22 【エレフの偏光塵】
結局、翌日も仕事がうまく捗らず……。
もう、正直放心状態だよ。まあ、遅くまでゲームしていた僕が悪いので、そこはしょうがないんだけど。
冷凍パスタを温めて、胃に流し込みつつ、けっこうグロッキーな思いで、動画サイトを無為にサーフィンする。
夜の静寂。
視界に表示した動画サイトの賑やかな効果音が、静寂を仮想的に上塗りする。
……あ、そうだ。そういえばね。
このあいだの、謎の転移と、【天貫く塔の黒龍】を倒したときの挙動。『バグかも!』と、一応、運営に報告しておいたよ。
あの時は必死だったし、自分的に、頑張ったは頑張ったんだけど……。
それはそれとして、あの挙動がもし運営として意図しないものなら、僕が手に入れた諸々も正当なものでは無い事になってしまうワケで。その場合、真面目にやっている他のプレイヤー達に申し訳ないからね。
……というか、よく考えたら、それどころじゃない点もあってさ。
万一、『意図的なバグ利用』てな具合に悪い方向に見做されてしまったら。それこそ、ゲームの規約違反として、最悪、BAN、――つまり、アカウント凍結されちゃう、なんて事もあり得るよね。
そういった意味でも、たぶん、運営に報告だけして待つのが良いと思ったのだ。
とはいえ、さ。ちょっと心配な部分もあって。
結果として、【絶夢】も、ユメちゃんも。運営に『不当に得た』なんて見做されて、回収されちゃったり、……とか。
そんなコト、流石にない、よね……?
もし万一、【絶夢】が回収されちゃったら――。
つまり、ユメちゃんがいなくなったら。……僕、正直かなりつらいかも。
そう、頭を擡げる不安。
僕はそれを、残りのパスタと共に胃に流し込み、考えない事とする。
*
さて、今日も今日とて、飽きもせず【パラドックス・オンライン】にログインした僕。
見慣れたローナの宿屋で、昨日検討した方針と段取りに則って行動すべく、諸々の準備を整えていた。
……そういえばね。今日、改めてフレンド申請欄を開いてみたのだけど、ここ数日で溜まってしまっていたっぽく。
なんだか前にも増して、恐ろしいくらいに大量のフレンド申請が届いていた。
ちなみにそれらは、メッセージ付きのものが大半だった。
正直、それを読む気も、読む勇気も、気力もないよ。
というのも、ざっと目に入るものは、メッセージにしても、……なんなら、プレイヤー名にしてもだね。もうほとんど暴言みたいなものだったりするのだ。
はっきり言って、こんなの一個一個、読んでいられない。
僕は、ごめんね、と念じながら、上から順に、……ひたすら全員をブロックした。
というか、途中で気づいたのだが、……このゲーム、デフォルトの状態だと、プレイヤー情報やオンライン状態が、全体に公開されてしまうんだね。で、全体公開されているゆえに、勝手にいろんな人からフレンド申請が届いていたというワケ。……今更だけど、これ、非公開にできるらしい。全然気づかなかった。
というコトで、メニューの『設定』画面から、プレイヤー情報や、オンライン状態が一切公開されないように変更する。
これで今後、大量のフレンド申請が届くことも無くなるだろう。
ようやく、快適ゲーム生活だね。アハハ……。
………。
……ゴホン。
えーと、話を戻そうか。そう、今後の段取りについてだ。
改めておさらいすると。
僕はこれから、エリア【雪牢の地】の開拓拠点、【第一開拓都市ザント】を目指そうと思うのだ。
理由はと言えば、……まあ、色々あるのだよね。ちょっと長いので、それらは一旦置いとくとして。
再認識しておきたいのが、エリア【雪牢の地】への行き方についてだ。
……と言っても、主たる移動手段は、特別変わり映えはしない。
