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第5話


 そんなこんなで時間はあっという間に過ぎ、私とさくらは東京に別れを告げて北海道へと向かった。

 なんと新幹線で。

 

 飛行機を使えば一時間ちょっとなのに、わざわざ五時間もかけて。

 しかも料金だって二倍くらいなのに。

 

 でも、だってしょうがないじゃない。

 さくらが、「北海道新幹線に乗ってみたいにゃ」って言ったんだから。

 

 彼女が望むなら、お姉さん財布の紐を緩めちゃうぞー。

 大人一人と子供一人の料金くらい、どーんと任せなさいって。

 

 あ、猫のままじゃ座席には座れなくて手荷物としてケージに入れて床ってことになってしまうので、行きと同様に人間に変化している。

 小学一年生くらいの女の子に。

 

「さくの霊力じゃ、せいぜい膨らんでもこのくらいなのにゃ」

 

 とは、当のさくらさんの台詞である。

 ていうか膨らむって言うな。膨らむって。

 

 変化の術ってのは、どんな姿にでもなれるってほど便利なものじゃないらしい。おもに大きさ的に、さくらだと身長で百十五センチ弱、体重で二十キロくらいまでの大きさのもにしか変化できない。

 

 人間だと小学一年生女児の平均にやや届かないかって大きさだ。

 さすが猫又一年生である。

 関係ないけど。

 

 ちなみに獣の霊格としては最高位である九尾ともなれば、ドラゴンだろうが光の国からやってきた戦士だろうが、好きな大きさになれるらしい。

 

 そして神格にまでなると、地球の大きさなんか軽く超えちゃう。

 迦楼羅(カルラ)王ってう鳥の神様は、翼を広げると千三百四十四万キロもあるんだってさ。ようするに太陽から地球までの距離の十分の一くらいである。

 

 うん。ちょっと桁が違いすぎて想像もつかないね。

 神と仙ではそのくらい差がある。越えられない壁ってやつだ。

 

「さくは神格に昇る気はないにゃよ。神様になったらゆりのそばにいられないしにゃ」

 

 泣かせることを言ってくれるが、仙人だってほいほいと人間のそばにいられるものではない。

 今回は特例中の特例なのだ。

 

「ずっと一緒にいたいと思ったら、私も仙になるしかないのか」

「ゆりは修行にたえられるかにゃあ」

「いやいや。頑張るし」

杜子春(とししゅん)はだめだったしにゃ。人間が仙に昇るのはむつかしいにゃよ」

 

 芥川龍之介の短編小説であり、主人公の名前だ。

 仙人になろうとして、無理難題な試練を課せられ、最後の最後はクリアできなかったとかゆー話のはず。

 

「日本のはわりとソフトにアレンジされてるけどにゃ」

「けっこーハードだった記憶があるんだけど。子供の頃の記憶だから曖昧なんだけどね」

 

「りゅうのは両親が地獄の獄卒にいじめられているのを見て、主人公が声を出しちゃうにゃ。原典だとTSした主人公が産んだ子供を、夫が叩き殺したから声を出しちゃうにゃ」

「ハードさ変わらなくね?」

 

「まあ、どっちにしても、そのとき声を出さなかったら、主人公は師匠の仙人に殺されていたにゃ」

「どっちを選んでも不正解ってひどすぎない?」

「仙の修行って、そんなもんにゃよ」

 

 小学生くらいの女の子と、新幹線の車窓を流れる景色を眺めながら芥川談義。けっこうシュールな光景である。

 

 ようするに人間っていろいろ考えちゃうから、昇仙が難しいんだそうだ。

 正解のない問題を出すなんてひどい、なんて考え方が、そもそも仙には向いていないんだって。

 

 謎すぎるわ。

 試練ってタイトルつけたら、なんでも許されると思うなよ。

 

「さくらも苦労したの?」

「そりゃあ語るも涙、聞くも涙の苦労をしたにゃよ。お師匠の肩をもんだり、ご飯を作ったりから始めてにゃ」

「……おう」

 

 よし。その師匠とやらは後で必ずたたきのめそう。

 さくらに肩をもませるたぁ良い度胸だ。

 

 逆だろう。

 お猫様の身体をもんで差し上げるのが人間の義務だ。

 神は猫を作り、その世話をさせるために人間を作ったのである。

 

 コジキにもそう書いてる。

 きっと。

 

「ゆりは仙になるより、邪神化する方がむいてるにゃね」

 

 にゃふふ、と、さくらが笑った。

 邪神になってさくらと永遠に生きられるなら、冥府魔道など喜んで赴こうではないか。



 



