10 【太陽の審判の鎖】
・・・
――訥々が【消費具】【決戦の契りの楔】を使用しました。
――驟雨然れが魔法【隠されし呪いの誘発】を使用しました。
――ノズが【消費具】【囮人形】を使用しました。
――驟雨然れが魔法【太陽の審判の鎖】を使用しました。
――シャルマが【消費具】【精霊王の勅令の楔】を使用しました。
――ノズが魔法【大気遮断】を使用しました。
――シャルマが技能【咆哮】を使用しました。
・・・
「な、なんだこれ」
メッセージの奔流に、目がまるでついていかない。
視界に表示されたステータスが、次々とチカチカ瞬いている
めまいのような感覚。
気づけば、体力ゲージがいつの間にか半分を切っていた。
そして、体力ゲージ付近にも大量の文字が浮かび上がっている。
状態異常: 【部位欠損:右腕部】【部位欠損:左腕部】【沈黙】【太陽の審判の鎖】【拘束・剛弐】【出血】【スタン】
フィールド効果: 【領域:決戦の契り】【領域:精霊王の勅令】
毒々しい色合いは、状態異常だ。
それから、ええと、フィールド効果とは、『魔法やアイテムの効果により、近場に付与できる特殊な効果』のことだったはず。
チュートリアル時の、そんな記憶が呼び起こされる。
その他、ずらりと弱体効果のアイコンも並んでいる。
混乱して緩慢な思考の中、僕は必死に状況を整理する。
――Q、何が起きている?
――A、攻撃されている。
――Q、誰に?
――A、おそらく、僕とユメちゃん以外の全員。
――Q、なぜ?
――A、セイルさんの言葉からすれば、『脅す』ため……?
そうした自己問答を経て、僕はようやっと危機を自覚した。
――逃げなければ。
そして、気が付いた。
足が動かない。
見れば、下半身が黄金色の鎖で縛られている。
「ま、ますたーっ……」
ユメちゃんの困惑した声。
彼女もまた、同じ鎖で拘束され、身動きが取れないでいる(安心したのが、僕とは違い、両腕は切断されていないようであること)。
なんだこれ?
なぜ?
何が起こっている?
胸中につぎつぎ沸き上がるたくさんの疑問を押しとどめ、今考えるべきことは――。
――Q、どうすればいい?
――A、システムコマンド【帰還の標】はどうか?
そうしてまた気づく。いま、腕が無いから、メニューが操作できない。
「『システムメニューオープン』、『システムコマンド』ッ!!」
音声入力で、システムコマンド選択画面を開く――いや、開かない。
『システムコマンド』メニュー自体が、何かの効果で、グレーのロック状態となっている。
くそ、他に手は? そうだ、ログアウト――!
「『システム』、『ログア』……」
いいかけて、そうして一抹の不安が頭をよぎる。
ログアウトは、プレイヤーのアバターがその場に残ってしまうのではないか?
僕がいないときは『戻る』と、今日ログインしたとき、確かユメちゃんはそういっていた。
であれば、彼女は【絶夢】に戻り、フィールドからは消える。
そして、僕も、ログアウトすることでフィールドから消えるならば、問題ない。
しかし、その確証がない。
もし、ログアウトして僕のアバターが消えないのだとすれば、ユメちゃんはどうなる……?
僕のアバターを守るために、彼女は戦うのだろうか?
もっと悪い予感として、もし万一、彼らが、僕がログアウトする事をさえ想定しているのだとしたら?
例えば、このゲームの仕様として、ログイン地点は、前回ログアウトした地点と同じとなる。
彼らが、もとよりログアウトをさえ想定して人員やアイテムなどの準備を整えてきているのだとしたら。
きっと、待ち伏せてさえしまえば、いまと同じ状況に持ち込むことなど、彼らにとって容易いはずだ。
何か、他に手は……。
他に――。
「あ――」
そうして、僕は思い至ってしまう。
――たぶん、既に詰んでいる。
たぶん、もうとっくに状況は詰んでいて、他に手を考える事さえナンセンスなのだ。
両腕の切断。
行動不可の状態異常。
謎めいたフィールド効果は、おそらく、システムコマンド禁止などの効果を持つのだろうと思われる。
改めて考えれば、これらはすべて、『プレイヤーを無力化すること』を想定したものである。
明らかに手慣れている。
この手慣れ方から予想するに、相手はおそらく、その道のプロだ。
そこからすれば、『僕程度の初心者が思いつくようなことは、彼らにとっても既に想定済みであり、対策されている』と考えるのが妥当だろう。
「は……はは」
思わず、笑いが漏れる。
我知らず、足元の草むらのグラフィックに視線が落ちる。
彼らが、あの一瞬で、僕を詰ませたのだ。
僕は既に詰んでいて、僕とユメちゃんの命運はいま、彼らの手中にある。
「よし、やめッ!!」
セイルさんの鋭い声。
目を上げると、いつしか、セイルさんは僕たちから10メートル以上も離れた場所で、こちらを向いて立っている。
彼は、数歩前に出て、声を張り上げた。
「おにーさん、色々ごめんね。とりあえずいま、俺ら、こんな感じでおにーさんの生殺与奪権を握ってます。で、これから送る規約事項に【遵守の誓い】実行してくれたりしない? そしたらこれ、やめてあげてもいいよ。どうかな?」
――セイルがメッセージの送信を希望しています。
――受領を許可しますか。
「……き、『許可』」音声入力する声は、知らず震えていた。
――セイルが、表示事項に対するシステムコマンド【遵守の誓い】の実行を求めています。
――システムコマンド【遵守の誓い】を実行しますか?
