【18話】 意気消沈
放課後。
職員室の向かいにある小部屋に、中井は来ていた。権蔵に呼ばれたのだ。
「来たか、中井清春」
権蔵は相変わらず迷彩服に仏頂面だ。
蛍光灯で眩しいほど照らされた小部屋で、中井と権蔵はしばらく睨み合っていた。
「中井清春、分かったか?」権蔵は一気に距離を縮め、中井に仏頂面を近づけた。「これが現実だ」
何のことを言われているのかなど、中井にでもすぐに分かった。
「中井清春よ。おまえも生き延びたければ、バカなことは考えないのだな」
カッとなり、気付けば中井は権蔵の胸ぐらを掴んでいた。
「何だその態度は? おまえも死にたいのか?」
無言のまま、中井は胸ぐらを掴み直して、権蔵を至近距離で睨み付けた。それでも権蔵は仏頂面を保っている。
「俺が憎いのか? だが、それはお門違いってやつだ。執行したのは俺ではないからな」
「……俺にはな……」
ワナワナと声を震わせて、中井は言った。
「俺にはな、あんたが水尾を殺したっていうビジョンしか浮かばないんだよ! 何で殺したんだ! あいつはただ外に出たいと思ってただけだ! 何も悪いことやろうとしてなかっただろ!」
「……ムイは必ず犯罪を犯す。抜き取られた情報をもとに外に出られたら困る。よって殺した。それだけだ」
胸ぐらを掴まれたまま冷静に述べ上げると、権蔵はポケットから何かを出して床に放った。それが折りたたみナイフだということを認識するのに、中井は二、三秒ほどかけていた。
「見ての通り、ナイフだ。それで俺を殺したければ殺せばいい」
だが、と権蔵は至近距離で繋げる。
「水尾葵は望んでいないと思うぞ。おまえが人を殺すなんてこと」
それを聞いて呆れ、中井は思わず吹き出してしまった。
「はあ? 何言ってんだ? あんたに水尾の何が分かるっていうんだよ!」
中井は勢い良く権蔵を突き放した。権蔵は背中から壁に衝突して、少しよろめいた。
「分かるさ」権蔵は迷彩服の乱れを整えながら、「何故なら俺は……」
権蔵は折りたたみナイフを異常にゆったりとした動作で拾うことで、先の言葉を躊躇するような間を空けた。
「何故なら俺は、水尾葵の父親だからな」
シン……と、小部屋は一気に静まり返った。
「……は? 父親って……」
中井は混乱し、何も言えなくなった。
「そのことは、俺と水尾葵しか知らない事実だ。もっとも、水尾葵は俺のことを『父』と認めてくれなくなったがな」
そこまで言うと、権蔵は中井に折り畳みナイフを手渡した。何故だか、ずっしりとした重みがあった。
「中井清春、あえて二つ言っておこう。まず一つ目、水尾葵はおまえが人を殺すなんてことを望んでいないこと。そして二つ目は、ここで俺を殺さなければ、おまえはこの先の一年間、世界のためにある訓練を受けてもらうことになる。さあ、どうする?」
水尾葵が死んだ。その事実を受けた中井は、自暴自棄になり、ナイフを使って暴れたい気持ちで一杯だった。
他に対象が居ない中井にとって、権蔵にそれをぶつけたい気持ちで一杯だった。しかしその気持ちに反して、何故か不思議なことに、中井はこの上なく脱力していた。気付けば、中井は力無く、折りたたみナイフを権蔵に返していた。
「もういいや……」
中井は近くのパイプ椅子に座り込んだ。
「何か……急に色々考えるのが面倒になった……。あんたのことや、水尾のこと……。てか、どのみち水尾は死んだんだ……。そう……死んだ……もう……居ないんだ……」
ははは、と中井は乾いた笑いを付け足した。
「折角、新しい風が吹くと思ってたんだけどな……。全部パアだ、もう……」
中井は床に向かって思いっきりため息を吐いた。
「もういい……。殺したければ殺せよ……俺も……」
「いや、おまえを殺すわけにはいかない。そしておまえが協力しなければ、ギフに居る他のムイに死んでもらうことになる」
「……何だよそれ……」
中井は床に向かって大きくため息を吐く。
「……分かったよ……やるよ……。……で? 訓練って何?」
顔を床に向けたまま、中井は力無く問うた。