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22 【エレフの偏光塵】

 結局、翌日も仕事がうまく捗らず……。

 もう、正直放心状態だよ。まあ、遅くまでゲームしていた僕が悪いので、そこはしょうがないんだけど。


 冷凍パスタを温めて、胃に流し込みつつ、けっこうグロッキーな思いで、動画サイトを無為にサーフィンする。


 夜の静寂。


 視界に表示した動画サイトの賑やかな効果音が、静寂を仮想的に上塗りする。


 ……あ、そうだ。そういえばね。


 このあいだの、謎の転移と、【天貫く塔の黒龍】を倒したときの挙動。『バグかも!』と、一応、運営に報告しておいたよ。


 あの時は必死だったし、自分的に、頑張ったは頑張ったんだけど……。


 それはそれとして、あの挙動がもし運営として意図しないものなら、僕が手に入れた諸々(もろもろ)も正当なものでは無い事になってしまうワケで。その場合、真面目にやっている他のプレイヤー達に申し訳ないからね。


 ……というか、よく考えたら、それどころじゃない点もあってさ。


 万一、『意図的なバグ利用』てな具合に悪い方向に見做(みな)されてしまったら。それこそ、ゲームの規約違反として、最悪、BAN、――つまり、アカウント凍結されちゃう、なんて事もあり得るよね。

 そういった意味でも、たぶん、運営に報告だけして待つのが良いと思ったのだ。


 とはいえ、さ。ちょっと心配な部分もあって。


 結果として、【絶夢】も、ユメちゃんも。運営に『不当に得た』なんて見做されて、回収されちゃったり、……とか。


 そんなコト、流石にない、よね……?


 もし万一、【絶夢】が回収されちゃったら――。

 つまり、ユメちゃんがいなくなったら。……僕、正直かなりつらいかも。


 そう、頭を(もた)げる不安。

 僕はそれを、残りのパスタと共に胃に流し込み、考えない事とする。



 さて、今日も今日とて、飽きもせず【パラドックス・オンライン】にログインした僕。

 見慣れたローナの宿屋で、昨日検討した方針と段取りに則って行動すべく、諸々の準備を整えていた。


 ……そういえばね。今日、改めてフレンド申請欄を開いてみたのだけど、ここ数日で溜まってしまっていたっぽく。

 なんだか前にも増して、恐ろしいくらいに大量のフレンド申請が届いていた。


 ちなみにそれらは、メッセージ付きのものが大半だった。

 正直、それを読む気も、読む勇気も、気力もないよ。


 というのも、ざっと目に入るものは、メッセージにしても、……なんなら、プレイヤー名にしてもだね。もうほとんど暴言みたいなものだったりするのだ。

 はっきり言って、こんなの一個一個、読んでいられない。

 僕は、ごめんね、と念じながら、上から順に、……ひたすら全員をブロックした。


 というか、途中で気づいたのだが、……このゲーム、デフォルトの状態だと、プレイヤー情報やオンライン状態が、全体に公開されてしまうんだね。で、全体公開されているゆえに、勝手にいろんな人からフレンド申請が届いていたというワケ。……今更だけど、これ、非公開にできるらしい。全然気づかなかった。


