30 【炎弾】
ズドンッ!!
と打撃音。
見れば、【飛竜】の首が大きく撓んでいる。
咆哮のモーションがキャンセル、不発となった。
舞い散る火花と、若干のダメージエフェクト。
その中ですえこさんは、――回し蹴りを放った姿勢で飛竜の顔の脇に滞空している(斬撃じゃないんだね)。
続いて彼女の片手がピカッと光り、次の瞬間、彼女の姿勢が制動。
何らかの【技能】の効果か? 彼女は既に大上段に刀を振りかぶる姿勢となっている。
頭上の刃。
それを包む、赤黒い靄。
おそらく付与だろうエフェクトを纏う刃が、撓んだ首へと神速で振り下ろされ――。
――ッギィイインッ!!!
と、甲高い音、眩いヒットエフェクトと共に、再び散る火花。
――弾かれた。
そう察すると共に、「かッてええ!!」と、すえこさんの声。
即座に【飛竜】の首が撓り、彼女を横殴りせんと襲う。
しかし、彼女の姿勢が再び制動。
首に足を添え、動きをそのまま利用して宙へ飛び上がることで、すえこさんは大きく距離を取って着地。
彼女が【飛竜】の頭上を見やるのにつられ、僕も視線を向ければ、その体力ゲージは『1ミリ減』といった感じである。
――硬い。
見た目にも、その首に損傷はまるで見られない。
絶望的だ。
そう思うが、再びすえこさんを見れば、――その端正な顔に浮かぶのは凶暴な笑みだ。
前方を見据える、見開かれた目。
弧を描く口元。
それはどこか、ユメちゃんを思い出させるものでもある。
即ち『狂犬』という感じだ(黒柴娘だけにね! …………なんでもないよ)。
そんな失礼な事を考える間にも、短く笑い声を立て、すえこさんの姿が再び消失。
次には【飛竜】の頭部に、ヒットエフェクト・火花が立ち起こる。
しかし【飛竜】は無傷。煩わし気に振り下ろされる翼腕がすえこさんを捉え、「あっ――」と僕は思わず息を呑むも。続いて起こる、ジャキッ、という快音と彼女の残像。
次には横一閃、光が過る。
宙に、刀を振り抜いた姿勢のすえこさん。それを視認すると同時、やはり散る火花。
――なるほど。おそらくカウンター系の技能を使ったのだ。
そう遅れて悟る間にも、高速で移動・制動を繰り返し、すえこさんは次々と攻撃を打ち込んでいく。
頭部、首、翼腕、足、尾部。――それらもすべて弾かれる。
その様子に、僕もだんだんわかってくる。
部位毎の『攻撃の通り易さ』を確認しているのだ。
そして見る限り、――たぶん『斬撃』自体が効きづらいっぽい。
先の蹴りはダメージエフェクトが出ていた事から、打撃であれば効きそうなのだが、しかし彼女は頑なに斬撃を続けている。
それは予想するに、【部位欠損】系の状態異常を与える為だろう(斬撃の特性を持つ攻撃は、攻撃の蓄積や確率により、【部位欠損】系の状態異常を誘発できるのである)。
つまり、逃げる隙を作るため、どこかしらの部位欠損を狙っているのだ。
で、一方のすえこさん。
動きを見るに、【飛竜】と戦うのは初めてじゃなさそうだ。とはいえ攻撃パターンを把握しきっているワケでもないようで、若干被弾も重ねている。
基本は見て回避。
避けきれないものは、弾きや受け流し、カウンターで対応。
それでもとりこぼす攻撃を、耐性強化? で単純に耐える。
そんな具合の戦い方だ。
それはたぶん、『ソロ』というプレイスタイルにより磨かれた戦い方なのだろう。なのだが、……うん……。
なんというか、被弾時のダメージがやたら少ない気がするんだよね。
で、それはきっと、気のせいでもないのだろう……。
*
そうして後方で伺い続ける中。
ふいに【飛竜】が翼腕を広げて羽ばたき始める。
俄かに起こる強烈な風。
翼膜が断続的に巻き起こすそれと共に、周囲の樹木を薙ぎ倒しながら、【飛竜】の巨体が宙へと舞い上がり、――靄に薄くその姿を滲ませる高度から、【飛竜】は眼下を睥睨。
――大技が来る。
そう直感し、咄嗟に後方へ駆け出すも。
がばり、と開く口腔から白光が洩れ――。
――【暗き谷底の飛竜】が技能【炎弾/付与:白焔】を使用しました。
ボシュッ、と異音。――閃光。地面が弾ける。
夜霧に満ちた森を、眩い光が照らし上げたかと思えば、全身を爆風が襲う。
それに煽られ、受け身を取りつつ。ボウッ、と白く燃え広がる地面を認め、僕は悟る。
これ、馬車を襲った攻撃だ。
「――んー。飛ばれるのがダルいですね~」
いつの間にか傍らに着地していたすえこさんがぼやく。
見た所、彼女の体力ゲージは【炎弾】の前とほぼ変わらず(たぶん回避したんだろうね。流石だ)。
一方の僕は、3割ほどのダメージを受けてしまった。
【炎弾】は彼女を狙ったものであって、僕自身はけっこう離れていたハズなんだけどね……。
「つまり、壊すなら翼ですか……」と、立ち上がりつつの僕に、「ですね~」と答えながら回復アイテムを使ってくれるすえこさん(この人、なかなかの余裕っぷりだよ)。
続けて、彼女は別のアイテムを実体化し使用。