そんなメッセージとともに、僕の視界に一枚の画面が表示される。
それは、クラン加入に先だっての誓約事項を記した資料だった。
「だ、『ダウンスクロール』、『ダウンスクロール』……」
スクロールされる画面。そうして、僕は見つけてしまった。
クランの裁量・申告により、システムからの任意の重さの制裁がなされることを了承する旨に解釈可能な文言を。
グラリと、視界が暗く傾いていく感覚。
つまり、そういうことだろう。
改めて見れば、初めてこの文言を読んだ時に気づくことがないよう、巧妙に意図が隠された表現にもなっている。
実際、セイルさんからのスカウトされていた時に読んだとすれば、僕はこの文言に気づかなかっただろう。
しかしいま、『この誓約を締結するよう脅迫されている』という状況を前提として目を通したとき、僕には、この誓約事項に隠された真の意図を理解できてしまう。
つまりこれは、隷属を誓わせるためのものだ。
僕は、我知らず、目を閉じていた。
セイルさんには、『クランに加入して仲良く』などという気は、端からなかったんだね。
スカウトだとか、福利厚生だとか、もっともらしいことを語りつつ、しかし彼は最初から、僕にこのシステムコマンドを実行させることだけを目的としていたんだ。
そういうことだったんだね。
「……ちなみにいっておくと、ログアウトとか、ブロックとか、逃げたりしても無駄だからね。おにーさんのキャラクターIDは控えてある。ログインを待ち伏せて、また同じようにこうして拘束することもできるんだ。僕らから逃げたかったら、おにーさん、キャラ作り直すしかないよ」
セイルさんの言葉も、聞こえてはいても、全然頭に入ってこない。
まるで、脳がその理解を拒んでさえいるようだ。
「ますたー!」
ユメちゃんの声。目を開け、同じように拘束された彼女を見る。
「ますたー、戦っていい!?」
何度目かわからない、その問い。
ユメちゃんの、不安に満ちた表情。
最近のAIは凄いね。
プレイヤーのアバターとほとんど遜色ないその表情に、思わずそんな場違いな感想が浮かんでくる。
そしていま、僕はこうも思ってしまった。
――【神話級】の【武具】の化身たる彼女なら、この状況を打破する何らかのことができるのではないか?
それは、いわば最低の選択肢だ。
17人もの相手に、ユメちゃんたったひとりで立ち向かわせる、ということに他ならない。
しかし、その考えが頭をよぎってしまったが最後。
――戦っていい。
気づくと、僕はそう呟いてしまっていた。
大きくうなずくユメちゃん。
「わかった! 誰と!?」
――ユメからメッセージを受領しました。
――ユメが指示を待っています。
――ユメの戦闘対象を指定してください。
視界に流れるメッセージ。
眼前に表示される1枚のウィンドウ。
そこに明滅する、番号付けされたアイコンたち。
僕は叫んだ。
「『3から19』、そこにいる全員だッ!!」
「わかった!!」
瞬間、再び波濤のようにメッセージが流れた。
――ユメが技能【大解浄】を使用しました。
――ユメの【拘束・剛弐】が解除されました。
――ユメの【太陽の審判の鎖】が破壊されました。
――ユメが技能【局所因果逆転】を使用しました。
――ユメが魔法【強化:知識強化・拾参】を使用しました。
――ユメが魔法【強化:特殊効果付与確率強化・拾弐】を使用しました。
――ユメが魔法【死王の王命】を使用しました。
眩い光となって消え去る拘束具。
それらをハラハラと散らしながら、ユメちゃんがすっくと立ちあがり。
おもむろに手のひらを前に差し伸べ――握り込む。
セイルさんが目を見開き、叫んだ。
「防御態勢ぇぇ――ッ!!」
その声に、彼らが一斉に技能や魔法を使い始めるか始めないかのうちに。
――ユメが魔法【死王の裁きの代行】を使用しました。
フィールドに、一陣の黒い突風がよぎった。




