込むすえこさんが居た。かくして頭上へ掲げたその刃は、先刻までと異なり、腐食した甲殻をあまりにも容易(たやす)く裂き進み――。


 ズバンッッ!!


 と、翼腕(それ)を根元から切断。――状態異常(バッドステータス)【部位欠損】、その発生である。


 ビシャッ、と噴き出るダメージエフェクトと共に。胴から離れ、重力の成すままとなる翼腕は、――次には、光の粒子となって消える。


「よしッ――」と、思わず僕も口の端を持ち上げた。


 その時。


 ()()()


 と、切り口から白い爆炎が立ち昇る。



「――え」と、すえこさんの(ほう)けた声。


 翼腕を失った切り口。

 そこから噴出(ふんしゅつ)し伸び上がった白い炎。

 一瞬の後、その先端が膨れ、巨大な()()()()を形作る。


 刀を振り抜いた姿勢のまま、滞空、硬直しているすえこさんを――。


 白い炎が成す、龍の頭部

 その虚ろな眼窩の中。

 眼球状に(かたど)られた炎が、じろり、と見据え。


 その口腔を開く。


 ――【暗き谷底の飛竜】が技能【龍もどきの咆哮ロア・オブザフェイクドドラゴン】を使用しました。


 ごぉぉおおオオオオッッ!!


 と、地響きか。

 あるいは、風のうなるような大音声(だいおんじょう)が、周囲の空気を軋ませながら、森の中に轟き――。


 ――なんだこれ?


 (またた)く間に視界に現れる、夥しい数のアイコンたち。――状態異常(バッドステータス)だ。すぐにそう直感。


 そしてその合間にも、視界を流れる(いく)つものログ。


 ――【暗き谷底の飛竜】が技能【呪眼(カースドアイ):深淵を()(まなこ)】を使用しました。

 ――【暗き谷底の飛竜】が技能【絶命の誓い】を使用しました。

 ――【暗き谷底の飛竜】が技能【執念の誓い】を使用しました。

 ――【暗き谷底の飛竜】が技能【凝視】を使用しました。

 ・・・


 それらを頭の片隅で認識した、一瞬を待たず。


 ――ぬるっ。


 と、黒い方の頭が、すえこさんに(もた)げる。


 がばっ、と開かれる、巨大な(あぎと)


 その様が、まるでスローモーションのようで。


「やばッ――」


 と、すえこさんは空中で姿勢を整えようとするも、――もう間に合わない。


 ボッ。

 ビシャアッ。


 飛沫(しぶき)のように吹き散る、赤いダメージエフェクト。


 ――【深淵の谷底の飛竜】が技能【衝撃波】を使用しました。


 視界を(よぎ)る、そんなログの向こう。


 赤々と吹き散るダメージエフェクト(それ)が、噴霧(ふんむ)のように宙を舞い、夜を赤く上塗りする。


 すえこさんの右半身が、消し飛んでいた。

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