【1話】 外の世界
前刀歴二〇一七年。
四月九日、日曜、午前九時。
天候、雲一つ無い晴れ。
あれから、約一年。
学校を囲う壁の外側に、中井清春は立っていた。今日もオレンジ色のジャージ姿で。
あそこまで憧れていた壁の向こう側も、今となっては『ただ広いだけの大地』でしかない。
ムイを幽閉する学校から半径一キロ内はゴーストタウンと化しているため、辺りは不気味なほど静まり返っている。世界の人たちが幽閉されているムイにさえも恐れて、誰も周りに住みたがらないのだ。
それを利用し、世界はムイを幽閉する学校から半径一キロ内を立ち入り禁止にして、ムイをより強固に幽閉する包囲網を作ることに成功している。
世界がそこまでムイへの幽閉を強固にするのも、世界中の人々の総意を受けてのことである。その『現実』を、中井はこの先、世界で嫌と言うほど体感していくことになるだろう。
学校を囲う、高い、高い灰色の壁を見上げていると、権蔵が歩み寄ってきた。
「中井清春、どうだ? 五年ぶりの外は?」
「別に……」
気怠く答えてから、中井は見上げる首を元に戻した。相変わらず迷彩服姿で、相変わらず仏頂面の権蔵がそばで立っている。
「あれから約一年か。あっという間だったな」
「別に……」
気怠く答えながら、中井は視線を横に逸らした。権蔵は「そうか」とため息混じりに呟く。
「こうして見ると、おまえもあまり変わってないな。訓練で身体が引き締まって、身長が二センチ伸びたくらいか? もう一七五センチもあるんだったか?」
「別にどうでもいいだろ、そんなこと」
中井は気怠く、素っ気なく言った。権蔵はまたも「そうか」とため息混じりに言った後、ポケットから何かを取り出した。
「例のマイク内蔵イヤホンだ。受け取れ」
中井が受け取ったものは、片側しか無いイヤホン。本体は肌色で、透明な耳掛けが付いている。ぱっと見、片側がちぎられたイヤホンにしか見えないが、『向こう』に音声を受信したり、装着者の音声を送ったりすることのできる優れ物なのだ。
「右耳に掛けろ」
指示通り、中井はイヤホンを右耳に掛けた。着け心地はまあまあ。邪魔にならない程度。
「説明してある通り、それは『向こう』からの音声を受信するだけでなく、装着者のみの声を『向こう』に届けることができる優れ物だ。風呂に入るときや、用を足すときや、寝るとき以外はずっと着けていてもらう。連絡を取り合うためにな」
中井が怪訝な表情を作ると、権蔵は珍しくフッと笑った。
「そんな顔をするな。何も俺とずっと連絡を取り合うわけではない。連絡は他の者が受け持つことになっている。世界について訊きたいことがあれば、その者に訊くといい」
「そりゃ安心した。あんたとは極力、関わり合いたくないからな」
そうか、と権蔵は小さく呟いた。
「一般人に見えぬよう、イヤホンは髪の毛で隠しておけ。肌色でも目立つだろうからな」
「ああ……」
指示通り、中井はイヤホンを髪の毛で完全に隠しておいた。
「それと、左手首にはめられた腕輪も極力見せぬようにな」
「……分かってるよ……」
中井は左手首を押さえながら、気怠く答えた。ジャージの袖で隠れているが、中井の左手首には異能の力を封じる翡翠色の腕輪がはめられている。