【13話】 その偶然、実は必然で……
「あの話、本当なんですか?」
職員室の向かいにある小部屋から女性の声が聞こえてきた。スーツ組の者だろう。
「ああ、本当だ」
続けて権蔵の声。どうやら小部屋では、スーツ組の女性と権蔵が話し込んでいるらしい。
(おっ、何だ何だ?)
監視カメラの視線を浴びながらも、中井は小部屋のドアにピタッと半身を貼り付けて、二人の会話に耳を澄ませる。
「しかし、この『極東の神国』でな……」と権蔵。
「ええ、信じられません」と女性。
極東の神国というキーワードに、中井はピクリと反応していた。
中井でも知っている。
『極東の神国』とは、この世界の〝もう一つの名前〟だということを。
昔……気が遠くなるほど遙か昔のこと。地球には今より進んだ文明が存在していた。その時代では、大陸が地球のあちこちに満遍なく散らばっていて、『国』という概念があったのだ。
国それぞれ言語が違ったり、文化が違っていたとされている。
その時代の基準で極東に位置していた国の大陸と、今の世界の大陸がほぼ同じ位置にあることから『極東』と『国』を。
ムイを取り除いたことで、まるで神様が造り上げたような、汚れ無き場所であることから『神』。
合わせて『極東の神国』と呼ばれている。
世界はムイを幽閉することを『極東の神国プロジェクト』と称していたのだ。
自分がその『ふるい』にかけられて幽閉されるとは思ってもおらず、警察官を夢見ていたあの時は『悪者を逮捕する警察官の仕事が減ってしまう』という心配を中井はしていた。
「にしても大丈夫なんでしょうか? そんなことをして……」女性は心配そうな声だ。
「世界は総力を挙げて隠蔽するらしい」
権蔵がそう言った後、少し間が空いた。
「権蔵さん。そうではなくて、執行した人が……という意味ですが……。相手がムイとはいえ、やはり執行すると精神的にくるはずです……」
「ああ、問題はそこだな。どのスイッチを押して執行されるか分からないようになっているようだが、それは全員に可能性があるということ。精神的にやられないはずがない」
意味不明な会話に、中井の頭は混乱する。
(隠蔽? 執行? スイッチ? 何のことだ?)
まとめても全く結びつかないキーワードに、中井は大きく首を捻った。
その時だった。
「水尾葵の死刑が確定、か……」
権蔵が言った言葉が、中井を硬直させた。その後しばらく続いた二人の会話が、全く耳に入ってこないほど、中井は動揺した。
(……水尾が……死刑?)
聞き間違えじゃないか? と心の中で切り返し、中井は二人の会話に耳を澄ませる。
「水尾葵……彼女は恐ろしい人物だったな。職員室のパソコンから世界の情報を全て抜き取るなんて」
「まさかですよ」
女性は驚きの声を出し、そのまま続ける。
「よりによってあの情報を抜き取るなんて……。もう、このまま彼女を放っておくことはできません。あの情報を頼りに、彼女がここから逃げ出すのは時間の問題ですから」
「ああ。水尾葵の早急な死刑もやむを得ぬ、といったところか。あの情報を頼りに、ここから逃げ、更に腕輪を解放されたら世界が壊滅しかねん」
二度目の『水尾』と『死刑』の結びつきを耳にした中井は、動揺で思わずふらついた。
「にしても、水尾葵も分からない子ですよね。最後の望みが『私が処刑されるまでの三日間、食事のメニューはできるだけ男子が喜びそうなメニューにしてほしい』なんて……」
「俺には大体見当が付いている。中井清春のためだろうな」
「いつも権蔵さんが手を焼いてるっていう?」
「ああ。あいつも流石に水尾葵の死刑後には大人しくなるだろう」
「そうですか――」
そこまで聞いたところで、中井はドアから身を離した。
(水尾が……死刑? 嘘……だろ?)
グルグルと考えながら、ゆっくり、ゆっくりと廊下を歩き始めた。
(水尾が……死刑……)
折角見えてきた希望の光が、真っ暗な闇に塗り替えられようとしていた。