16 【魔光灯】
「さて、改めて本題、二点目に戻ろう」
フウ、と息をつき、オルゼットさんは再びこちらに向き直る。
ミカンさんとふわふわねこさんも、オルゼットさんの言に、こちらに視線を向ける。
五人の視線。
若干心細いものの、ミカンさんのごきげんな雰囲気によって、霧咲さんの醸し出す険悪な空気が中和された気もして助かる。
そして、ふと一瞬。脈絡なく、他愛のない感傷が胸中をよぎった。
中空に浮かぶ無数のランタン(どうやら、【魔光灯】と言うらしいね)。
それらの仄暖かな光に照らされた、静謐な書庫。
そこに集い、円卓を囲う、『騎士団』の名を関する5名のプレイヤーたち。
銘々、アバターのいでたちはまるで違えど、しかし、クランと言うひとつの御旗のもとに集う彼ら。
ふいに、そんな彼らが、なんだか遠く、しかし少しだけ眩しく良く見えたのだった……。
でも、霧咲さんは相変わらず怖いんだけどね。
……さて、そんな僕を他所に、中空を操作しはじめつつ、「――本題と言っても、別段、特別なことはなくてね……」と、続けるオルゼットさん。
「きみ、よければ我々、【払暁の騎士団】に――」
そう言い掛けて口をつぐみ、オルゼットさんは僕の表情を一瞥して、肩をすくめた。
「――入ってみないか。……と、そう言いたかった所だったんだが。顔に、『見送りたい』と書いてあるね」
クランの勧誘、と気づいた折に、思わず警戒して、身構えてしまった僕。
知らず、その気持ちがモニターされて、アバターの表情として出力されてしまったらしい。どうやら、警戒してしまったのがバレバレだったみたいだ。
「すみません、普通なら、とても嬉しいお誘いなのですが、今は……」
そう繕いながら、僕は『謝意』のエモーションを表示する。
中空の操作を止め(たぶん、クラン勧誘の案内画面を表示しようとしていたのだろう)、オルゼットさんは微笑みを浮かべながら、軽い調子で「構わないさ」と応じた。
「まっ、あんなコトがあったからねえ」と、ミカンさんのフォロー(併せて、霧咲さんの放つ威圧感が更にキツくなったのは、気のせいだと思いたいよ)。菖蒲子さんと、ふわふわねこさんは、顔を見合わせていた。
疲れた頭で、僕はぼんやり思案する。
――実際、クランへ誘われるというのは、とても嬉しいものではあるのだ。
それは、先ほどセイルさんに誘われたのも例外ではなかった。『必要とされる』というのは――それがたとえお世辞とか下心があるとかだったとしても――気分の悪いものではないものだ(そのうえ、立て続けに、相手がトップレベルのクランときているしね)。
しかし一方で、『クランへの加入』は、オンラインゲームをするにおいて、結構大きな決断でもある。
いわば、『仲間』や、『同志』だろうか? もし加入すれば、そういった関係性の中で、少なくない時間を共にして一緒に遊ぶワケだし、彼らが目指すところにも、一緒に目指すことになる(もちろん、そういうものでもない、ドライなところもあるだろうけどね)。
【払暁の騎士団】の目指すところは、……やはり、クランランキングだろうか? その上で、セイルさんの後であるにも関わらず、僕を勧誘するオルゼットさんの目的はなんだろう?
