第6話
すぐに新居には向かわず、食事をすることにした。
新函館北斗駅に隣接するホテルで、ランチバイキングである。
私とさくらのためというより、美雪にごちそうするのが主目的だ。
函館と東京を往復するたびに車を出して送り迎えしてくれるんだもの。このくらいさせてもらわなかったら、こっちがいたたまれない。
「そういうとこ、みょーに義理堅いよね。ゆりっぺは」
「おい。その適当なニックネームをいつまで続けるつもりだ」
「じゃあ、ゆりかる」
「それはもっとやめろ」
私と同姓同名の元アイドルのマルチタレントがいて、その人の愛称だ。歳も微妙に近いせいで、昔は散々からかわれたんだよ。
「仕方ないから、由梨花って呼んでやるか」
「仕方なく呼ばれたんじゃ、私の本名も浮かばれないよ」
馬鹿な会話はちょっとした照れ隠しだったりする。
ちゃんと感謝を示すとか、ちゃんとそれを受け取るとか、すこし恥ずかしい。
親友なればこそ。
「仲良きことは美しき哉、にゃね。ゆりとみゆきは良いコンビにゃよ」
プリンを頬張りながらさくらが論評してくれる。
「違うよお。さくらたんをいれて、うちらはトリオじゃないかあ」
ひしっと抱きつき、ぷにぷにのほっぺに頬ずりする美雪。
迷惑なお姉さんだ。
「この姿もかわいいのにゃー」
「なんでみゆきまで猫語尾になってるにゃ。そのキャラ付けはいらないにゃ。さくとかぶるからやめるにゃ」
ぐいーっと美雪を押し戻し、またデザートに手を伸ばすさくら。
それはいいんだけど、聞き捨てならない言葉があった気がする。
「かぶるって、さくらもキャラ付けだったの?」
「当たり前だにゃ。さくはちゃんと日本語が話せるにゃよ」
でも、いちおう属性としては猫だし、アイデンティティとして猫語尾を使っているそうだ。
なるほど、わからん。
「つまりね。由梨花。私がこういう口調で話していたら、どう思う?」
うおう。
いきなり成熟した女性の声で喋るのはやめれ。
私も美雪も、一瞬固まっちゃったじゃないですか。
びっくりするわ。
「だからさくはこういうキャラなのにゃ。どっちかっていうと、猫的にはこっちのほうがラクにゃ」
ちゃんと話すこともできるけど、楽な方を選択しているということか。
「あと、こっちの方がかわいいにゃろ?」
にこっと笑ってみせる。
あざといな!
さすが猫又あざといな!
この笑顔だけで、私も美雪もメロメロだ。
美雪の軽自動車に乗り込むと、さくらはどろんと猫の姿に戻った。
人間状態というのは、大体十二時間くらいしか維持できないらしい。まあ、解けたらまた変化すれば良いだけなのだが、本来の姿ではないから多少のストレスがあるんだそうだ。
「変身中は継続的にマジックポイントが消費されてるっていえば、現代っ子にはわかりやすいかにゃ」
とは、さくらの解説である。
猫状態でいるときにはMPの消費はゼロ。人間状態になると毎時五ポイントくらいずつ消費する。
さくらは仙とはいえ一年生なので、二百ポイントくらいしかMPがない。
十二時間連続で人間状態でいると六十ポイントも消費してしまうのだ。
「で、ゲームみたいに寝たらMPは回復するってものじゃないにゃ。大気や水、食べ物なんかから少しずついただくのにゃ」
助手席に座る私の膝の上で、ふにふにと尻尾を振る。
これが二時間で一ポイントくらいずつ蓄積されていく。
青函トンネルに満ちていた霊気なんかも、さくらの栄養になったらしい。
「ちなみに、MPがゼロになったらどうなるの?」
「現世に干渉する力を失ってしまうにゃ。簡単にいうと仙界に帰るってことにゃね」
『うおぃっ!』
思わず叫んじゃう二十五歳コンビだった。
簡単にいっちゃだめじゃん。
あと、そういう事情だったら、MPは節約しないとだめじゃん。
人間に化けて飛行機のったり新幹線のったりしてる場合じゃないのよ。
「ゆーて、最大値は決まってるからにゃ。貯めておくことはできないにゃ。仙術なんてもんは、必要に応じて使うのがいいにゃ」