 やがて新幹線は青函トンネルへと入る。

 車内のアナウンスが、トンネルの説明を始めた。

 

 全長は五十三・八五キロ。最初から新幹線が走れる規格で作られたらしい。

 なぜなら、北海道に新幹線をというのは一九六一年の着工以前からの夢であったから。

 

 幾度も挫折しかかり、昭和三大馬鹿査定と嘲られ、三十四名の殉職者を出しながらも、一九八八年、ついに一番列車の運行に漕ぎつけた。

 

 そして、それからさらに二十八年。

 二〇一六年三月、ついについに北海道新幹線が開業した。

 半世紀に渡る野心と執念が結実した瞬間である。

 

「すごい気が満ちているにゃ。海の底、地の底なのに」

「そういうものなの?」

 

 建設に携わった人々の思いだろうか。

 

「何が何でも完成させるんだって強い思いが満ちてるにゃ。それはある意味で英霊にゃよ」

 

 なにも戦死した人ばかりが英霊になるわけじゃない、と付け加える。

 たしかに言われてみれば、なにやら神聖なものを感じる。

 もちろん私には。そういうものを感じるとる力はないから、ただの気のせいかもしれないが。

 

「ようこそ。北の大地へ」

 

 二十五分ほどのトンネルの旅の終わりに、車掌はそうアナウンスした。

 新幹線というより観光列車みたいだが、この風情はけっこう好きだ。

 

 まあ私たちとっては、「ようこそ」ではなく「おかえりなさい」なんだけどね。

 

 東京での生活は終わった。

 新しい生活は函館で始まる。

 

 便利な都会を離れることに後悔はない、といえば、さすがに少し嘘になるだろう。東京には何でもあったから。

 

 田舎が都会に勝っている点、というのは、残念ながら存在しないのだ。

 そんなものがあるなら、若者が都会へと流れるはずがない。

 生活の便利さ、仕事の選択肢、医療や教育、情報や人間関係に至るまで、やはり田舎というのは不利なのである。

 

「車、買わないとね」

「さくはユーノスロードスターに乗りたいにゃ」

「なんでいきなりバブリー全開な車なの?」

「オープンカーかっこいいにゃ」

 

 おバカな会話を交わしているが、自動車がないとなんにもできないってのもその一つだ。

 東京じゃ、車なんてむしろ邪魔なだけだけどね。

 停めるところだってないし。

 

 でもまあ、さくらと暮らせるんだもん。

 東京なにするものぞ。

 

 さくらのいない東京と、さくらがいる函館。

 秤に乗せたら後者がどーんと沈んで、勢いよく飛ばされた前者は、哀れお空の星になってしまいましたとさ。

 

「微妙にゆりの愛が重いにゃ。ヤンデレにゃ」

 

 やれやれと肩をすくめる小学生だった。

 アメリカーンな仕草で。




 


 新函館北斗駅まで、美雪が迎えにきてくれた。

 函館駅へ向かう連絡列車はけっこうあるので、それを使っても良かったのだが、好意に甘えることにしたのである。

 

 まあ、函館駅まで迎えに行くのも新函館北斗駅まで迎えに行くのも、たいして変わらん。という美雪の言い分も正しかったりするしね。

 私が住むことになる昭和地区というのは函館駅からはけっこう離れているから。

 五稜郭駅からの方が全然近いし。

 

 あ、ちなみに五稜郭公園と五稜郭駅は、ものすげー離れてる。

 徒歩で行くのはちょっと無理ってくらい。

 むしろ、なんでその駅名にしたって感じだよね。

 

 函館ってそういう地名が、けっこうあったりするんだ。昭和と富岡と美原(みはら)も、戦国時代の勢力図かよって勢いで入り乱れてるし。

 

「ゆりっぺ。さくらたん。おちかれー」

 

 改札を出ると、美雪が手を振りながら近づいてくる。

 今日は変なボードは持ってないけど、その適当なニックネームはなんとかならんのか。

 

「でむかえご苦労なのにゃ」

 

 ふんす、と、さくらが胸を反らせた。

 ちょー尊大に。

 かわいい。

 

「へへー」

 

 と、片膝を突くようにして、美雪がさくらを抱きかかえる。

 

「東京楽しかった? さくらたん」

「汚れていてとろくさい病気が流行っていたにゃ。これからは函館が主役にゃ」

 

 元ネタ判りづらい!

 美雪きょとんとしちゃってるじゃん。

 

   

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