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第9話


 大沼名物『大沼だんご』は、しょうゆとあん、しょうゆとごま、の二種類が売られてる。


 どちらも器は均等ではなく、しょうゆの方が多い作りだ。

 それぞれ大沼と小沼をあらわし、団子は湖上に浮かぶ小島をイメージしているらしい。


 賞味期限は作った当日まで。

 まったく日持ちがしないので、お土産には向かない。


 ので、店の外に置かれたテーブルとベンチでおやつタイムである。


「見事な論理展開で、いま食べることを正当化したにゃね」

「由梨花って昔からこうだよね。とにかく理屈が多いっていうか。素直に食べたいって言えばいいのに」

『ねー』


 さくらと美雪が声を揃えて身体を傾ける。


 うっさいうっさい。

 何のコントだよ。それは。


 きゃいきゃい騒いでいると、血色の良い小太りのおばちゃんが近づいてきた。


「あらあら。まあまあ。さくら姐さんじゃございませんか」

「ひさしぶりにゃ。元気そうでなによりにゃよ。さち」

「いえいえ。そんなそんな。貧乏暇なしでございますよ」


 わっはっはと笑う。

 なんか明るい感じの人だ。たぶん人じゃないんだろうけどね。

 さくらを姐さんって呼んでるし。


 ていうかさくらって、仙界で修行していた頃どういう立ち位置だったんだろうね。

 想像すると恐ろしいというか、笑えるというか。


「ふたりとも紹介するにゃ。ミントゥチのイナンクルワ。幸せの淵って意味にゃ。親しみを込めてさちって呼ぶと良いにゃ」


 互いを紹介してくれるさくら。

 イナンクルワの方がかっこよくね?


 それ以前の問題として、ミントゥチってなによ?


「あらあら。そうですねぇ。和人たちの知ってるあやかしでは、カッパが近いですかねえ」

「ダゴンじゃないかにゃ?」


 それぞれ勝手な解釈で解説してくれるイナンクルワとさくら。

 かえって意味不明だわ。

 そもそもダゴンがわからんよ。


「クトゥルフ神話で有名になったけど、もともと古代メソポタミアの豊穣神よ。豊漁の神でもあるわ」


 美雪が謎の引き出しから解説を加えてくれた。

 なんでそんなもん知ってんだよ。あんたは。


 こいつらみんなおかしいよ。それとも、私が神話とか伝承の知識がなさ過ぎるの?

 判ってくれとはいわないけど、そんなに私が悪いの?


 ともあれ、三人が口々に解説するのをつなぎ合わせると、ミントゥチってのはアイヌ伝承にある妖怪で、豊漁とか幸運とかを司るらしい。

 若者に化けて婿入りして、その家に富貴をもたらしたりもする。

 けど、機嫌を損ねると出て行ってしまい、とたんに家は没落しちゃうのだ。


「座敷童が一番近いかもね」


 結局、総括したのは私だった。

 幸運だけじゃなくて不運も司るってのは、ちょっと物騒ではあるけどね。


「じつはさち。スカウトにきたにゃ」

「おやおや。そしたら頑張らないといけないですねえ」


 え?

 そんな簡単に決めて良いの?

 軽すぎない?


 驚いて目を丸くする私に、イナンクルワが快活に笑う。


「いえいえ。あし(・・)はさくら姐さんの舎弟ですからね。こいと言われれば地獄でもお供しますよ」


 それは重いな!

 あんたらの関係って重いのか軽いのか。

 わけがわからないよ。


「べつに地獄じゃないにゃ。ゆりと一緒にやる銭湯を手伝って欲しいにゃ」

「あらあら。水に関わる仕事なら、安んじてお任せあれですよう」

「給料的な部分の交渉とかは……」


 思わず口を挟んじゃう。

 返ってきたのは笑いだった。

 あやかしがお金をもらってどうするのか、と。


 いやいや。あなた今だんご屋さんでアルバイトしてるじゃないですか。お金らないのに働いてるんですか?