例によって【精霊の扉】からシステムコマンド【精霊の標】を使って行くよ。おととい【塔の地】に行ったときと同じだね。
で、これから目指す【第一開拓都市ザント】とは、【雪牢の地】において、『第一』にして、――中規模以上の拠点としては『唯一』の拠点との事である。
ちなみにこのゲームでは、拠点には、大規模、中規模、小規模、というざっくりとした区分けがあって、……まあ、そんな事もどうでもいいや。
肝心なのは、【ザント】には、直接【精霊の標】で転移することができない、という事。
このゲームにおいて、だいたいの拠点には、【精霊の扉】が配置され、【精霊の標】で転移できるのが通例なのだが、【ザント】は例外らしい。
なぜ転移できないのかと言うと、ええと、これも色々あるみたいなのだけど、まぁ、簡単に言ってしまえば、【雪牢の地】自体が非常に不人気なエリアであることがその原因である。
具体的な話をすると、ゴホン。――【精霊の扉】を開通するために設置する【標】という目印について、その維持には、実はコストがかかるらしい。投入されたコストに応じて、その地点における【精霊の扉】で使える機能も増えたり強力になったりするんだけど、逆に、少なければ、機能が制限されたり、最悪、【標】自体が消滅してしまうとの事。で、コストの支払いは、古代の巨大なシステムを作り上げた【精霊】という存在が賄っていることもあれば、そこに連なる・あるいは友好的な神格、その他諸々の存在が負っている事もある。そして、もし誰も居なければ、その維持コストはプレイヤーが賄う事になるワケで、――。
……うん。説明が長いね。
まあ、この辺も細かい仕様があり、全部割愛しちゃうけど、――【ザント】や、なんなら【雪牢の地】自体の特性として、全域的に【標】の維持コストが高い、というのと、【雪牢の地】自体が不人気エリアという事。
そんな、諸々の事情が重なり、維持コストを払う者が非常に少ない事から、【ザント】の【精霊の扉】は、機能がかなり乏しいのだ。それにより、現状【精霊の標】が使えない、という状況なのである。
で、ようやく最初に戻ってくるんだけど。
じゃあ、どうやって【精霊の扉】で【雪牢の地】へ行くのか?
まぁ、これは単純に、『最寄りの、【精霊の扉】が開通している地点を経由して行く!』というだけの話だね。別段特別なことは無い。そして、その最寄り地点はどこなのか? と言うと……。
全体マップを開く。その中で、グリーンのエリア【風の地】の北東に横たわる、薄らアイボリーに塗られているエリア、――【霧の地】。
【霧の地】は、【雪牢の地】とも隣接するエリアであり。
そのうち、若干、端っこ寄りの地点にある、ひときわ大きなマーク、――【魔術都市エゼクト】。
【魔術都市エゼクト】は、【霧の地】の中でも、最大規模の拠点である(ちなみに、ギリギリ、『王国』の領地でもあるよ)。
この【エゼクト】が、【雪牢の地】に行くにあたって、最寄りのポイントとなるみたい。
……と、いうコトで。
結論として、僕のこれからの旅程は、次のようなものとなる。
まず、【精霊の標】で、【商工都市ローナ】から【魔術都市エゼクト】に転移する。
そこから、馬車の定期便とかがあるらしいので、定期便を使える範囲ではそれらを駆使し、そうでない範囲では徒歩で頑張って【雪牢の地】へ向かう。
はぁ、……ちょっと長くなっちゃったけど。まあ、とりあえずこんなところだ。
そんな風に考え巡らせながら、同時並行で、必要なアイテムを準備したりとか、ルートの検討とか、装備を整えたりとかの準備をしていく。
あー、そうだった。
一応、アバターの外見も変えておくよ。室内備え付けのドレッサーで、髪型を含めて、アイテム等々が必要ない範囲で外見を調整する。
