26 【索敵】
「……流石ですね」
と、正直に伝える。まぁ、素直にそう思ったよ。
……それとも、僕の行動がわかりやすかっただけなのかな?
そう尋ねてみると。
「……その、実は、ボクもソロなんです! だから、少し気持ちわかったっていうか」
「あぁ、なるほど」
すえこさんも、ソロだったんだね。
それなら確かに、……少し納得かも。
「僕が、読みやすい行動を取ってた、……ってワケじゃないんですね」
「はい」すえこさんは、頬に人差し指を当てる。「なんなら、『最善』に近いんじゃないかなぁ、なんて思いますよ」
「最善、ですか」
「ええ。……もしボクが同じレベルで、同じ状況、――つまり、ぴよ右衛門さん、たぶんこのゲームを始めてから、まだ数日とか、数週間とかですよね? そんなタイミングで、ぴよ右衛門さんと同じ判断はできないだろうなーって思ったんです。……まあ、最善だからこそ、予測されちゃう可能性も無くはないケド……」
両手の人差し指で、指先を合わせてつんつんとするすえこさん。
「でも、たぶん、……安心して大丈夫ですよ」
「安心、……何がですか?」
「ええと、変なプレイヤーとかに尾けられたりしてないか? ってコトです。その点、やっぱり不安なんじゃないですか?」
「あー……」
確かに、それは気になっていた。
というのも、僕、アイテムで付与した程度の【隠密】や【偽装】しか使っていないからね……。
気になっている旨を伝えると、すえこさんはうんうんと頷き、空中に指先を添え何某かの操作をする。
「一応、ボクも【索敵】と【探知】してみたんです。その限りだと、いま、周り一帯には、プレイヤーの反応も、自律系オブジェクトの反応もありません。……ボク、ソロ専なので、索敵系技能のレベルも結構上げてるんですよね」
『ソロ専』、つまり『ソロ専門』とは、(意味は少し広いけど)一般に『ゲームでの活動時、パーティーやクランに属することなく、単独行動での活動を中心とする』というプレイスタイルの事。
それから、【索敵】と【探知】は、周囲一帯における、プレイヤーや指定したオブジェクトの存在を、レーダーのように察知する事のできる技能だ。
僕も少し調べたのだけど、これら、俗に『索敵系』と呼ばれる技能群は、ソロ専の場合、ほとんど必須となるらしい。
なので、すえこさんもその例に漏れず、これらの技能を高いレベルに研鑽しているのだね。
というコトで、すえこさんの【索敵】・【探知】の結果は、わりかし確度の高いものであり。
ゆえに、現在、僕が誰かしらに捕捉されている可能性は、かなり低いハズだから、安心してOK! との事だ。
すえこさん、なにげに、レベル78もあるしね(これは、POにおいては、『まあまあやり込んでるね』というくらいのレベルらしい)。
「なるほどです。……先輩プレイヤーに太鼓判してもらえるのは、心強くてありがたいですね~」
「えへ、……それなら良かった」
前髪をイジイジするすえこさん。
よーし。僕も今後、早いうちに『索敵系』の技能は鍛えるようにしようっと。メモメモ。
備忘の為にメモを打ち込んでいると、「あ、でも、一応……」すえこさんが、思い出したように声を上げる。
「一応、補足だけさせてください。もちろん例外はあって――」
すえこさんの【索敵】技能に引っかからないくらいに、高いレベルの【隠密】を使える人が追ってきていなければ。
あるいは、【索敵】を妨害するような技能を使われてなければ。
「――の話ですよ。ほとんどあり得ないとは思いますが……」
と、すえこさんは言い添える。
まぁ、確かに、すえこさんを上回る手練れた追手がいる可能性も、あるといえばある、……かな。
とはいえ、『ほとんどあり得ない』と言っちゃうのは、やけに自信満々な気もするけど……?
………。
……と、それはともかくとして。まぁ、一応これも、メモにチラっと書き留めておこう。
*
ガタゴトと走り続ける馬車。
そういえば、会話に興じているあいだに、いつの間にか、景色も様変わりしていたよ。
元々、真っ暗の宵闇に閉ざされていたハズの周囲。
それが、いまは、若干の白みを帯びている。
ちょっとマニアックな言い方だけど、『シェーダーのパラメータが変わった』……とでも言うのだろうか?
