15 【失光】
本日2話更新の2話目です♪
しばし降りた間隙に、オルゼットさんは、傍らに置かれたマグカップを呷る。
……そういえば、いつの間にか、僕の傍らにもティーカップが置かれていた。
ふよふよと湯気のエフェクトが漂う、褐色の液体、――それから、紅茶の香り。
VRではあるものの、このゲームでは、ゲーム内でも飲食ができるのだよね。
ただし、味は、ゲームの環境設定にて設定した味覚や嗅覚の再現度合いに応じ、そのクオリティが変わるらしい(そして、もちろん、空腹が満たされることもない)。
全然気づかなかったけど、僕が席に着く辺りで誰かが出してくれたのかな? ――と、菖蒲子さんがこちらにじーっと視線を送っており、目が合ったことから得心する。
たぶん、彼女が出してくれたのだ。
全く気配がなかったので、もしかすると、気配を消すような技能を使っていたのかな?
もしくは、何かコマンドをポチっとするだけで出せるのかも。
視線が合って慌てふためく彼女に向け、軽く頭を下げ、半ば儀礼的にではあるものの、頂くことにする(さすがに、毒ってことはないだろう……)。
カップを持とうとすると、手元にメニューが浮かび上がる。
レモンティーにするか、ミルクティーにするか、シロップは入れるか。
そんな選択肢の中から、ミルクとシロップをタップすると、紅茶の中に、ふわふわと白いモヤが湧き出して、あっという間にミルクティーとなった。
カップを持ち上げて口を付けると、暖かい液体の感触が、舌の上を転がる。
それから、鼻腔にほわんと抜ける、紅茶の香り。
だいぶん溜まっていた疲労感が、幾分かだけでも、和らいだ気がする。
*
「さて、前置きが長くなってしまってすまない。きみがいま、どの程度の認識なのか、なんとなくわかったよ」
「こちらこそ、色々、勉強になりました。……自分、このゲーム始めて数日で、全然知らなかったので……」
「ハハ……。そうか、あー、それならよかった」オルゼットさんは、複雑な表情を浮かべる。「……それじゃ、本題に入らせてもらうね」
早く切り上げたいだろうし、巻きでいくから安心してくれ、と付け加えるオルゼットさん。気遣いがありがたい。
「まず一点目、きみの連れていたNPCさん。その蘇生についての、私の所感だ」
人差し指を立てるオルゼットさん。
「結論から言うと、『条件を満たせば復活する』と考えて良いと思う。で、時間制限とかもたぶんない。……きみ、思うにそのあたり心配しているだろう?」
図星だ。僕は肯定する。さすが、強豪クランのクランマスターだね(それとも、単に僕のソワソワした様子がわかりやすかったのかも)。
「ええ。……二度と復活できない、とか、制限時間があって、過ぎてしまうと蘇生できない、とか、心配でした」
「うん。確かにそれもあり得なくはない。しかし、可能性は低いと思う。……あくまで私の予想に過ぎなくはあるがね。しかし、根拠もいくつかある」
根拠、というと、おそらく――。
「レベルが上がっていたことですか?」
僕の言に、「おっ」という顔をするオルゼットさん(で、それを知っているということは、オルゼットさんも、ほとんど一部始終を見ていたっぽいね……)。
「鋭いね。このゲームで確認されているイベントNPCは、一部例外はあるが、基本的にレベルが上がらないんだ。というのも、開発コストが嵩むし、バグとか想定しない挙動の温床にもなりかねないからね」
「……あえてレベルが上がる仕様になっている以上、一回戦闘不能となってそれっきり、なんてことはないだろう、ってコトですね」
「ああ。それが根拠その一だ。……加えて、根拠その二。このゲームでは、もし時間制限がある場合、視界とか、システムメニューの通知欄にその事が表示されるのが通例なんだが――、思うに、それもないだろう?」
と、ほとんど確信しているような表情で尋ねるオルゼットさん。
確かに、言われてみれば、そういった通知も表示もなかった。
このゲームにおいて、時間制限のあるものと言えば。
僕の知るところでは、『戦闘不能によりその場に落としてしまったアイテムがロストする(つまり、回収不可能状態となる)までの制限時間』といったものがある。
いま思えば、それらは通常、視界と通知欄に残りの時間が表示されるのだった(実は、だからこそ、僕自身その仕様に気づけたといういきさつがあるのだよね)。