「ちゃんとゼロになっちゃわないように計算してね? マジでお願いよ?」
わりと心の底からお願いしておく。
もう一回さくらを失うなんて、想像しただけで耐えられない。
今度という今度は、私の心は壊れてしまうだろう。
「大丈夫にゃよ」
ぺろぺろと指先を舐めてくれる。
やがて車は国道五号線から産業道路へと入り、昭和タウンプラザを手前で右折して昭和一丁目界隈へと進入する。
そして桐花通を左折して、函館商業高校のほど近く。
私たちの新居となる銭湯『ねこの湯』がある。
祖父のやっていた『昭和湯』から、名前を変えたのだ。
外観を大きく作り替えるほどのお金はなかったからあんまり変わっていないが、内装はそこそここだわった。
猫のグッズを各所に配置したり、プラスチック桶に猫の顔の模様をプリントしたり、鏡に猫のシールを貼ったり、壁紙にも猫をアレンジしたり。
とにかく可愛らしさを演出した。
もちろん理由があって、まさに函館商業高校、通称『函商』が近くにあるからである。
ここの生徒たちを客として抱え込むことができれば、将来への展望となるんじゃないかって計算したのだ。
あ、ちなみにここの卒業生にロックバンド『GLAY』のボーカル、TERUさんがいる。
あとのメンバーは、函館稜北高校と函館大谷高校だったかな。
ともあれ、高校生が学校帰りに入浴するって感じにすれば、けっこういけるんじゃないかと思うんだよね。
「悪くないアイデアだと思うにゃ。けどネーミングセンスはゼロにゃね」
「なんだとう」
完成したばかりの看板を見上げ、私の腕の中からさくらが論評する。
センスゼロとはこれいかに。
「猫は水が嫌いにゃ。当然のようにお風呂だって嫌いにゃ」
「う。まあ、それはそうだけど」
犬は洗ってもらうのを好む子もいるけど、だいたいの猫はお風呂嫌いである。
さくらだって、かなり嫌がった。
短毛種だったからシャワータオルで拭いてあげるだけだったけど、それでもかなり抵抗した。
お風呂屋さんのイメージとして、風呂嫌いの猫というのいかがなものか。
それは判る。
判るけど。
「でも! 女子高生は猫が好きじゃん!」
私の反論だ。
可愛いものが大好きな女子高生たちが、猫に反応しないはずがあろうか。
いや、ない。
「その決めつけはおかしいにゃ」
反語まで作っちゃった私に、ぺいって肉球パンチをする。
きもちいい。
もっとー。
「世の中には猫が嫌いな人はいくらでもいるにゃ。当然、高校生の中にだってたくさん含まれてるにゃ」
「うん」
「うんて……」
「どのみち全員から好まれるなんてこと、あるわけないんだよ。さくら」
私は猫が好きだ。
とくにさくらが最高に好きだ。
でも、世の中のすべての人が猫好きなわけじゃない。
猫を虐待して殺すような輩だっている。
てめえら人間じゃねえ、叩き斬ってやる! って言いたいところだけど、それが人間というもの。
そっちの側に共感する人だっているんだ。
悲しいけどね。
「ねこの湯は、べつにそういう人たちにきて欲しいなんて思ってないんだ。猫嫌いな人は、違うお店にいけば良いと思うよ」
ようするに客の選別だ。
これをやっておかないと、どういう方針で運営するのかも曖昧になってしまう。
万民に好かれようとするあまり無難なものを作り上げちゃったら、誰からも興味すら持ってもらえなくなる。
どのみち普通の銭湯なんて、いまどき流行らない。
「どうせなら、思いっきりわがままにいこうと思ってね。いっそ、さくら湯でもいいかなと」
「さすがに自分の名前をつけられるのは、ちょっと恥ずかしいにゃ。でも、ちゃんと考えていたにゃね。ゆりえらいにゃ」
今度は腕の中からぐっと身体を伸ばして、頭をなでてくれた。
ありがたき幸せー。
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