28 【囮ドローン】
さて、先ほど流し読みした説明によると、この臨時イベントのクリア条件は、単純明快。
ターゲットとなる魔物【暗き谷底の飛竜】を――。
1.倒す。
2.捕獲する。
3.撃退する。
――事のいずれか、である。
そして、クリア条件の他に、終了条件が三つ。
1.戦闘エリア(ターゲットを中心として、半径100メートル)からの離脱。
2.プレイヤー全員の戦闘不能。
3.替えの馬車の到着まで、25分間生き残る事。
で、現在の状況としては――。
レベル78のすえこさん。
レベル32の僕。
この、たった二人のプレイヤーにて、対するは――。
レベル117、かつ三次拡張、――すなわち18人向けの魔物。
……うん、まぁ、というコトでね。
状況から順当に考えれば、目指すべきは1だ。
要するに、――逃げる一択!
――なのだが……。大変残念なコトに、それは困難なのだった。
「――あのですね! 【暗き谷底の飛竜】って言ったら! 全ッ然、別のフィールドのボスですよッ!」
逃げながら、すえこさんは悲鳴のように叫ぶ。
「――ていうか、レベルももっと低いハズです。なんでこんなトコに、……っひええ~ッ!!」
――背後から、突進攻撃。
間一髪、回避アクションをするすえこさんの脇を、ほとんど重機のような大質量が通過して、僕たちを追い越していく。
咆哮、轟音と共に、バリバリと薙ぎ倒される樹木。
【飛竜】は、自分で木々に突っ込んでおきながら、地面に倒れ込んで動けなくなっている。
……ええーと。まぁ、要するに、せっかく走って稼いだ距離のマージンがゼロとなった。
「に、逃げるの無理ですね、コレ……」
「ですね……」と、すえこさん。
横並びに、二人で肩を落とす。
一応、突進攻撃の後は、体勢を立て直すのに、そこそこの間の猶予がある。
その猶予のあいだに距離を稼ごうと、先ほどからチャレンジし続けてはいるのだが、――ずっとこの調子で進展が無いのだよね。
というのも、離脱条件の『ターゲットを中心として、半径100メートル』という部分。これが意外と馬鹿にならなくて、ある程度逃げても、突進攻撃やら飛行やらで距離を詰められ、結局追いつかれてしまう。
兎角、彼我の移動速度に違いがありすぎるのだ。
ちなみに、現在、システムコマンド【帰還の標】は使えない状態だ。というのも、このコマンド、安全な場所でしか使えないのだよね……。
一応、前にオルゼットさんが使っていた【拙速な帰還の標】なら、タイミングの制限無し、かつパーティー対象にして使えるっぽいんだけど、こちらは、かなり使用条件がきついらしい(具体的には、【精霊】にまつわる個別ストーリーを進行して、その終盤で手に入る称号をセットする必要があるのだとか)。
で、走りながら話した範囲では、すえこさんは【拙速な帰還の標】は使えないとの事(すえこさん、個別ストーリーが面倒で進めていないタイプらしい)。
よって、この状況を切り抜けるには、『臨時イベント』のクリア条件・終了条件に従う事が必須なのだけど、――一番希望がありそうな『離脱』でさえ、こんな始末。
たぶんこれ、何かしらうまい事やって時間を稼がない事には、逃げるのは無理そうだ。
ええっと、具体的には――。
どちらか一人が囮になる。
あるいは、何らかの方法で、【飛竜】の動作を鈍らせる。
――とか、ね。
そんな風に、現実逃避がてら、打開方法をげんなり考えていると……。
「あの、良かったらボク、囮になりますので、その間に逃げてください」
僕と同じことを考えていたみたいで、すえこさんが、そんな提案をする。
しかし――。
「――ダメです!」
――それは嫌だ。
反射的にそんな感情が沸き上がり、僕はすぐさま、結構強めな語気で否定してしまう。
否定しながら、たぶんすえこさんの提案がベストだろう事は、僕自身、理解してしまっている。
要するに、……僕よりも強い彼女が囮となった方が、長く時間を稼げるだろうという見立てだ。
平たく言っちゃえば、つまるところ、僕が弱すぎるんだよね……(だから、僕の否定も、駄々捏ねにしかならないね)。
すえこさんの提案も、暗にそれを踏まえた上でのものだろうから、彼女は困ったような表情を浮かべた。
「で、でも、このままだと共倒れなんで、――あ、ちょい待ってください」
【飛竜】が、起き上がりつつある。
それを認め、すえこさんは手早く空中を操作し、――次の瞬間、彼女の目の前の地面に、アイテム実体化のエフェクトと、軽い効果音。
見れば、そこには、みかん箱くらいの大きさの――。
……? ええと、なんだろう、これ?