「いえいえ。いやですねえ。これは暇つぶしですよう」


「暇つぶして……」

「うちも暇つぶしに働いてみてぇ」


 私と美雪の反応である。


 そりゃそうだよね。多くの人間は金を得るために働いている。

 売るものが自身の労働力しかないという悲しき労働者階級(プロレタリア)ってやつさ。


 働かずに食える身分だったら、誰がわざわざ他人様に頭を下げて働くというのか。


「ちょっと説明を要するにゃね。五年十年なら、そういう発想もでてくるにゃ」


 にふふふと笑うさくら。


 あやかしでも仙でもいいが、悠久の刻を生きる。

 ぼーっと無為に過ごすには永遠というのは長すぎるのだ。


 だから手慰みに人間に混じって働いたり、なかには悪さをしたりするあやかしもいる。


「あしも、ちょいちょいとここのご主人の記憶をいじりましてえ。まんまと従業員をやってたんですよう」


 押しかけ無料奉仕(ボランティア)である。

 ありがたいんだか迷惑なんだか、よくわからない。


 普通の顔をして働いてるけど、給料も支払われていないし従業員の名簿にも載っていない。

 けど、だれも不思議に思わない。

 いるのが当たり前に思ってしまう。


「認識阻害、という力にゃ。仙術の一種だけど、ファンタジー作品なんかでは定番の魔法にゃ」

「一応、『ねこの湯』では給料払うね。少ないけど」


 このへんはちゃんとしておきたい。

 あやかしにお金は必要かないもしれないけど、おやつ代なり服代なりにしてくれれば良いし。


 ともあれ、ミントゥチのイナンクルワも『ねこの湯』を手伝ってくれることになった。

 大沼から函館まで通う機動力はないとのことだったので住み込みである。

 部屋ならたくさん余っているので、まったく問題ない。


 ていうか、最盛期は七人家族が暮らしていた家に、私とさくらの二人暮らしでは広すぎて寂しいから、住んでくれるならありがたいくらいだ。


「ではでは。女将さん。これからよろしくお願いしますねえ」


 女将さんだって。

 なんかこそばゆいね。


「こちらこそよろしくね。さっちん」


 差し出された右手を、私はかたく握った。

 愛称で呼びながら。







 さて、イナンクルワが仲間になったとはいえ、まだまだ仲間は足りない。

 水回りは彼女がどーんと請け負ってくれたので問題ないが、薪風呂を任せられる人材が必要なのだ。


 廃材の調達は歳さんがやってくれるけど、それを適当な大きさに切ったりとか、定期的に釜にくべたりとか、かなりの重労働だ。

 もちろん私も手伝うけど、正直あんまり戦力にはならないだろう。


「あらあら。そういうことでしたら女将さん。このまま森に行ってみませんか?」


 軽自動車に乗り込みつつ、イナンクルワが提案してくれる。

 猫形態に戻ったさくらを膝に抱き、助手席から後部座席を振り返った。


「なんで森?」


 この場合の森とは、いわゆるフォレストという意味ではない。

 大沼のある七飯町(ななえちょう)のお隣、森町(もりまち)のことだ。


 (ちょう)ではなく(まち)と公称する、北海道唯一の自治体である。

 名称こそは変わってるけど、あいていにいってどこにでもある田舎町だ。大沼のような景勝地があるわけでもない。


 そんなところにいってどうするの、と、視線で問いかける。


「力持ちで火に詳しい御仁が、彼の地ならいるでしょうからねえ」


 にこにこイナンクルワ。

 いつも思うんだけどさ。あやかしとか仙って説明が足りないよ。


 十二個しか国のない世界に主人公を連れて行った麒麟(きりん)さんじゃねーんだから、ちゃんと判るように言って。

 あるいは、解説役のネズミさんを出してください。


「かわりにさくが解説するにゃ」


 私の膝の上で、さくらがぐーっと身体を伸ばす。

 こっちの姿なの方がやっぱり落ち着くんだろうね。

 かわいい。


 森町というのは、大地の力が集約している場所なんだそうだ。

 もちろん霊的な意味でね。

 だからこそ、縄文時代から人が住んでいたりもしたんだってさ。


「あー、たしかに地熱発電所とかあるよね」


 運転しながら美雪が頷く。

 北海道で唯一の地熱発電所は、森町は濁川(にごりかわ)地区にある。

 あれも大地の力?


「そんなもんじゃないにゃ。森には金鉱脈もあるし石油だって出るにゃよ」

『ほわっつ!?』


 思わず声を揃えちゃったよ。

 美雪と二人で。


 金と石油てあんた。この星における富の象徴じゃないですか。

 ゴールドラッシュにオイルダラーだ。


 よし。

 堀りに行こうぜ。


 石油王に、私はなる!


 

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