 というコトで、メニューの『設定』画面から、プレイヤー情報や、オンライン状態が一切公開されないように変更する。

 これで今後、大量のフレンド申請が届くことも無くなるだろう。

 ようやく、快適ゲーム生活だね。アハハ……。


 ………。

 ……ゴホン。


 えーと、話を戻そうか。そう、今後の段取りについてだ。

 改めておさらいすると。


 僕はこれから、エリア【雪牢の地】の開拓拠点、【第一開拓都市ザント】を目指そうと思うのだ。


 理由はと言えば、……まあ、色々あるのだよね。ちょっと長いので、それらは一旦置いとくとして。


 再認識しておきたいのが、エリア【雪牢の地】への行き方についてだ。

 ……と言っても、主たる移動手段は、特別変わり映えはしない。


 例によって【精霊の扉】からシステムコマンド【精霊の標セレクタブル・テレポーテーション】を使って行くよ。おととい【塔の地】に行ったときと同じだね。


 で、これから目指す【第一開拓都市ザント】とは、【雪牢の地】において、『第一』にして、――中規模以上の拠点としては『唯一』の拠点との事である。

 ちなみにこのゲームでは、拠点には、大規模、中規模、小規模、というざっくりとした区分けがあって、……まあ、そんな事もどうでもいいや。


 肝心なのは、【ザント】には、直接【精霊の標セレクタブル・テレポーテーション】で転移することができない、という事。


 このゲームにおいて、だいたいの拠点には、【精霊の扉】が配置され、【精霊の標セレクタブル・テレポーテーション】で転移できるのが通例なのだが、【ザント】は例外らしい。


 なぜ転移できないのかと言うと、ええと、これも色々あるみたいなのだけど、まぁ、簡単に言ってしまえば、【雪牢の地】自体が()()()()()()()()()()()()()()()がその原因である。


 具体的な話をすると、ゴホン。――【精霊の扉】を開通するために設置する【標】という目印について、その維持には、実はコストがかかるらしい。投入されたコストに応じて、その地点における【精霊の扉】で使える機能も増えたり強力になったりするんだけど、逆に、少なければ、機能が制限されたり、最悪、【標】自体が消滅してしまうとの事。で、コストの支払いは、古代の巨大なシステムを作り上げた【精霊】という存在が(まかな)っていることもあれば、そこに連なる・あるいは友好的な神格、その他諸々(もろもろ)の存在が負っている事もある。そして、もし誰も居なければ、その維持コストはプレイヤーが賄う事になるワケで、――。


 ……うん。説明が長いね。


 まあ、この辺も細かい仕様があり、全部割愛しちゃうけど、――【ザント】や、なんなら【雪牢の地】自体の特性として、全域的に【標】の維持コストが高い、というのと、【雪牢の地】自体が不人気エリアという事。


 そんな、諸々(もろもろ)の事情が重なり、維持コストを払う者が非常に少ない事から、【ザント】の【精霊の扉】は、機能がかなり乏しいのだ。それにより、現状【精霊の標セレクタブル・テレポーテーション】が使えない、という状況なのである。


 で、ようやく最初に戻ってくるんだけど。

 じゃあ、どうやって【精霊の扉】で【雪牢の地】へ行くのか?


 まぁ、これは単純に、『最寄りの、【精霊の扉】が開通している地点を経由して行く!』というだけの話だね。別段特別なことは無い。そして、その最寄り地点はどこなのか? と言うと……。


 全体マップを開く。その中で、グリーンのエリア【風の地】の北東に横たわる、薄らアイボリーに塗られているエリア、――【霧の地】。


【霧の地】は、【雪牢の地】とも隣接するエリアであり。

 そのうち、若干、端っこ寄りの地点にある、ひときわ大きなマーク、――【魔術都市エゼクト】。


【魔術都市エゼクト】は、【霧の地】の中でも、最大規模の拠点である(ちなみに、ギリギリ、『王国』の領地でもあるよ)。


 この【エゼクト】が、【雪牢の地】に行くにあたって、最寄りのポイントとなるみたい。


 ……と、いうコトで。

 結論として、僕のこれからの旅程は、次のようなものとなる。


 まず、【精霊の標セレクタブル・テレポーテーション】で、【商工都市ローナ】から【魔術都市エゼクト】に転移する。


 そこから、馬車の定期便とかがあるらしいので、定期便を使える範囲ではそれらを駆使し、そうでない範囲では徒歩で頑張って【雪牢の地】へ向かう。


 はぁ、……ちょっと長くなっちゃったけど。まあ、とりあえずこんなところだ。


 そんな風に考え巡らせながら、同時並行で、必要なアイテムを準備したりとか、ルートの検討とか、装備を整えたりとかの準備をしていく。


 あー、そうだった。


 一応、アバターの外見も変えておくよ。室内備え付けのドレッサーで、髪型を含めて、アイテム等々が必要ない範囲で外見を調整する。

 それから更に、念には念を入れて、プレイヤー名も変えておいた(ちなみに、一度替えると一定期間変えられないらしい)。


 ……そういった諸々(もろもろ)の準備を終え、僕は立ち上がる。


「――よし」


 それじゃ、【雪牢の地】へ出発しよう。



 さて、ローナの【精霊の扉】へは、隠密行動で移動した。


 それというのも、セイルさんたちみたいな、恐ろしいプレイヤーたちに絡まれるような状況は避けたいからね(で、実際のところ、それっぽい人たちが若干名、宿の周りに結構いたよ。怖いね)。


