【16話】 最後の面会
ゆっくりと目を見開くと、保健室の天井が見えた。中井はベッドから半身を起こし、ボーッとした頭を抱える。右拳には、包帯が巻かれている。
「ようやく目が覚めたか」
ベッドに隣り合うパイプ椅子には、迷彩服姿の権蔵が座っていた。相変わらず仏頂面で、何を考えているのか分からない。
「あれから随分眠っていたのだぞ、中井清春」
権蔵が窓から外の方を見たので、中井もつられて窓から外を見た。外はすっかり暗くなっており、保健室の掛け時計は夜の九時を回ったところだった。
「中井清春、具合はどうだ?」
「……別に大丈夫……」
そうか、と権蔵は強く頷いた。
「どうやら知ってしまったようだな、水尾葵の件を」
保健室は一瞬、静寂に包まれた。
「……権蔵サン、何とかならないのか?」
権蔵は仏頂面のまま、首を横に振った。
「くそ……」
中井はシーツをギュッと握り締めた。シーツのシワが、一気に中井の拳に集まる。
「なあ、水尾が何処に居るか知ってるか?」
「もう部屋でゆっくりしてるんじゃないか? 何せ明日だからな」
明日……という言葉が何に結びつくのかは、中井でもすぐに分かった。気付けば中井はベッドから飛び降りて、勢い良く保健室を出ていた。
「おい! 何処へ行く!」
権蔵の叫び声を振り切り、中井は水尾の部屋がある北校舎の一階へと走った。我を忘れるほど必死だったため、息切れを感じたのは水尾の部屋に着いてからであった。
「水尾! 出てきてくれ!」
中井は息切れと共に、ドン! と部屋の扉を叩いた。
「なあ! 居るんだろ! 水尾!」
ドン! ドン! と中井が部屋の扉を叩いていると、スーツ組の男女が近くに集まってきた。スーツ組の男女は中井から大きく距離を取って、その中の一人が無線でどこかへ連絡を入れている。
「水尾!」
ドン! と更に強く叩いた時、扉のノブがゆっくりと回った。開かれた扉の先から、水尾が半身だけ出てきた。上下にはオレンジ色のジャージを着たままだ。
「……どうしたの?」
水尾は眩しそうに目を細めている。部屋も暗いことから、先ほどまで寝ていたのだろう。
「水尾、今から俺と一緒に来い! ここから出るんだ!」
水尾は、やれやれと言わんばかりにため息を吐いた。
「あのね、君が何を言っているのか分からないわ」
水尾は小さくアクビをしながら、クセのある髪の毛をいじった。あまりにも普通な水尾の態度に、中井の勢いは消える。
「おまえ、何でそんなに普通なんだよ? 明日……なんだろ?」
「何が?」
「何がって――」
死刑だよ、とはハッキリ言えず、中井は先の言葉を飲んだ。するとここで、集まっているスーツ組の軍団をかき分けて、権蔵がこちらへ歩いてきた。
「中井清春、おまえという奴は……」
権蔵は警棒を手に、中井に迫る。
「ちょっと待って」
水尾の言葉に、権蔵は足を止めた。水尾は部屋から出てきて、権蔵の真正面に立った。
「彼と話がしたいの」
「駄目だ。もう消灯時間を過ぎている」
いつになく、権蔵は柔らかい口調で言った。
「あなたって、いつもそうよね……」
水尾の発言に、権蔵は怯むように顔を歪めた。
「最後くらい、らしいことしてよ……」
権蔵は、悲しげに表情を歪めた。こんな表情をする権蔵を見たのは初めてだ。
「少しだけだぞ」
言うと、権蔵は周りに集まったスーツ組の方を向いた。
「おまえら! 見世物じゃないぞ! 早く持ち場へ戻れ!」
叫ぶ権蔵に、スーツの軍団は逃げるように去っていった。
「あまり時間はとらないからな」
仏頂面に戻った権蔵は、少し離れた所の壁に背中からもたれて腕を組んだ。