31 【衝撃波】
気付くと、後方から轟音。
振り返れば、木立に突っ込む【飛竜】の後ろ姿があった。—―突進後のモーションだ。
で、なぜか僕は無傷である。
「……??」
……回避した?
えーと、無意識に横にステップを――つまり回避アクションを取っていたのだ。
どうやらそうらしい。
そう自覚する頃、すえこさんが僕の隣に着地する。
「え、ぴよさん……?? よ、避けました? よく避けれましたね……??」
安堵と、感嘆。
そこに、ちょっと信じられない、がないまぜの声音。
彼女は続ける。
「えと? 初めてのモーションでしたけど……」
「はい……。いや、なんで避けれたんだろ……」
自分でもよくわからない。
頭を掻く僕に、すえこさんは申し訳なさそうに謝る。
というのも。
「あの。まさか、ヘイトリセットされるとは……」
との事だ。急に【飛竜】の狙いが僕に移ったらしい。
僕は訊いてみる。
「特殊行動ですかね? 体力の削りがトリガーとか?」
そういう要素もあるらしいと、昨日調べる中で勉強したんだよね。
「あり得ます。……えーと??」
同意しつつ、再び怪訝な色を帯びる視線。
「……あのー。ぴよさんって、もしかしてサブキャラとか……??」と言いかけ。僕の格好を上から下まで一瞥したかと思えば「って事でもなさそうだなぁ……」と頭を振り、勝手に思い直すすえこさん(んん……? いまちょっと失礼な事を考えられた気がするぞ)。
あと、『ぴよさん』ってさ。もはや『ぴよ右衛門』が短縮されすぎて『ぴよ』だけになっちゃってるよ。…………いや、別にいいんだけどね……。
なんて、そんな短いやりとりの間に、再び立ち上がる【飛竜】。
よたよたとしたその動きからは、どこか拙さも感じるが、――次には、ぬるりとした動きで仰け反った。
ふと、ある感覚が去来する。
既視感。
そう。この後――。
「――おわっ!?」
とすえこさんが声を上げる。
それは、僕がほとんどラリアットの要領ですえこさんにとびかかった為であり。――そのまま僕たちは地面に倒れ込む。
視界に表示されるハラスメント警告(攻撃目的以外で、勝手に人のアバターに触ると表示される警告だ)。
その直後――。
――【暗き谷底の飛竜】が技能【強者の一撃/付与:白焔】を使用しました。
ゴウッ!! と、頭上を破壊的な圧力が通過する。
確かこれは、前脚による、付与を纏った横薙ぎモーションだ。
そう想定しつつ顔を上げれば、予想通りの光景が視界に映る。
すなわち、前脚――もとい翼腕を振り抜いた姿勢の【飛竜】である。
「な、何が――」と、傍らで目を白黒させるすえこさん。
「いきなりすみません」僕はすぐさま立ち上がり、【絶夢・失光】を握る。「――僕、引き付けますね」
「え、ええ!?」
尻餅のまま戸惑うすえこさんを置いて、僕はヘイトを買うべく前へ走り出す。
そんな僕を狙い、こちらへ頭を擡げる【飛竜】のその動作なのだが、――これも先日、幾度となく。もはや見飽きたほどのものである。
つまりはこういう事だ。
どういうわけか、【飛竜】のモーションに【天貫く塔の黒龍】のものが含まれているらしい。
*
「はあッ!!? 今の避けれんの……」
噛みつきから始まる3連撃。
ほとんど予備動作も無く繰り出されるそれを無傷で回避すれば(というかたぶん、一撃でも被弾したら死ぬ)、後方からそんな声が上がる。
信じられない、そんな声。
僕は眼前に集中する。――気にする余裕がない。
次撃、――前方への飛び掛かりを、僕は【飛竜】の懐の中へ跳躍、攻撃判定がない位置に【縮地】を使って移動する事で、ギリギリやり過ごす。
やはり。
先ほどまでの様子からまるで変わって、明らかに攻撃の苛烈さが増している。
もはやそれは、『知っていないと避けられない』というレベルのものが混じるほどだ。
モーションの異常な早さ。
判定発生までの変則的な時間。
広く、予想しづらい攻撃範囲。
たぶん知らない人が相対すれば、その苛烈・理不尽きわまりない連撃を喰らって即昇天する事となるだろう(だからこそ、僕は先日随分とひどい思いをした)。