黒い木札のようなアイテムが空に溶け、続いて黒々としたエフェクトが立ち起こって刀を包む。また異なる付与をしたみたいだ。
そうしてすえこさんは――。
「あと何個か試したいヤツあります。もう少し待っててくださいね~」
なんて言い残し、ターゲットが僕へ向くのを懸念してか、再び【飛竜】のもとへと走り出す。
と、そうだ。それからさ――。
そんなすえこさんを目掛け、すぐさま天から舞い降りる、【飛竜】の巨体。
グシャ!! と、かなり痛々しい音と共に、不時着するその超重量。
すえこさんはしっかりと回避しており無傷。他方、【飛竜】は、若干ダメージを受けている。
――てな感じでね。ずっと思ってはいたんだけど、あの【飛竜】。
どことなく動きが、『不慣れ』な感じがする。
もちろん、巨躯による一挙手一投足は強力無比であるのだが。
その反動か? どこか、自身を傷つけているようにも見えるんだよね。
つまりは、名前に冠する【侵蝕】という文言。
そこからして、要はきっと。『暴走している』という事なのかもね。
とまあ、そんな事を考えつつ。どこか痛々しさを想起させる風体で暴れ回る【飛竜】と、次々とアイテムや技能やらを使い、攻撃を重ねていくすえこさんと。
その激しい応酬を、僕は少し離れた後方で見守るのみである。
*
……うん。
まぁ、ね。
もう、みなまで言わずともお察しだろうけどさ。
正直、手持無沙汰になってしまってはいる。
とはいえ正直、この状況で、初心者な僕にできる事はあんまりない。
ないっちゃないんだけど、流石にこのまま何もしないというのもなんか悲しいよね。
だから、できる事は多くないけど、ないなりに一応考えてみてはいた。
で、結論。まずは、『邪魔にならないようにする』。
月並みだが、結局これが最優先だ。
つまり、僕が不用意に近づこうものなら、想定しないヘイトを買ってしまい(つまり、【飛竜】の攻撃のターゲットとなってしまう)、そのせいですえこさんが僕を庇いつつ戦う羽目となりかねない、という事。
たぶんそれは、現状においては、僕が居ないよりもなお迷惑でさえあるだろう。
だから僕はこうしてみる。――視界のタイマーを確認(あらかじめ表示しておいたのだ)。
じきに60秒。
見れば、【飛竜】は再び何度目かの咆哮を上げている。
――と、僕はそのようにノートアプリに書き込んでいく。
すなわち、咆哮の再使用時間が恐らく60秒である旨である。
要するに、僕がすべきは次の通りだ。
観察。
敵の攻撃モーションを見て、覚える。
敵の攻撃パターンを分析する。
敵の使用する技能や特殊能力を備えておく。
でさ、特にこういうゲーム。敵が使う技にも『再使用時間』がある事が多いらしいので、秒数も一応数えてみておいたのだが、どうやらビンゴっぽかった。概ね60秒間隔で、何度か咆哮を上げているよ。
で、そんな感じで僕はいま、視界にタイマーとノートアプリを表示し諸々記録しつつ。視界ショットなんかも適宜撮影しながら、攻撃モーションやパターンを必死に覚えている。
また、それと並行し、他にできる事として――。
周囲の警戒(魔物や賊の乱入など、想定外の事があったらヤバい!)。
立ち回りの検討(何か、すえこさんの邪魔にならないようにしつつ、戦闘に貢献する方法を考えてみよう)。
ま、ざっとこんな所かな。
正直、すえこさんのように「倒しても良いよね?」なんて自信満々に言えるくらいゲームがうまければ(あるいはすえこさんもうまくはないのかもしれないけど、――慣れてれば、かな)、色々もっと効率よくできるんだろうけど。
あいにく僕は初心者で不慣れだし、生来それほどゲームも得意じゃなくてね。
だからこうして、ゲームに不慣れで、うまくない事を前提にしつつ。
うまくないなりに、できる事を探してチマチマ積み重ねていくしかないのだ。
*
なんて、ある種達観しつつ、ひたすら分析・諸々頭に詰め込んでいると――。
ズ――、と、不意に身を起こす【飛竜】。
そのまま【飛竜】のシルエットが、高々と闇の中に伸び上がり、――立ち上がった。
その見事な巨躯にはいま、まばらに傷が見受けられる。
すえこさんの攻撃が通っているのだ。
それによって、いくらか体力ゲージも減っている。――およそ残り9割の状態。
素早くタイマーにも目を走らせれば、4分経過時点である。
つまり体力か、経過時間をトリガーとする初見のモーションかな?
そう予想しつつ、手早くノートアプリにメモ。していると――。
「――ぴよさんッ!!」
鋭く耳を突く、すえこさんの声。
どこか焦ったような色を乗せるその声に、……あれ? と思って視線を戻せば、――目が合った。
僕を捉える眼。
白い、熟れた眼球。
【飛竜】の昏い眼窩の中から、ごぼり、と白焔を溢れさせるその視線に、僕は幾分動揺し硬直する。――そしてそれが命取りとなったのだと、一瞬遅れて自覚した頃にはすでに、【飛竜】の巨体が猛然と眼前に迫っていた。
――あ、これ死んだ?