 あ、ちなみに、『隠密行動』と言ったのは、単に『コソコソと歩いた』という意味じゃないよ。


 ゲーム的に【隠密】という状態があってね(『状態』という言葉は正確じゃなくて、正しくは【強化効果】という(くく)りらしいけどね)。


 具体的には『他のプレイヤーの視界から見えづらくなる』という状態みたい。

 これを使えば、他のプレイヤーに見つからず、安全に【精霊の扉】まで移動できるというワケ。


 で、僕は【隠密】状態となるための技能群を持っていないため、代わりに【消費具ディスポーザブル・アイテム】である【エレフの偏光塵】を使った。このアイテムは、一定時間、使用者を【隠密】状態とする効果を持ち、一度使用すると消える。


 ちなみに、入手手段としては、システム機能【風韻を渡る市インターワールド・マーケット】で購入した。ええと、これは、ゲーム内でプレイヤー間取引ができる機能だよ。

 元手(もとで)としては、なけなしのゲーム内通貨を()ぎ込んだ(ちなみに、【天貫く塔の黒龍】を倒したときにも幾らかはお金が手に入ったんだけど、今回の準備でほとんどすっからかんになっちゃった。このゲーム、敵を倒してもあんまりお金もらえないんだよね)。


 あ、ちなみに、それとは別に、一定時間【偽装】状態にもできる【消費具】も使ったよ。

【偽装】というのは、(確か、ノズさんたちも使っていたみたいだけど)プレイヤー名や、レベルなど、他プレイヤーからも見える諸々の情報を、ウソの情報に置き換える技能だ。


 プレイヤー名や、プレイヤーID、装備など、その他諸々(もろもろ)……、僕は、それら全てを、それっぽい情報に偽装してしまった。これで、僕の姿は視認されず、万一視認されても、僕が誰か、ほとんどバレることはないハズだ。


 ……ただまあ、もちろん、【隠密】や【偽装】どちらも、見抜く技能と言うのもあってね。

【看破】とか、魔眼系、と呼ばれる(たぐい)のうち、一部の技能を使われると、見透かされてしまうらしいのだよね。

 でも、結構質の良いアイテムを買ったので、そこそこ普通のプレイヤーに対しては誤魔化せる、……と思いたい。


 あ、あと注意として、街中で安易にこういった技能を使うと、【衛兵】とかいう治安維持の人たちにしょっ引かれるらしいので、巡回ルートとかにも気を付ける必要があり。……とか、まあ、他にも留意点が多々あるんだけど。


 そろそろ、さすがに思考が長くなりすぎてるよね、ごめん(……ええと、自分に対して、ね)。


 そんなこんなで、【隠密】と【偽装】のアイコンを自身の体力ゲージの下に認めつつ。


 宵闇に紛れ、ローナの町を進んだ結果として、……僕は、中央広場【精霊の扉】近くの物陰で、広場の様子をコソコソ伺う不審者となっているのだった。


 今は、深夜前のゴールデンタイム。

 ……という事で、中央広場は、結構人がたくさん往き交っている。


 そして、【魔光灯】の橙色の明かりが照らす中に(たたず)む、ミニ神殿(よう)の建屋。そこに並ぶ【精霊の扉】を使う人たちの列も中々途切れないけど。……どうにか、人が居なくなったタイミング、それを見計らい……。


 ………。

 ………。


 ……よし、今だ!


 僕はダッシュで【精霊の扉】にアクセスし。

 手早くメニューから『【霧の地】>【魔術都市エゼクト】』を選択して、開いた扉に飛び込んだ。

【偽装】で上書きする情報は、プリセットとして登録しておけます。

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