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14 【天樹の若枝】

 円卓は、ゆうに十五人くらいが掛けられそうな大きさだ。

 オルゼットさんは、対面に腰かけるなり、遠巻きに見ている二人にも掛けるよう促す。


 コソコソ、ちょこん。と椅子に腰を落ち着ける菖蒲子さん。

 霧咲さんは渋々(しぶしぶ)といった感じで、オルゼットさん寄りの席に着く。


「こっちは霧咲、それから菖蒲子だ」


 改めて二人を紹介するオルゼットさん。

 それを受けて、僕も再度、二人に向けてプレイヤー名を名乗るのだが……。

 腕を組む霧咲さんの方から、冷たい目線、無言の威圧感が放たれており、――うん、非常に居づらいよ。


 少しの間をもってから、「さて」と口火を切るオルゼットさん。


「本題に入る前に、少し認識を確認させて貰いたいのだが、――アレ、見たことはあるかな? 【天樹の若枝】というオブジェクトだ」


 その言葉と共に、オルゼットさんは親指を立て、背後を指し示した。

 ジェスチャーに釣られて視線を上げると、――立ち並ぶ書棚の向こうに、巨大な樹木が聳えているのが目に入った。

 それは、暗い室内にもかかわらず、ぼうっと明るく光を放ちながら、青々と葉を繁らせている。


 天井はドーム状のガラス張りとなっており、(ゲーム内時間ではまだ昼間にも関わらず)奥に星空を望むそれに向けて、悠々と枝を伸ばす大樹。


「いえ、……ありません」

「そうだろうね。あれは、【忠心の誓い】――ええと、クランを主体としたシステムコマンドなのだが、それを【天樹】に対して実行する事で下賜(かし)されるオブジェクトだ。クランに加入したことが無ければわかるまいね。さて、……きみ、『ワールドストーリー』は知っているかな?」

「ええ、それはなんとなく。……ざっくりと、ですが」


 オルゼットさんは首肯し続ける。


「ワールドストーリーは、このゲームのメインシナリオ兼、エンドコンテンツだ。で、このゲームでは、定期的に『クラン対抗イベント』というイベントが開かれるんだが、そこで良い成績を残すと、……まあ、具体的には、クランランキング10位以内に入ると、それらのクランは報酬として、特定のワールドストーリーに()()()()()()参与できる権利を得られる」

「ワールドストーリーへの参与……ですか」


 初耳の情報である(まあ、攻略サイトには書いてあるんだろうけどね……)。

 僕の反芻(はんすう)に、オルゼットさんは「そうだ」と応えて続ける。


「特に、我々のような上位狙いのクランは、何よりもその権利を欲している。もちろん、イベント限定報酬や、ランキング入賞者向けの上位報酬は、10位以内でなくとも相応に得られる。それらも重要ではあるのだがね……。しかし、10位以内のランクイン報酬として参与したワールドストーリーで得られるアイテム、それから情報アドバンテージは、10位未満のそれとは全く比較にならない」


 ちなみに、【忠心の誓い】は、各種NPCの、言うなれば『派閥』への参画を表明するシステムコマンドであるとのこと。


 クラン所属メンバーは、誓いを立てた対象に応じて、特殊な魔法や技能が使用可能となり、種々(しゅじゅ)の恩恵が受けられるようになる。

 そのうえ、重要な点として、『10位以内ランクイン時に参与可能となるワールドストーリーにおいて、肩入れする派閥が変わる』のだという(ただし、『派閥』というのは正確なゲーム内用語ではないらしい)。