相変わらず外は暗く、霧に煙っている状態だけど……。
そこに、うすぼんやりと、幻想的な白い光が淡く混ざりだしたような感じだ。
そして、幌から漏れるオレンジの光の中にも、チラチラと細かい粒が過るようになった。
これって……。
「……雪、だ」
思わず僕が零した言葉に、すえこさんも顔を上げる。
幌の外を見つめる、端正な横顔(ランタンの明かりによって、そこに少し陰が落ちて、なんだか絵になるね~)。
「雪、……降り始めたら、もうあと10分くらいですね」
と、そう告げる彼女の口元から、白く、靄のような吐息のエフェクトも零れている。
そういえば、いつの間にか、視界に表示が増えていた。
――フィールド効果、【天候:雪】。
一応、【天候:エレトの静寂の霧】も、依然として表示され続けているよ。
なのでどうやら、霧と、雪とが重複している状態っぽい。
ちなみに、気温もだいぶ低くなってきているようだ。
いま、僕が纏っている黒ローブは、防寒性能もある【武具】。
【風韻を渡る市】で装備を探す時に、【雪牢の地】の低気温にもある程度耐えられるギリギリのラインを見繕ったので、低気温の影響は、今のところ問題ないね。
「……雪、このゲームの中だと初めて見ました」
「あぁ~、確かに、北の方まで来ないと降らないですからね」とすえこさん。「ちなみに、【雪牢の地】まで行けば、ウンザリってホド見れますよ……」
「アハ! 楽しみにしときます」
そういえば、まだエリア自体は【霧の地】の領分なのだよね。
せっかくなので、ワールドマップを開いて確認してみると。現在位置マーカーは、【霧の地】の中でもかなり北の方に寄って行っている。【風の地】の【ローナ】からは、もう、マップのスクロールが必要なくらい離れているよ。
そして、なおも馬車は、変わらず進み続ける。
いま、馬車を包むのは、宵闇と、雪が降りだす前よりも一層際立った静寂だ。
しん、と静まり返った中に、馬車の揺れる音が染み込んでいく。
時折――。
――おおおおん……。
と、呻くような風音も、静寂の底から、遠く響き渡る。
「……うぅ、ちょっと不気味ですね」
何度目かの風音に堪えかねて、僕が思わずそう零すと、すえこさんも困惑気に首肯する。
「そうですね~。……なんだろう。いつもはこんな音、聞こえないけどな」
「え……、冗談ですよね?」
「うーん、……」
と、すえこさんは、眉根を寄せて考え込んでしまった。
……あ、あれれ? ちょ、ちょっと……。なんだか、俄かに不安になってくるよ。
というのも、僕、ホラー的なのはダメなんだよね……。
それでなくとも、この辺り、少し物寂しい雰囲気があって、……僕、若干苦手かも。お昼に来れば、もう少し印象が変わるのだろうか。
……そういえば、すえこさんは『いつもはこの辺で金策をしてる』と言ってたね。こんな寂しいロケーションで、いつも一人でここを行き来しているのかな?
『ソロ専』という事だし、やっぱり、クランにも入っていないのだろうか。
そう思って、半ば不安の誤魔化しがてら、クランについて訊いてみると……。
「……あ、クラン? ……昔、入ってましたね~。3つくらいはしごして、でも合わなくてやめちゃいました」
あっけらかんと言うすえこさん。……だけど、表情はあまり明るくない。
もしかすると、センシティブな話題だったかもしれないね。
ちょっと後悔しつつ、まぁ、訊いちゃったものは仕方ないよね、と、僕は都合よく思い直す。
「……クラン、合わなかったんですね。えーと、ちなみに、クランランキングとかは……」
「ランキングかぁ。確か、良くて2万位台だったかな~、と思いますよ。細かい数字はよく覚えてないです」
「へぇ……」
2万位台。
その数字には、少し拍子抜けする気持ちもある。というのも、ここ数日で、30位、とか24位、とか、そういう数字ばかり聞いていたからね……。
まぁ、ちょっと感覚が狂っちゃってるかもしれない。【辰砂鉱】とか【払暁の騎士団】とか、……きっと、あの人たちが異常なのだ。
「ちなみに、ぴよ右衛門さんは、【払暁の騎士団】さんには、加入とか、……。って、まぁ、入らなかったからここにいるんですよね、きっと」
「まさにそうです。凄く、良くしては貰ったんですけどね……。でも、僕も、クランに入る気なれなくって」
「あぁ……まぁ、立場的にそうなっちゃいますよね~。……あ!」すえこさんの表情が、ようやく少し明るくなる。「そしたら、ボクら、ぼっち仲間ですね!」
「アハハ! そうですね」
なんとか、ちょっとだけ和やかに持ち直す馬車内。
そういえば、すえこさんには僕のプレイヤー名がそのまま見えているハズなんだけど、ずっと『ぴよ右衛門さん』と呼んでくれるのは、気を遣ってくれてるのかな? と、それも訊いてみると。
「あぁ、単純に、面白い名前だからです」
……単純に面白い名前だかららしい。
くすくす笑うすえこさんは、ふと思いついたように、声を上げる。
「そうだっ! ぴよ右衛門さん、良かったら――」
と、すえこさんの言葉が、急に途切れる。
――あれ?
と思う間に、すえこさんの目が見開かれ。
ほぼ同時、幌の外から、眩い閃光が差し込んだ。
――バシュウウッ!!
異音。
静寂を割いて轟くそれを、認識すると同時、――衝撃。
――が、全身を襲い。
束の間も無く、視界が暗転する。




