29 【聖哲の銀錫杖】
急に、凄まじい手捌きで画面操作し始めるすえこさん。
そして、ひっきりなしに、すえこさんと僕のアバターを包む、強化効果のエフェクト。
ドローンがなんとか時間を保たせている間隙の中――。
みるみるうちに、僕の体力ゲージの下に、大量のアイコンが付与されていく(依然としてログは見えないから、全然知らない強化効果もちらほらあるよ……)。
「本職じゃないので、あんまり強い強化効果なくて。すみません」と、すえこさん。
「いえ、――あ~、僕なんて、なにも持ってなくて」
僕も、使える範囲、かつ、すえこさんが付与するものと被らない範囲で、強化魔法や技能を使っていくのだけど、……パーティーが違うプレイヤーを対象に選べる類のものを持っておらず、すえこさんには何ら貢献できていない。
――ま、まあ、変に強化しても、邪魔になるかもだからね! ……と、自分に言い聞かせる僕。
ちなみに、なぜパーティーを組んでいないのか、というと……。
「ごめんなさいっ! ボク、パーティー組むと弱くなっちゃうんです……!」
と言われて、断られたのだよね。
うーん、なんだかよくわからないけど、そういう事らしい。
『弱くなっちゃう』というのが、ゲームシステム的なものなのか、はたまた、すえこさんの性格上のものなのかは不明なのだけど……。
……ゴホン。
で、気を取り直して、『戦る』というところについてだ。
僕の認識としては、終了条件のうち、――。
1.戦闘エリアからの離脱。
または――。
3.25分間生き残る。
を目指して、とにかく何らかの手段で、【飛竜】動きを鈍らせ、その隙に離脱なり、時間を稼ぐなりしよう!
というのが、目標となると思っている(望みは薄いけど、まぁ、ダメでもともと、ってやつだね)。
………。
……と、思っていたんだけど……?
すえこさんの雰囲気が、全然そんな感じじゃないんだよね……。
手早く目標を共有しつつ、望み薄なりに、見込みのある作戦を相談しようかと思っていたのだが。
そんな僕は完全に置いてけぼりに、やがて彼女は「……よし」と呟き、最後の仕上げといった風体で、チャームのようなアイテムを実体化して使用する。
ずらっと並ぶアイコンの〆に現れるのは、黄色のアイコン。
名称、【命の拡張】。
説明を読むと、――『戦闘不能となった場合、1割の体力で、自動復活する』とのこと。
自動復活かぁ……。ふぅん……。
………。
――なんか、物凄く手厚いサポートな気がするよ……!?
僕が、色々と混乱していると――。
「――ぴよ右衛門さん、これ!」
その言葉と共に、フッと視界に現れるウィンドウ。
――すえこがあなたへのアイテム譲渡を希望しています。
――譲渡を許可しますか?
『許可』を押すと、効果音と共に現れる、アイテム受領結果ウィンドウ。
――【祝福級】の【魔術具】、【命の祝福の指環】。
――【祝福級】の【魔術具】、【命の祝福の指環】。
――【祝福級】の【魔術具】、【再起のバングル】。
うわァ……、【祝福級】の羅列だ……。
「装備しといてください!」
と、すえこさんは、狼狽える僕に告げるけど……。
ちょ、ちょっと、ここまでくると、流石に貰いすぎな気がするね! 凄く気が引けちゃうよ……。
僕にも、何かお返しできないだろうか?
そう逡巡し、――あ、そうだ!
僕は、急いでインベントリを操作する。……【払暁の騎士団】の時と同じく、おすそ分けをしよう。
――【秘宝級】の未鑑定アイテム。
――【伝説級】の未鑑定アイテム。
――【伝説級】の素材アイテム【黒龍の落とし仔の呪眼】。
「すえこさん! これ、貰ってください!」
言いながら、メニューから『アイテム譲渡』を選択。
「は、はい?」と、怪訝な表情で空中を操作するすえこさんは、次の瞬間目を見開き、変な声を上げた。
「――んえええ!??」
「これだけ貰って、タダ、ってワケにはいかないですよ! 足りてるかわからないですけど」
「え、あ、は、はぁ?? いや、ちょ、ちょっとこれは――」
目を白黒とさせるすえこさん。
しかしそんな悶着をしている間にも、――囮ドローンが、そろそろ限界みたい。
渡すタイミングがちょっと悪かった気がするけど、――まぁ、この先ほかに、機会があるかもわからない。どさくさに紛れて押し付けるなら、今がチャンス、……ってね。
「――わ、わかりました、後で確認させて貰います!」
思惑通り、すえこさんは動揺しつつも、吟味は後回し、の判断をしたようだ。……よし。
それから、僕も貰ったアイテムを装備しつつ、ニ、三の間があった後――。
「――お待たせしました!」と、すえこさん。準備が整ったみたいだ。
正直、あんまり打合せできてないので、――僕は腰から【絶夢・失光】を抜いて構えながら、とりあえず一応、「――じゃ、目指すは、【部位欠損】狙い、ってトコですかね……」と声を掛けてみる。
すると、すえこさんは――。
「ええ、――でも、倒してしまっても良いですよね?」
「――――え?」
「うふ。それじゃ、格好付けさせてもらいますよ!」
そんな台詞と共に、すえこさんは、空中をタップ。
青白い残像と残滓、――そんな、インベントリ格納のエフェクトと共に、彼女の黒コートが掻き消える。
*
ピンと立った、黒柴犬のような耳。
漆黒の艶やかな黒髪。
それをポニーテールに纏めるのは、青磁色の和柄シュシュ(瞳の色と合わせているんだね)。
夜霧を背景にして、スッと良い姿勢で佇むすえこさん。
その身に纏う装束も、先刻とは、がらりと様変わりしているのだった。
漆黒の髪と揃いの、漆黒の羽織。
着物に似た胴装備。籠手、袴に、黒の手甲・脚甲、――全体として黒ずくめの、忍者っぽい動きやすそうな和装。
そこに、帯や帯留めなど、ブルーや青磁色を差し色にしていて、とてもお洒落だ。
正直、かなり可愛らしい。黒柴娘、といったところだろうか?
