19 【訣別の請託】
こんにちは! ここから2章になります。
引き続き、よろしくお願いします♪
翌日は、仕事がまるで手につかなかった。
昨夜、あまり眠れなかったこともあって、ぼんやりしたまま仕事をしていたら、ひどいミスをしてしまい、散々だった。
踏んだり蹴ったりだね。
*
帰宅してからは、しばらくぼーっとしていた。
コンビニ弁当を半分くらい食べて、仕事でのミスもあって、なんだか食欲がなくなってしまったのだ。
諸々残したまま、そのままベッドに仰向けに横たわって、ぽかんと天井灯の光を見つめていた。
目の前にふよふよ浮かべたARのホーム画面。
なんともなしに、いつものように、VRアプリに手を差し伸べ――。
『いまログインすると、また【払暁の騎士団】の拠点に戻ってしまうのでは?』
――ふと気づいて、止める。
思い出すのは、昨日頭をよぎった疑問。
そうだったね。そういえば、この点考えなきゃいけなかったのだった。
「ふうー……」
息をつき、ぼす、と腕をベッドに下ろす。
正直、今はあんまり気力が沸かないよ……。
ARの画面を切り、僕は目を閉じる。
暗闇が視界を覆う中、ゆっくりと呼吸をし続ける。
*
しばらく経って、ようやく、だいぶ気持ちの具合が回復してきた。
目を開けて、再び視界にARホーム画面を表示する。
そして、VRアプリの代わりに、ブラウザアプリをタップして、攻略サイトを開く。
――所属していないクランの拠点でログアウトしてしまった場合の、次回のログイン地点について。
この点、ちゃんと、ログインする前に調べてみることにしよう。
*
……なるほどね。
どうやら、懸念した通りみたいだ。
設定にはよるものの、……やはり、直接拠点にログインしてしまう可能性もあるらしい。
具体的には、攻略サイト曰く、拠点には『一般公開設定』というものがある。
この設定をいじると、拠点の一部または全体を、一般のユーザでも自由に出入りできるように設定することができる。
……とのこと。
もし、その設定が有効になっていると、たとえ全く見ず知らずのクランの拠点だったとしても、自由に出入りできるし、ログイン地点にもなり得るのだとか。
というのも、このゲーム、結構自由度が高く……。
ある種のゲーム内イベントをこなすと、公共のスペース、――つまり、街の一角とか、フィールドだとかの土地を、私有地として占有できる、といった要素もあるみたいなのだよね(例えば『街に店を出店する』とか、『拠点を建てる』とかね)。
ゲームが進んでいくにつれて、あちこちの土地が、誰かの私有地となっていく。
もし、『私有地は立ち入り禁止!』というようなシステムになっているとしたら……、このゲームのユーザ数の規模でいくと、どこもかしこも私有地となってしまい、やがて全然動けなくなってしまう、――なーんてことも考えられるよね。
『一般公開設定』は、それを防ぐための措置ともなっているのだとか。
なんなら、公開するかどうかさえ選べなくて、問答無用で一般公開しなければならない、そんな土地もあるみたいだ。
うん、なかなか興味深い。
とはいえ、僕としては早くログインして、現況を確認したい気持ちが逸っている。
そんな心持ちに従い、僕は、手早く続きを読み込んでいく。
もし、一般公開されている拠点が最終ログアウト地点だった場合。
次回のログインで、そこへのログインを避けるには、どうすれば良いか?
その方法なんだけど……。
やはり『クランマスターをブロック』していれば、それを避けることができるらしい。
これも、予想した通りだったね。
なお、『ブロック』というのは、特定のユーザとの接触ややり取りの一切をシャットアウトできるシステム機能である(ゲーム的にはシステムコマンド【訣別の請託】という名前らしいのだが……。うん、わかりづらいので、平たく『ブロック』と呼んでしまう事にするよ)。
チャットや通話、フレンド登録申請の送信、プレイヤー間アイテム売買、などなど。
これら、諸々のコミュニケーションツールの利用において、対象プレイヤーを一切シャットアウトすることができる。
このほか、面白い点として……。
厳密に、ゲーム内での接触それ自体は避けられないのだけど(例えば、同じ共通フィールドにいる、だとか、対人イベントでマッチングが避けられない、とかいった場合だね)、そのような場合でも、ブロック者、被ブロック者ともに、お互いのアバターが、適当なモブキャラクターのグラフィックに置き換わってくれる|らしい。
このとき、声も聞こえなくなる上に、名前も見えなくなるみたい。
まあ、一応、レベルとかはわかるそうな。
とまあ、そんな感じの『ブロック』機能なのだが。
その効果のひとつとして……、『一般公開されている私有地でログアウトしてしまったとき、その私有地の所有者をブロックしておけば、ひとつ前にセーブした地点からログインできる』というものがある。
で、このゲームでは、拠点は『クランの私有地』と見做されているらしく。
拠点については、ブロック機能の効果の判定に必要となる対象プレイヤーとして、便宜上、クランの代表たるクランマスターが選ばれる、……というわけだ。
ふーん……、勉強になるね。
……さて、これらの事がわかれば、後は『ブロック機能の使い方』が気になるところ。
僕は、空中に浮かべたブラウザの画面を、スイスイとスクロールしていく。
――お、あった。
『使い方』の内容を読んで、僕は安堵する。
