【5話】 あったはずの青春
「てか今日、四月四日なんだよな……」
そう、今日は四月四日。新しい生活が始まる日だ。
世界では、春だの新学期だの初恋だのと賑わっていることだろう。
しかし、中井は今日も上下にオレンジ色のジャージを着て、春とか新学期とか関係無く学校に幽閉されている。
中井は今年で十六才。それでも受ける授業は去年と同じで、中学程度で止まっている。
当初は高校レベルの授業にランクアップする予定があったらしいが、ムイだけのために高校レベルの勉学を教えられる教師に取っ替えるような手間、かけたくないのだらしい。
本来ならば、もっと難しい高校の問題を解かされて、友達と「わかんねー」とか言って騒いだり、抜き打ちテストに悲鳴を上げたり、居残り掃除に落胆したりしていたのだろう。
どの部活に入るか迷ったり、欲しいものを手に入れるためにバイトをしたり、甘酸っぱい恋をしたり……。他にも想像しただけでワクワクするようなイベントだったり怠そうな行事が、本来ならば中井を待ち構えていたのだろう。
しかし、誰もが当たり前のように迎える高校生活は、中井にとっては手の届かない『憧れ』となっている。
『ぼくのゆめは、けいさつかんになることです!』
そう、警察官になりたい。悪者を沢山逮捕する警察官になりたい。悪者から大勢の人を守りたい。幼い頃から正義感が強かった中井には、そんな夢があった。
しかしそれも、今では叶わない……。
「全部突然変異のせいだ、くそ……」
学校を囲う高い壁を見つめながら、中井は言った。ムイが持つ〝一騎当億〟と恐れられる異能の力を使えば、あんな壁なんて容易く破壊できるのだろうが。
「ウザいんだよ、これ……」
言いつつ、中井はジャージの袖を捲った。中井の両手首には、鍵穴の付いた翡翠色の腕輪がはめられている。艶のある翡翠の腕輪は、ムイの力を封印する特殊な材料でできているのだ。
サイズが完全にフィットしているため、ズラして位置を移動することさえできないようになっている。腕輪全体に、電子回路のような複雑な模様が張り巡らされていて、その上を白光が素早く辿っている。