アバターの配色がベースの、統一感のあるファッションからは、……なんというか、キャラクターへの愛を感じる。――そんなコーディネートだね。
さて、すえこさんは、腰の帯刀ベルトに携えた黒い鞘から、スラッ――、と美しい所作で武器を抜刀。
おぉ、格好良いね!
よし、せっかくなので、また【目利き】を使ってプレイヤー情報を覗いちゃおう。なになに?
ふ~ん。スタイルは、【治癒術師】だね。
【治癒術師】?
……ええと、武器名はっと。
――【聖哲の銀錫杖/祝福:太陽の輝きの恩寵】。
………???
対して、すえこさんの構える武器はというと……。
うん。明らかに日本刀だね。
漆黒の刀身。
そこに、桜色の花びらが散る紋様が刻まれた、美しい刀である。
全然、『聖哲』って感じでも、『銀錫杖』って感じでもないね~。
………。
……あのさ。流石にちょっと笑っちゃったんだけど、これ、明らかに、表示と違う武器だよね……。
つまり、すえこさん、十中八九、【偽装】使ってるね……。
あ、いや、まぁ。ずっと、なんとなーく、察してはいたけどもね……?
うーん、……てことは、さっきの口ぶりと合わせて考えるに、『78』というレベルも、全然こんなもんじゃない可能性が高い。
ソロ、……って所は本当っぽいんだけど、ソロだから常に【偽装】してるってコトかな~~……?
そう黄昏る僕を他所に、犬歯を剝いて鋭く笑むすえこさん、
「これ、やってみたかったんですよね~」と、すえこさん。
「……これ、というと?」
「ふふ……。低レベルと思いきや、実はものすごく強い。――そんなボクが、初心者さんを颯爽と助ける、ってシチュです!」
あ、ああ~……。自分で言っちゃったよ……!
僕が内心でそんなツッコミを入れる中、――遂に、ドローンがこちらへ帰還。
その黒いフレームには、いくらか被弾の痕はあるが、軽傷に見える(【飛竜】のあれだけの猛攻を、この程度の被弾で躱し切ったのは、なかなか凄い気がするね)。
すぐさまドローンをインベントリへ格納するすえこさん。
そして時同じく、遂に【飛竜】のターゲットが再びこちらを向き、――体勢を低く構える。
――咆哮の予備動作。
それを認めるに、刀を腰に構え――。
「――じゃ、下がっててくださいね!」
――あ……、下がってていいんだね、僕……。
なんて思う僕を置き去りに、次の瞬間――。
ドシュ、という音を残し、目の前から彼女の姿が掻き消える。
すえこちゃん、かわいいですね♪
以下は、いつもの、どうでも良い設定公開です!
■制御命令について
【ドローン】や【自律人形】など、特定の【魔術具】を操作するための命令群。アイテムではなく、編集可能な実体のないオブジェクト。
編集したコマンドセットを【カートリッジ】と呼ばれるアイテムへ書き込むことで、そのコマンドセットに応じたアイテム【制御カートリッジ・○○】を生成できる。○○には、そのコマンドセットの内容が表示される。ゲーム内に元から用意されている、いわゆるプリセット系の場合は『御者』などのような単語表示となり、一から作成した場合は『カスタム』となる。
コマンドセットの作成・編集と、カートリッジへの焼き込みには専用の技能が必要。
作成した【制御カートリッジ】を、制御したい【魔術具】にアタッチして起動すると、その制御ユニットにコマンドセットがロードされる。ロードされた【魔術具】には、アイテム名に特殊状態表示【制御下:制御命令・○○】と表示される。
【ドローン】や【自律人形】を、一般的な使い方で使用する分には、特殊な技能は不要。特殊な使い方での使用には、技能が必要。