僕が、特別、ゲームが巧いわけでもないのは、先ほどの状況をひとしきり後ろから見ていたならわかるハズ。であるならば。
――僕の持つ『情報』。
――それから、『クラン対抗戦を見据え、リスク要因を放置しない』。
セイルさんも言っていたこれらの点。
そこがオルゼットさんの真意だと自ずと考えてしまうし、おそらくそれで合っているだろう。
つまり、――『クラン勧誘はひとつの方便』という意味で、その点はオルゼットさんも、セイルさんたちと同じなのだろうね(別段それが悪いというワケでもないけどね)。しかし、先刻を経た僕にとって、正直少しゲンナリする気持ちはあるよ……。
そして何より、……先ほど、彼らの居ずまいが、眩しく見えたのは確かなのだけど。
一方で、その思いは、言うなれば『憧れ』とでも言うべきものであって、僕が彼らの隣に立っているビジョンも見えなかった(というか、霧咲さんとうまくやれる気も正直しないよ……)。
そんなこんな、色々と思いが交錯し、結果として僕の表情に諸々出てしまったのだと思う。
「ダメ元ってやつさ」
と、オルゼットさんも軽い口調で言い添えた後、顎に手を当て、再び続けた。
「しかし、こっちが本命なのだが、『フレンドになって、今後とも交流させてもらいたい』というのであればどうだろうか? これなら、検討の余地はあるかい?」
「……ええと」
『はい』、と、ふたつ返事で答えようとしたのだが、しかしその短い言葉さえも、口に出せない自分がいた。
そんな様子を察してか、オルゼットさんが付け加える。
「……目的が気になる、という点であれば、色々とあるし、説明しても良い。……ま、概ねきみが想像する通りだと思うよ」
その言葉を耳に入れながら、僕は、少し思案する。
このゲームにおける『フレンド登録』は、現実で言うところの『連絡先を交換する』くらいの意味であって、特別なものでは無い。オンライン状態のフレンド限定公開や、通話機能が使えるようになる、など、そういった諸々の機能が使えるようになるくらいだ。
だから、『フレンド登録する』といった程度なら、別段差し支える事は無い、……気はしている。
そんな風に感じていたので、いまひとつ自分でも、どうして自分が答え淀んでしまったのか、よくわからなかった。
――セイルさんの後で、慎重になっている。
――やたらと敵対的な霧咲さんを前にして、萎縮してしまった。
そんな感じで、それっぽい理由ならいくらでも並べ立てられるのだが。
たぶんきっと、単純にいま、僕にそれを決断する気力がなかったのだ。
とりあえず、そう納得することにする。
「……すみません、一度、考えさせてください」
「わかった。――ま、無理強いはするまいよ」
我々としても、【辰砂鉱】ほど、クランランキングに固執しているワケでもないからね。
そうオルゼットさんは補足する。
いっとき降りる沈黙。
取り繕うために、僕は幾何か言葉を探す。
改めて考えてみれば、僕は結構、手ひどい失礼をしているのだった。
大した理由なく、クラン勧誘も、フレンド登録のお願いも、立て続けに断る。
慎重であるとか、タイミング的にとか、貴重な情報を出したくないとか。
そういう風に斟酌して捉える余地がなくはない、――とはいえ、これではほとんど、オルゼットさんの面目を潰しているようなものでもある。
僕がそう自覚したとき――。
「…………『同じ』ということだな?」
低い声音。
ずっと押し黙っていた霧咲さんの口から、そんな問いが零された。
円卓に、ピリッと緊張が走る。
『同じ』。この文脈で、『同じ』という言葉の主語は、おそらく――。
――『【辰砂鉱】と【払暁の騎士団】が』ということだろう。
そう直感し、僕はすぐに訂正する。
訂正しつつ、繕いきれないことも理解してしまう(というのも、実際、先ほどそう考えてしまっていたし、他に、フレンド登録を断る妥当な理由など、そうそう見つからないのだ。ウソをつくにしても、最初に間を持ってしまった時点で、既にアウトな気がする)。
「――すみません。皆さん、――【払暁の騎士団】さんを貶めるという意図はありません。つまり――」