それから更に、念には念を入れて、プレイヤー名も変えておいた(ちなみに、一度替えると一定期間変えられないらしい)。
……そういった諸々の準備を終え、僕は立ち上がる。
「――よし」
それじゃ、【雪牢の地】へ出発しよう。
*
さて、ローナの【精霊の扉】へは、隠密行動で移動した。
それというのも、セイルさんたちみたいな、恐ろしいプレイヤーたちに絡まれるような状況は避けたいからね(で、実際のところ、それっぽい人たちが若干名、宿の周りに結構いたよ。怖いね)。
あ、ちなみに、『隠密行動』と言ったのは、単に『コソコソと歩いた』という意味じゃないよ。
ゲーム的に【隠密】という状態があってね(『状態』という言葉は正確じゃなくて、正しくは【強化効果】という括りらしいけどね)。
具体的には『他のプレイヤーの視界から見えづらくなる』という状態みたい。
これを使えば、他のプレイヤーに見つからず、安全に【精霊の扉】まで移動できるというワケ。
で、僕は【隠密】状態となるための技能群を持っていないため、代わりに【消費具】である【エレフの偏光塵】を使った。このアイテムは、一定時間、使用者を【隠密】状態とする効果を持ち、一度使用すると消える。
ちなみに、入手手段としては、システム機能【風韻を渡る市】で購入した。ええと、これは、ゲーム内でプレイヤー間取引ができる機能だよ。
元手としては、なけなしのゲーム内通貨を注ぎ込んだ(ちなみに、【天貫く塔の黒龍】を倒したときにも幾らかはお金が手に入ったんだけど、今回の準備でほとんどすっからかんになっちゃった。このゲーム、敵を倒してもあんまりお金もらえないんだよね)。
あ、ちなみに、それとは別に、一定時間【偽装】状態にもできる【消費具】も使ったよ。
【偽装】というのは、(確か、ノズさんたちも使っていたみたいだけど)プレイヤー名や、レベルなど、他プレイヤーからも見える諸々の情報を、ウソの情報に置き換える技能だ。
プレイヤー名や、プレイヤーID、装備など、その他諸々……、僕は、それら全てを、それっぽい情報に偽装してしまった。これで、僕の姿は視認されず、万一視認されても、僕が誰か、ほとんどバレることはないハズだ。
……ただまあ、もちろん、【隠密】や【偽装】どちらも、見抜く技能と言うのもあってね。
【看破】とか、魔眼系、と呼ばれる類のうち、一部の技能を使われると、見透かされてしまうらしいのだよね。
でも、結構質の良いアイテムを買ったので、そこそこ普通のプレイヤーに対しては誤魔化せる、……と思いたい。
あ、あと注意として、街中で安易にこういった技能を使うと、【衛兵】とかいう治安維持の人たちにしょっ引かれるらしいので、巡回ルートとかにも気を付ける必要があり。……とか、まあ、他にも留意点が多々あるんだけど。
そろそろ、さすがに思考が長くなりすぎてるよね、ごめん(……ええと、自分に対して、ね)。
そんなこんなで、【隠密】と【偽装】のアイコンを自身の体力ゲージの下に認めつつ。
宵闇に紛れ、ローナの町を進んだ結果として、……僕は、中央広場【精霊の扉】近くの物陰で、広場の様子をコソコソ伺う不審者となっているのだった。
今は、深夜前のゴールデンタイム。
……という事で、中央広場は、結構人がたくさん往き交っている。
そして、【魔光灯】の橙色の明かりが照らす中に佇む、ミニ神殿様の建屋。そこに並ぶ【精霊の扉】を使う人たちの列も中々途切れないけど。……どうにか、人が居なくなったタイミング、それを見計らい……。
………。
………。
……よし、今だ!
僕はダッシュで【精霊の扉】にアクセスし。
手早くメニューから『【霧の地】>【魔術都市エゼクト】』を選択して、開いた扉に飛び込んだ。
【偽装】で上書きする情報は、プリセットとして登録しておけます。




