11 【死王の裁きの代行】
だいぶ遅くなってしまいましたが・・(ノω<)
――ボシュッ。
という異音が、あちこちから一斉に聞こえた。
そして、わずかな静寂。
バタリ、と音を立てて、ひとりのプレイヤーが倒れた。
首から青黒い煙が一瞬吹き上げ、そして動かなくなる。
続いて、ふたり目。
三人目、四人目、……次々と、敵対プレイヤーが倒れていく。
そして、八人が倒れたところで、周囲に再び静寂が戻った。
誰もが、唖然としていた。
僕も、セイルさんも、防御体勢を取ろうとしたプレイヤー達も皆、あっけに取られて固まっている。
倒れた者たちは皆、例外なく、すべての体力ゲージを散らしていた。
――ユメがレベル72になりました。
――称号【大物喰らい】を入手しました。
――称号【審判者】を入手しました。
――称号【殺戮者】を入手しました。
・・・
空疎な効果音と共に、視界を流れるログ。
やがて、倒れた者たちのプレイヤーカーソルと、その横の文字に、ジワリと変化が現れる。
もともと70台の値だったレベルの数値が、レベル104、103、110や、108など、……三桁の数へと次々に書き変わっていく。
そして、それらが皆、見たことのない黒色へと変色した。
『――【大罪人】だよ……?』
ユメちゃんの、その言葉が思い出される。
いま、その意味がわかった。
つまり、文字が黒く変色した彼ら皆、おそらく【大罪人】の状態なのだ。
その状態が意味するところを詳しくは知らないが、文字面から、たぶん【罪人】の上位(というより下位だろうか……?)の概念というところか。
予想するに、ゲーム上の犯罪行為をたくさん繰り返すことにより、【罪人】を越え、更に状態が悪化していくのだと思われる。
そしていま、彼らのプレイヤーカーソルの情報が書き変わったのは、きっと彼らが何らかの手段でレベルとプレイヤーカーソルの色を偽装しており、力尽きることによってそれらが剥がれ落ちたのだ。
8人、倒した?
もしかして。
もしかして、本当に、この状況をひっくり返せるのではないか。
そんな考えさえ頭をもたげる中。
先ほど、僕の両腕がそうなったのと同じように、倒れたプレイヤーたちが、徐々に細かな光となって消えていく。
青白い魔力のエフェクトがチラチラと舞うフィールド。
そこに、光となって溶けていくプレイヤーたち。
まるで場違いな感想だが――しかしいま、どうしてか、それらがどこか幻想的に美しく見えてしまう。
そして、そんな光景の中、銀糸の髪を靡かせながら、ユメちゃんが前へと歩を進めていく。
遠ざかっていく背中。
数歩進み――彼女は【絶夢の残影】をスラリと抜き放ち、おもむろに構える。
セイルさんが吼えた。
「――ヘイト取れえええッ!!」
――ッガアアァン!!
爆音。
遅れて衝撃波が襲う。
見れば、いつの間にか、セイルさんの前に人影が立ちふさがっている。
安城さんだ。
その手に構えられたのは、大盾。
そして、表面には陥没痕。
もう何度目かわからない、今日何度も見た光景だ。
ユメちゃんが攻撃をし、安城さんが防いだのだ。
ユメちゃんは反動で高々と宙を舞って――しかし、着地はせずに、再び姿が掻き消えた。
そしてまた爆音。
視界の端に、ログが延々と流れていく。
次々と撃ち込まれ続ける猛攻。
しかしてそれを、安城さんは危なげなく受け流していく。
「……ッッハハハハハ!!!!」
やがて、セイルさんが甲高く笑い声を立てた。
「おいおいおいッッ!! 8人も逝っちまってるじゃねえか!! ウソだろ!!!!」
鋭利に釣り上がった口元、見開かれた目。
――あり得ない。
そんな表情だ。
「【超越者】8人だぞ!? なあっ、そいつ【偽装】してねーのかよ!? マジでそのレベル帯なのか!? バケモンじゃねーか!!」
ッッハハハハ!! と再び笑い声を立てるセイルさん。
「誓約はお断りってことだな! よし、交渉の線もナシだ」
ぞっとするような笑みを浮かべ、彼は宣言する。
「プランC、データ取るぞッ!!」
――セイルが、システムコマンド【遵守の誓い】の実行依頼を取り下げました。
セイルさんの杖が光る。
盾を構える安城さんの姿が、淡い陽光色のエフェクトに包まれる。
次いで緑色のエフェクト、黄色のエフェクト。
彼に続いて、まだ立っている7人の取り巻きもようやっと動き出し、再び魔法や技能を使い始める。
エフェクト、エフェクト、エフェクト、エフェクト。
数えきれないほどの支援効果。
「デバフ掛け直せ!」
「バフ掛けるぞー!」
「リキャスト上がり!」
彼らは、すぐに落ち着きを取り戻したようだ。
事務的なやり取りが飛び交う。
変わり始めた状況に沸き立っていた胸中が、急速に冷えていく。
マズい。
たぶん、かなりマズい。
『状況をひっくり返せるのではないか?』
そんな考えは、一時の甘い幻想に過ぎなかったのだと、すぐにそう気がつく。
ユメちゃんは、依然として――おそらく敵対心を操作する技能の影響で――多数の支援効果を受ける安城さんに攻撃し続けている。
早く、ユメちゃんに指示を出さなければ。
敵対心を、早く、安城さんのほかに向けなければならない。
正直なところ、指示を出せば良い、というものかはわからない。
しかし、例えばそう、安城さんをターゲットから外すなどして、技能の効果を切ることができるのではないか?
「『システムメニューオープン』、『パーティーメンバー』、ええと……っ」
きっと、メニューのどこかに、指示を出す方法があるはず。
NPCなのだ。先ほど表示された画面のように、何かしら指示を出せるハズではないか?
そうして手間取っているうちに、ユメちゃんの猛攻に伴ってひとしきり轟き続けていた攻撃音が、徐々に軽くなっていき。
終いには、弾かれるような効果音をわずかに響かせるのみとなった。
「くそ、どれだっ……」
もはや、ユメちゃんの攻撃は安城さんに通用していない。
焦りで、操作もおぼつかなくなっていく。
やがて、セイルさんが手を掲げた。
その合図に応じ、一人のプレイヤーが前に歩み出る。
彼は、携えていた大杖を持ち上げ、振るった。
――カシューが魔法【暗骸の捕縛の枷】を使用しました。
空間を歪めるような、重々しい効果音。
それと共に、四方に、闇色の球体が浮かび上がる。
「くそッ、ユメちゃん、避けろ――!!」
僕の声に、ユメちゃんが周囲の球体に気づいて身を捻るも、回避は叶わず。
球体から大量の鎖が現れ、それらは生き物のようにうねり、ユメちゃんを捕らえた。
しかして、自在に舞っていたユメちゃんは、再び地に縛り付けられてしまう。