というのも、幸いなことに、『ブロック』機能は、ゲームにログインせずとも使用できるらしい。
具体的には、ブラウザからゲームのアカウント設定ページにアクセスし、対象ユーザのユーザIDを指定して、登録する、という手順を踏むのだとか。
たぶん、いろんなトラブル事例を想定して、ゲームに入らずともブロックできるようにしたんだろうね。ありがたい。
さっそく、ブラウザで新しいタブを開き、アカウント設定ページにアクセスしてみる。
プレイヤーIDを指定して検索し、対象ユーザを登録するインターフェースだ。
「ハア……」
あまり、気は進まないものの。
僕は、少しだけ悩み――。
しかし、やはりオルゼットさんをブロックすることにした。
まあ、正直、チクっと心が痛む。
でも、昨日の今日で、また【払暁の騎士団】の拠点にお邪魔する気持ちにはなれないよ……。
はっきり言って、気まずい事この上ないしね。
……で、後は、ここに入力するオルゼットさんのID。
それについては、ネットで検索してみるとすぐに見つかった。
どこで見つかったかと言えば、『クラン対抗イベントランキング検索』というサイトだ。
そこには、過去すべてのランキングの履歴が纏められており。
前回24位の欄を見ると、ばっちり【払暁の騎士団】の名前があって、クランメンバーの面々のキャラクター名とIDも一通り確認できたのだ。
僕は、オルゼットさんのIDをコピーし、『ブロック対象ユーザID』の欄に貼り付ける。
――オルゼットさん、ごめんね。
そんな風に念じながら、僕は、オルゼットさんをブロックした。
そして、再び少し考えて――。
霧咲さん、菖蒲子さん、ミカンさん、ふわふわねこさん。
加えて、そこに載っていた十数人の他のクランメンバーも、皆ブロックしてしまうことにした。
拠点へログインしてしまうのを防ぐには、単に、オルゼットさんだけ、かつ、一時的にだけブロックすれば良いみたいだけど……。
なんだか、【払暁の騎士団】の人たちとは、昨日の今日で、あんまり顔を合わせたくないんだよね。
何せ、昨日は、半ば投げやり・当てつけみたいな感じでログアウトしてしまった。
それに、昨日渡したアイテムについて、色々質問攻めされる可能性だってあるよね。
いつまで、という具体的なブロック期間は考えていないのだけど。
でも、少なくとも、ほとぼりが冷めるまでは、ブロックして顔がわからないようにしてしまいたい。
そんな気持ちなのだった。
僕は、更に少し悩む。
――よし。せっかくなので……。
セイルさんと、安城さん、それから【辰砂鉱】の面々。
加えて、ノズさんと、ノズさんの所属クラン(【陰狼】と言うみたいだ。ランキングは5桁台だね)のメンバーとしてリストされている、見覚えのある名前の面々……。
列挙されたプレイヤーを、僕は順々に、すべてブロックしていくのだった……。
*
ひとしきりの仕事を終え、僕は息をつく。
まっさらだったブロック対象の一覧に、今や、ズラッと名前が並んでいる。
あはは、壮観だね……。
はあ……。
……なんだか、後ろめたい居心地の悪さがあるよ。
例えるなら、そう……、誰かの陰口をしているところに居合わせながら愛想笑いをするような。
そんな、良くない事をしている気持ち。
……でも、もう決めたんだ。
昨日からグルグル考え続けて、こうして今日も色々調べ、たくさんのプレイヤーをブロックする中で……。
僕の胸中では、今後の方針について、ひとつの意を固めていた。
――僕は、これからは、なるべく目立たず、なるべく誰とも関わらずに行動する。
つまり、霧咲さんの言う『身の振り方』というやつ。
今後は、それを弁えて行動するのだ。
ちゃんとネットで調べて。
僕の持つ情報や価値を、正しく把握し。
身を隠す必要があるなら隠し。
そうして慎重に立ち回りつつ、『ユメちゃんの蘇生』を目指すのだ。
――そのために必要なコトなら、躊躇わない。
ずらりと並ぶブロック対象プレイヤーを眺めながら、僕は意を決するのだった。
*
ブラウザを閉じ、ホーム画面に戻り。
僕はVRアプリに指先を触れる。
以下、興味ある方向け補足……。
端折っていますが、VRアプリは、ランチャーです。
ゲーム起動までの流れは次のようになります♪
1.ARホーム画面から、VRアプリをタップ
2.アプリ提供元等の諸表示
3.注意事項、確認画面の表示
・公共の場所や中断されうる場所でない事の確認
・五感遮断される旨
4.確認画面でOKをタップすると、VRモードレクチャー開始(数秒)
・姿勢のレクチャー
・緊急時の復帰方法 などなど
5.レクチャー終了後、再確認画面を経て、VRモード開始(ここから五感遮断開始)
6.VRモードのホームスペースが表示、ここで起動するゲームを選択
ホームスペースは、VRモードの拠点的な空間。ホーム画面みたいなもの。
自由なスペースを設定可。
メーカー提供のほか、自作、シェアサイトで入手・購入することも可能。
オート起動設定をしていると、ホームスペースは飛ばされ、あらかじめ設定していたゲームがオート起動する。
7.ゲームが起動される。以後、ゲーム側に制御が移る
VRアプリは認証を受けた数社のアプリメーカーが提供していますが、VR機能のコア部分は体内に導入したナノマシン群と脳内インプラントによって構成される生体コンピュータープラットフォーム側の機能となっていて、それが提供しているAPIを叩いているようなイメージです。……どうでも良いですね(汗