全体的に黒い、置き物? みたいなオブジェクトが鎮座している。
スズメバチに似た、昆虫っぽい、抽象的・流線的な造形。
黒を基調としたカラーに、印象的な青磁色のライン。
そして、本体から伸びる、いくつかの鎖。その先に繋がっているのは、長方形で扁平な、子機みたいな数基のユニット。
謎のオブジェクトを前に、すえこさんは、一言、唱える。
「――『パワーオン』」
――キン。
と、短く甲高い効果音と共に、置き物の数センチ頭上に、天使の輪ような、黒青い光の輪が現れ――。
フワリ、と置き物が宙に浮かぶ。
続けてすえこさんが、二、三、画面を操作すると、置き物は音も無く飛び去り、【飛竜】のもとに向かった。
「『デコイドローン』です」と、すえこさん。
……なるほど、これ、ドローンだったんだね。
そう納得するのに併せ、視界に以下の表示。
――【囮ドローン】が、技能【挑発】を使用しました。
同時、ドローンを中心として、【咆哮】に似たエフェクトが発生し、起き上がった【飛竜】にヒットした。
俄かに【飛竜】はドローンへとターゲットを移し、猛攻を加え始める、――ものの。
しかして、――ドローンは、ヒラヒラと自在に飛行し、それを躱していく。
「……これで、数分は稼げるハズです」
「おぉ、……凄い」
確か、ドローンは、【エゼクト】でも見たけど……。
思い返すと、それらはもっと『木製』って感じだったし、風を発して浮くような感じだった。すえこさんのは、だいぶ雰囲気が違うみたいだけど――。と、興味深く伺っていると。
「えへ……、自分用にカスタマイズしてます」と、自慢気なすえこさん。
なるほど。……よーし、せっかくなので。
「……ちょっと、覗いてみても良いですか?」
「はい、どうぞ!」
「ありがとうございます……!」
そんな快諾にありがたく礼をして、僕は【消費具】【技能符:目利き】を使用した(これは、技能【目利き】を一定時間使えるようになるアイテムだ。余ったお金で買っておいたもののひとつだよ)。そして、ドローンを対象に【目利き】を発動して情報を覗いてみると――。
――アイテム名、【囮ドローン・バズレスフリッター/制御下:制御命令・カスタム】。
おお~……。
……うん、よくわからないけど、かっこいいね!
ちなみに、【目利き】の質も低いことから、アイテム名以外の情報は不明だ。
で、続くすえこさんの説明によると、彼女はソロ専というコトで、『ヘイト分散』つまり、敵のターゲットを自分から逸らす手段を多数用意しており、ドローンはそのうちのひとつ、との事。
ソロ専ならではのテクニックだね~。いつか、僕も作ってみたい。
あ、ちなみに、この合間に逃げるのもアリかな? と思って提案してみるも、難しいとの事。
というのも、ドローンは、動力としてのMPの供給の必要があり、持ち主を中心として、稼働限界の距離があるらしい。
つまり、ドローンを置いて持ち主が逃げてしまえば、ドローンの稼働が維持できなくなってしまうのである(ちなみに、範囲の制限をなくすオプション、例えばバッテリーをつけるといった事もできるらしいのだが、機動性とかとトレードオフとなり、――まあ、ソロのターゲット分散という用途からして、そのオプションは不要という判断をしたのだね、きっと)。
まぁ、なかなか全部が全部、うまい話は無いってコトだね。
「――それであの、話が戻って、一応確認ですけど、――ぴよ右衛門さん。そしたら、逃げなくて大丈夫なんですか?」と、少し心配気なすえこさん。「――その、たぶんですが、死んだら最低でも【エゼクト】に戻っちゃうと思いますけど……」
あー、……それについてなのだけど。
まぁ、たぶん、すえこさんの予想よりもっとひどくて、【ローナ】の街中に戻るだろうなーと思っている(宿は引き払っているし、その前に確保した宿はないのである。この場合、死に戻り地点は、初めてゲームに降り立った地点となるはずだ)。
で、僕は、今回の準備に全財産をはたいてしまっており、……。
もし【ローナ】まで戻れば、またここまで来る為に、相当苦労する事になるハズ。
なので、戦闘不能になるのは、なるべく避けたいといえば、避けたい。
でも、その一方で――。
やっぱりもう、僕の得の為に、誰かを犠牲にするのは嫌なんだよね。
だから僕は、すぐさま笑顔で伝えた。
「はい。せっかくなんで、一緒に死なせてください!」
すえこさんは、一瞬だけぽかんとした後、吹き出した。
「ぷっ、アハハ~! わかりました、じゃ、『囮』の線は無しって事で、――」
――ギラリ、と、すえこさんは凶暴に笑う。
「戦りますか~」
…………ん??