 10位以内ランクイン限定のワールドストーリー参与権。

 セイルさんたちが、総勢15人の【大罪人】プレイヤーを(ひき)いてでも、僕に接触してきた理由。


 オルゼットさんの説明は、その理由に(いく)ばくかの納得をもたらす情報でもあるね。


「……そういえば、【辰砂鉱】は前回30位だったとか」


 先刻のセイルさんとの会話を思い出しながらそう呟くと、「そうだな」とオルゼットさんが頷いた。


「【辰砂鉱】は、これまでに『列強(エニュメレイテッド)』入りしたことはない。しかし、次のクラン対抗イベントでそれを狙っているという噂は聞く」


 ちなみに、『列強(エニュメレイテッド)』とは、10位以内にランクインしたクランの俗称らしい。


「なるほど、……失礼ですが、オルゼットさんたち【払暁の騎士団】は――」

「24位だよ。――いまの『列強』を含めて、ライバルたちがなかなか化け物揃いでね」


 オルゼットさんは、椅子に深く(もた)れ、フウー、と長く息をついた。


 ちなみに、彼ら【払暁の騎士団】は【天樹】に【忠心の誓い】をしている事から、もし『列強』入りした場合、その後のワールドストーリーには【天樹】派閥で参与する事になるらしい。

 また、【辰砂鉱】は【太陽の輝き】に参画しているのだとか。


「【辰砂鉱】の肩を持つわけではないがね。しかし、きみの持つ【武具】の【神話級】という等級、それからきみの連れるNPCさん。それらはどうやら前例のない要素なんだ。――まあ、この辺りは既に自覚しているか」


 チラ、と僕の表情を見やり、説明は不要と察したらしい。


「はい。……セイルさんも言ってました。できれば戦力として欲しいが、そうでなくとも、――つまり、『リスク要因を放置しない』意味でも、クランに入ってほしい、とか……」

「そうだ。……ッアハ!」


 急に破顔(はがん)するオルゼットさん。


「きみィ! やっぱり、ヤツらの誘いを蹴ったせいで()()()()()ワケだ! ウフフ…………失礼」


 ンン! と咳払い。


「ま、要するにだね。きみの持っている諸々(もろもろ)は、対抗イベントの環境をまるっとひっくり返すこともあり得る。聞くに彼ら、次回は【白焔】軸で臨む方針らしいじゃないか。せっかくリソース投入して育成した以上、確かにきみみたいな存在は放置できないだろうさ……」


 小気味()い、といった風に、ニヤニヤと笑うオルゼットさん。

 ええと、なんかちょっと、キャラが変わってるよ。


 ふと、チラリと霧咲さんの様子を伺うと、彼女は変わらず、厳しい表情を浮かべたままだ。

 こちらの視線に気づくなり、キッと睨み返してくる霧咲さん。

 僕は、慌ててすぐに目を逸らす。


 もう、なんだかよくわからないし、正直怖い。

 どうにも僕に居てほしくないみたいだし、それなら僕としてももう、早くこの場を離れて、ユメちゃんを蘇生できるのかどうか、もしできるのなら蘇生する方法を探したい。


 そのためには、どうしたら良いのだろう?

 疲れて回らない頭を振り絞って、少し考えてみる。


 できるだけ、この場を丸く収めて(つまり、何某(なにがし)かの恨みを買わずに)この会話を終えたい。

 そのためには、そう、……まずは、オルゼットさんが、僕に『聞きたいこと』があると言っていたね。

 それから、ユメちゃんの蘇生について、『力になれるかも』と言っていたところの詳細を聞き出しておきたい。

 何より、助けてもらった借りがあるので、そのお礼か、借りを返す算段を立てなきゃいけないハズだね……。


 解消すべきは、たぶん、(おおむ)ねこの三点だろうか?


 疲労と焦燥とでだいぶ暗鬱な気分になりつつあるものの、まだ、幾分(いくぶん)気張らなければならなそうだ。


■補足 アイテムの種別

消費具ディスポーザブル・アイテム

  一度の使用により消失するアイテム。


魔法具(マジック・アイテム)

  魔法が封入されたアイテム。複数回使用可。耐久度あり。


武具イクイパブル・アイテム

  装備可能なアイテム。武器、防具、装身具など。耐久度あり。


■補足 アイテムの等級(ランク)

等級高 【神話級(テイル・ランク)】>【伝説級(レジェンダリ・ランク)】>【秘宝級(シークレット・ランク)】>【宝物級(トレジャード・ランク)】>【祝福級(ブレスト・ランク)】>【刻印級エングレイブド・ランク】>【通常級(コモン・ランク)】 等級低

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