【9話】 最後の忠告
「失礼しまーす」
適当な挨拶と共に、中井は職員室に入った。職員室には沢山のデスクが立ち並んでおり、それぞれのデスクでは、丁寧にスーツを着こなした男女がカタカタとパソコンを操作している。
彼らは外からの物資供給、授業、衛生班等を受け持つ『スーツ組』と呼ばれる人たちだ(中井が勝手にそう呼んでいるだけだが)。その生態は大人しく、仏頂面で警棒を振り回してくることはない。
権蔵のように、迷彩服を着た自衛隊のような男たちには呼称が無い。彼らの気性は荒く、すぐに警棒を振り回してくる。まあ、そういった気性の荒さを見せたのは現時点では権蔵しか居ないが、壁付近を徘徊している者たちも、きっと権蔵のように仏頂面で警棒を振り回してくるに違いない。
基本、迷彩服を着た男たちは常に壁付近を徘徊しているが、権蔵だけはずっと校内に居る。中井のようなムイに『指導』する要員として、であろう。
「おい、こっちだ中井清春」
職員室に足を踏み入れた瞬間、迷彩服を着た権蔵に呼ばれて、中井は職員室の応接間に向かった。応接間のソファーでは権蔵が相変わらず仏頂面で座っており、中井に向かい側のソファーに座れと顎を使って促した。
「何の用だよ、権蔵サン?」
中井は権蔵の向かい側のソファーにドスッと腰をかけた。
迷彩柄と、オレンジ色が、正面から向かい合う。
「話は単純だ」権蔵はしっかりと口を開いた。「もう、よせ」
権蔵の言っていることが解らず、中井は黙る他無かった。
「聞こえなかったのか? 自分の身が可愛ければ、もうよすんだ」
「は? あんた何言ってんの?」
「そのままの意味だ」
権蔵は無精ヒゲの生えた顎を擦ることで、独特な間を空けた。
「いいか? もう、野望を持つのはよすんだ。おまえの考えていることは分かっている。ここから出たいと思っているのだろ?」
「公言してることを『考えていることは分かっている』なんて偉そうに言われてもな」
中井は頭を掻きながら、権蔵から視線を逸らした。
「どのみちおまえの足掻きは全て無駄に終わる」
「勝手に言ってろ。悪いけど、それで止まるようなタマじゃねーよ。知ってんだろ?」
「……そうか……ならば仕方あるまい……」
言うと、権蔵は仏頂面のまま眉間にシワを寄せた。
(何だこいつ……。いつもと様子が……)
しばらくの間、スーツ組がカタカタとパソコンを操作する音が場を支配した。
「いいからもう、明日からは大人しくしろよ、中井清春」
権蔵は静かに立ち上がり、その流れのまま職員室から出ていった。