「ちなみに――」
僕が得心していると、オルゼットさんは、僕の携える【絶夢・失光】に視線を向けた。
「その【武具】、例えばなんだが……、名前が変わっていたりするかい?」
「名前は、ええと――」
これも的中だ、と僕は内心驚いてしまう(もしかすると、破損して武器の名前が変わるというのは、そんなに珍しくない事なのかな?)。
言うか言うまいか、少しの逡巡の後、僕は、正直に答える事にする。
たぶん、ユメちゃんの蘇生につながりそうな情報を出し惜しみしても、あまり良い事がなさそうだからね。
「はい。……名前が変わっていて、後ろに『失光』とついています。『失う』に『光』で、『失光』です」
ピクリ、とオルゼットさんの眉が動く。
「なるほど。『失光』ね……」
唇が僅かに吊り上がり、またすぐに、すまし顔に戻る。
反応を見るに、もしかすると、もっと出し惜しみすべき情報だったかもしれないね。
……と思いつつ、よく考えれば、僕は別段、このゲームで上位に行きたい! というワケでもないのだった。まあ、別にいいか、とすぐに思い直す。
「『失光』、聞いたこと、……ありますかね?」
「いや、ない。――しかし、名前が変わるのは、一般的には、アイテムの破損状態を示す仕様だな。代表的なものだと、そうだな……」
オルゼットさんは、いくつか例を挙げる。
――物理的に破損している状態を示す『破損』。
――【刻印級】以上の【武具】や【魔法具】に見られる、『魔力回路』と呼ばれる機能が動作不良となっている状態を示す『断障』。
――【祝福級】以上のアイテムで確認される、異能の力が失われている事を示す『失能』。
代表的なのは、このくらい。
かつ、一部例外を除いて、大半が、修復可能な状態であるとのことだった。
「――ここから予想するに、『修理すれば蘇生できるようになる』という条件がなんとなくあり得そうな気がするね。他には――」
ふいに、オルゼットさんは菖蒲子さんに視線を向け、意見を伺う。
菖蒲子さんは、考え込むように視線を落とし、少しののち首を振った。
「……特に、思いつかない」
「――うん、ありがとう」オルゼットさんは僕に視線を戻す。「我々でわかるのはこのくらいかな。あまり安心材料にならなかったかもしれないね」
「いえ、……ありがとうございます」
――おそらく、復活できる。
――時間制限もないと思われる。
単なる予想であり、確証が無いとはいえ。
少なくとも、それらしい根拠もいくらかあるし、気持ち的にはだいぶん安心できた。
そのことを告げると、オルゼットさんは、それならよかった、と、ふわっと微笑んだ。
「さて、そしたら本題、二点目だ。で、こちらがメインではあるのだが――」
オルゼットさんが続けようとした、そのとき――。
「――やっと終わったよ~っ!」
俄かに陽気な声が響き。
それと共に、オルゼットさんのほど近くに、ふたつの光が現れる。
――転移のシステムコマンドの実行、それに伴うエフェクトだ。
そう得心する頃には、転移のエフェクトが終わり、かわりに二人のプレイヤーが立っていた。
頭上に浮かぶプレイヤー名を見ると、すぐに、それらが見覚えのあるものである事に気づく。
『ミカン』、それから『ふわふわねこ』。
『ミカン』さんは、ベージュを主体とした色合いの装備に身を包む、素朴な『羊飼い』といった感じの風貌の男の子。
そして、『ふわふわねこ』さんは、――青銀のプレートアーマーに身を包んだ、名前にそぐわぬ巨漢である。
「ムーンライト何某と【セイレーン】が来てたんで、話付けときました」
と、ふわふわねこさん。けっこう渋い声。
「……ご苦労だった」
オルゼットさんが投げる労いの言葉に、首肯で答えるふわふわねこさんと、「はーい」と応じるミカンさん。
応じたのちに、ミカンさんは急に、スッ、とこちらを向き「……ねね、初心者くーん。きみ、なかなか頑張ってたじゃーん」と、ニッコリ笑った。
「あ……、先ほどは、ありがとうございました」
立ち上がって礼を述べると、ヒラヒラと手を振って応じつつ、ミカンさんは円卓の一角にどっかりと腰を下ろした。ふわふわねこさんも、それに続く。
ムーンライト何某・・・【月光殲】というクランです。クラン名はルビ振り可。




