18 【無上にして無垢なる願いの符】
現実が戻ってくる。
シン……、と深夜の静謐が耳に刺さった。
目を開けて、視界に表示された時刻は、午前3時を回っていた。
薄青い光を、煌々と放つ天井灯。
ベッドに横たわったまま、僕はそれをぼんやり見つめ続ける。
――疲れた。
――ただただ、疲れた。
全身を包む疲労。
そして、夜更かししたことによるものか、頭を絞るような感覚。
夜の静謐に耳を澄ませながら、僕は目を瞑る。
――【塔の地】。
――セイルさんたち。
――オルゼットさんたち。
――壊れてしまった【絶夢】。
今日あったあらゆる事が、脳裏によぎり、去っていく。
そうして再び、頭を擡げる不安。
――Q、ユメちゃんは蘇生できるのか?
――A、できる!
――でも、本当に?
――Q、もし万一、蘇生に時間制限があるとしたら?
――A、ない!
――でも、本当に?
薄く目を空ける。
視界にARで表示したホーム画面。
半ば無意識に、中空に指を添えてスクロールしていく。
たくさん並ぶアプリアイコンのうち、ひとつ。
VRアプリのアイコンに、人差し指を近づける。
――確かめたい。
――確かめなきゃ。
そして、触れる手前で、思い留まる。
――でも、いまログインすると、また【払暁の騎士団】の拠点に戻ってしまうのでは?
再び巡る思考。
――確か、ログイン地点は、最後にログアウトした場所に戻る仕様だったハズ。
――しかし、拠点は例外なのではないか? だが、確証はない。
――ブロック、すればいいのかな。
――念のため、ブロックしておくべきかな? ……オルゼットさんを。
――オルゼットさんのプレイヤーID、わかるかな。
――攻略サイトに情報がないだろうか。
――たぶん、ある気がする。
――まずは、それを確かめて……。
――それから……。
――……。
――どうしてこうなっちゃたんだろう。
手を下ろす。
VRアプリのアイコンを透かして、天井を見つめる。
――僕が、【塔の地】に行ってみようって思ったから?
――たぶん、違う。最初から狙われていた気がする。
――思えば、ローナでプレイヤーから避けられていたんだよね。
――それってつまり、そういうコトだよね。
――セイルさんや安城さん、悪い人だったのかな。
――いや、悪いとか悪くないとかじゃないよね。ゲームなんだから。
――でも、なんで、僕がこんな目に?
――霧咲さんの言う通り、『身の振り方』が悪かったから?
――確かに、のこのこ無警戒にフィールドに出ていった僕が悪い。
――……でも、あんなことするなんて、流石にひどいよね。
――いや、ひどくないのかな。
――あれ、このゲームでは結構普通の事なのかな?
――そういえば、――もうひとつの【神話級】アイテム、渡しちゃったな。
――確か、【無上にして無垢なる願いの符】、だったかな……。
――でも、結局ああするのが、たぶん一番良かったよね。
――オルゼットさん、霧咲さん。
――払暁の騎士団の皆も、結局セイルさんたちと同じだったのかな。
――そんなことはない……はず……。
――……。
ぐるぐる、ぐるぐる。
あらゆる嫌な思いが脳裏を巡り続ける。
そうしてしばらく考えているうちに、やがて、当たり前が戻ってきた。
――ああ。
――明日も仕事だ。
――ゲームのことばかり、考えても居られない。
胃の方からせり上がってくる、嫌な感覚。
迫りくる現実。
ゲームは、あくまでゲーム。
むしろ、本物は現実なのだ。
いまから再びログインするのは、ヤバいよね。
いまから攻略サイトを探りまわるのも、やばい。
今は、諦めなきゃ。
たかがゲームで、ゲームに現を抜かして社会的な責任を果たさないのは、人としてダメだ。
胸中を満たすやるせない思い。
視界のコンソールから、照明を消す。
部屋に満ちる暗闇。
僕は、ぎゅっと目を瞑る。
――ますたー。
――にげて。
瞼の裏、暗闇の中。
思い出すのは、白い炎に飲み込まれていく、ユメちゃんの表情だ。
17人に、ひとりで立ち向かった彼女。
僕が、叫んだから、彼女は一人で戦い、そして散った。
僕が、叫んだから。
僕が、そう指示したから。
僕が――彼女を、死地に追いやったのか?
――そうだ。
――僕がやった。
――僕が、彼女を殺したのだ――。
「――クソッ!」
違う!
これはゲームだ。
ユメちゃんは、単なるNPC。
そんなことで気にしてどうするんだ?
それに、オルゼットさんの見立て通り、流石に壊れて終わり、……なんてこと、ないはずだよね。
きっと蘇生できるはずだ。
きっと、元返せる。
僕は、頭まで毛布を被り、体を丸める。
――どうして、こんなことになってしまったのだろう?
次回は掲示板回。【払暁の騎士団】との会話シーンは、当初予定では、単話でサクッ……と終わるハズでした……。
どうしてこうなった……_(:зゝ∠)_