言い淀む僕を見かね、「慎重派なんでしょ」とミカンさん。
「それなら良いが」霧咲さんは、ジロリと僕を睨んだ。「お前、身の振り方には気を付けた方が良い」
「まあ、確かに霧咲の言う通り、街やフィールドを歩くだに、不届きな輩に狙われかねないだろうね」と、霧咲さんから勝手に続きを横取りし、その苦言を、あえて別の意味へと逸らすオルゼットさん。「……なんなら、安全となるまで、こちらに居て貰って構わないよ」
その言葉に被せるように、霧咲さんが、ハンッ、と鼻を鳴らす。
「長々居座られても迷惑だがな!」
場の空気が軋む。
ミカンさんが、霧咲さんに厳しい視線を向ける。
それを一瞥し、まるで動じないまま、霧咲さんは続ける。
「アレの後だ。お前と関わることで、我々の世評も傷つきかねん」
「えーっ。でもでも~」と、ミカンさんが声を上げる。
「なんだかんだで、ボクらもしばらく見てたじゃーん。そーいう意味じゃ、ボクらだって、人のこと全然いえないんじゃないの? 世評とか、『【辰砂鉱】と同じ』とか『違う』とかさ、そんなコト気にする資格、ボクらには無いじゃんね」
ミカンさんの指摘に、ぐむ、と黙り込む霧咲さん。
「…………チッ」
やがて、霧咲さんの舌打ちを終止符に、沈黙が降りるという形で、いったん場が落ち着いた。
もういい、ミカン、と、オルゼットさんが嗜め、こちらに真摯な表情を向ける。
「……すまない。実のところ、我々もしばらく静観していたんだ。もっと早く割って入るべきだった。正直、きみの連れたNPCさんの性能を知りたいという好奇心があった。それは否定しない」
「はい、……お気になさらないでください。助けて頂いて大変助かりました」
――で、良いんだよね? 僕は慎重に言葉を選んで答える。
別段、そこは気にしていない。
というのも、横槍を入れることで【払暁の騎士団】と【辰砂鉱】の間で揉めごととなるのは明らかだ。
それに、ふわふわねこさんの言の通り、ムーンライトナントカ、とか、【セイレーン】とかいった、(おそらく)よそのクランもあの場に来ていたと思われる(ふわふわねこさんの言っていた『話をつけておいた』とは、そのあたりで生じた諍い、ないし調整の事なのだろう)。
そういう点からすると、彼ら【払暁の騎士団】は現在、僕を助けたことにより、結構ヤバい立場に立っている可能性もある。本来、僕が自分で自衛すべきところ、僕が弱いために彼らの介入を招いたワケだ。動いたのはオルゼットさんたちの意思とはいえ、助けられたその身で、「勝手に介入したのはそっちだよね」などと論陣を張る、なーんて事をした日には、まあヤバいよね……(もちろん、ゲームなので、そういうプレイスタイルもアリかもしれないけどさ……)。
「うん、それなら良かった」オルゼットさんは答えつつ、一瞬だけ霧咲さんに視線を遣り、再び正面に戻す。「さて、本題はそれだけだよ。……きみ、フレンドは検討してくれるという事だったね。この拠点は【王都エルレシア】にあるからね、いつでも来てくれて構わない」
「ええ、ありがとうございます」
なんとか回復してきた空気に、僕は、内心で胸を撫でおろし、最後に残るであろう論点に思考を移す。
――『お礼』について。
正直、クラン勧誘・フレンド登録を無根拠に断ったことから、この点はかなりシビアな議論になるだろう。
しかし、それを話せば、ようやく締めくくりだ。
ぼうっとする頭でそう思い、僕が口を開こうとした矢先。
すくっ、と、霧咲さんが立ち上がり、身を乗り出してこちらに詰め寄った。
オルゼットは、ここまでまともな情報を出していません。
すべて、攻略サイトや、まとめサイトに載っている情報です。
必要が無い・訊かれていないので当然ですが……。
その他、数名のクランメンバーでひとりを囲う状況を良しとしている点や、クラン勧誘の挟み方などの、状況設定に対するおざなりさ。
そこにオルゼットの考え方を無意識に違和感として感じ取ったことから、主人公はフレンド登録を断りました。
要は、身内と認める者以外には関心が薄く、結構冷酷なことをしかねない人です。ฅ^• ·̫ •^ฅ