思考しつつも、同時、眼前に聳える黒紫色の巨体、その四肢へと【弐閃・斬】を発動し、斬撃を打ち込むが、火花と共に弾かれる。
ダメージは0。
――攻撃は無理だな。
即、そう結論する。
すぐさまこちらへ向けられる【飛竜】の鼻先。
一瞬、頭部をわずかに左後方に引き絞り。
これはアレだ――。
ゴバッ、と眼前を噛み付きが通過。
――から始まる連撃。
バックステップ回避した僕へ、即時に翼腕が振り下ろされ、それも回避。直後、また次撃。回避。回避……。
立て続けに大地が抉れ、暴れ、鳴動。
確か、計7連撃だったはず。
そう思考しつつ、体に染みついた動作で自然と連撃を躱していく。たびたび交じる、どう頑張っても避けられない(たぶんそうデザインされている)攻撃は、受け流し系の技能でいなす。
そして最後の、攻撃判定を伴った咆哮、——範囲攻撃。
予兆と呼べるべき行動はなく、——要は初見殺し技なのだが、僕は猛然と後方ダッシュ。
つまりは攻撃判定のない位置へと下がるだけで良く。
咆哮による副次効果の各種強化効果が付いてしまうのだが、それはしょうがないとして。攻撃自体は空振りに終わる。
「え??? ぴ、ぴよさん?? 普通におかしいですよ……」後方ですえこさんが呟くのが聞こえる。
それを耳にしつつ、わずかな間隙の後に視界を過るログを視認。
僕は数歩横に歩いておく。
――【暗き谷底の飛竜】が技能【衝撃波】を使用しました。
ガバッと口腔が開き、同時、ほぼノーモーションでこちらへ放たれる、不可視・殺人的な圧力。……要はチャンスと見せかけた罠なのだが。僕には当たらない。
「マジで意味わかんねーッ!!」
なんて、後ろで見守るすえこさんからのリアクションは、正直満更でもない。
ただまぁ、僕からすれば、見た事のあるモーションばかりなんだよね……。
先日、【黒龍】のバグっぽい挙動を見つけるまでの間、ずっと避け方・防ぎ方の模索をしたのだ。……それも、ちょっと思い出したくないくらいの長時間・回数にわたってである。その時に、もう見慣れてしまっている。
でさ、こないだはしんどいばかりだったけど。いま改めてやってみると、これ、けっこう楽しいかもしれない。
普通こういうゲームって大抵、パーティーで戦うのを前提とし、――アクションの巧拙が介在する余地が無い事が多いらしいんだけど。このゲームにおいては、アクションもちゃんと加味されてデザインされてるっぽいんだよね。
つまりは、アクションに習熟する事によって得られるメリットもしっかりある。――回避や受け流しなどのアクションが十分通用する、そういうデザインだ。
適切に対応できれば、相応に攻撃チャンスが生まれる。
ま、それでなくとも、思い通りに対応できる。それだけでけっこう面白い。
とはいえ、元々の【飛竜】のモーションも幾分混ざる事から、完全に【黒龍】と同じというワケではなく。僕も全部把握しきれているわけではない。
しかしそれとて、先ほど突貫で観察し分析した付け焼き刃の範囲で、ある程度は対応できる。
だから、……たぶんいける気がする。
これなら、十分戦える。
*
再び【飛竜】としての突進モーションをやり過ごした間隙。
長めのチャンスタイムに合わせ、僕たち2人は視線で示し合わせて、どちらとなしに駆け寄る(パーティーであれば通話機能が使えるので、こうして隙を伺う必要も無いんだけどね……)。
たどり着くなり、色々感極まったように口火を切るすえこさん。
「ぴよさん! どういう――」
と、すぐに言葉を切り。
追及は後にすべきと思い至ったか、もろもろ聞きたいことがありそうな顔でこめかみに手を遣り一瞬沈黙。再び口を開く。
「つまり、タンクはお任せできちゃうってコトですか……?」
「はい、任せてください!」
「マジかよ……。アハハ……」
と空笑い。どこか顔が引き攣っている。
……とまあ、それはそれとして。
僕としてもこの間隙で確認したかった事があるのだ。それは――。
「すえこさん。――思うにもうアテはありますね?」
そう聞くなり、目を見開くすえこさん。




