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第36話


「どうだった! 由梨花サン!」


 着替えを終え、居間でくつろいでいると麻姑がやってきた。

 時計は午後十時過ぎ。

 営業は終わったようだ。


「はい。これお土産。試写会でもらったやつ」


 生タイプのカップラーメンを渡す。


「まじ!? いまどきの映画ってこんなもんくれるの!?」


 受け取ったハイテンション仙女は大喜びだ。


「て、ちっがーう! デートがどうだったってきいてんのよ!」


 そして地団駄ダンスである。

 やめてよ。

 古い家なんだからさ。

 床が抜けたらどーすんのよ。


「悪くなかったかな。ちゃんとした約束はしてないけど、次には繋がった感じ」

「ほうほう」

「づぎは僕から誘って良いですかって言われたからね。社交辞令かもだけどさ」


 肩をすくめてみせる。

 大人になると、けっこー社交辞令ってのは使うようになる。


「今度、飲みに行きましょうねー」なんてのもそうだ。

 挨拶みたいなもので、本気にするような人はいない。ていうか、こういうのを本気にしちゃったら痛い目を見る。


「ドライだね! 由梨花サン!」

「大人ぶってるだけにゃ。この顔は、わりと期待している顔にゃ」


 ててて、と入ってきたさくらが余計なことを言った。

 うっさいうっさい。

 子供の頃から知られている関係ってのは、これだから。


「そうなの!? さくら!」

「中学時代に片思いしていたときもこうだったにゃ。私は大人なので過大な期待はいたしませんって態度を取るにゃ」

「めんどくさ!」


 ほっとけ。


「おら。いつまでも騒いでないで風呂に入っちまえ。もう釜の火おとしたから、冷めちまうぞ」


 ぬっと顔を出した祭に怒られた。

 相変わらず、顔も身体も煤だらけなドワーフである。

 もっとも過酷な労働をやらせて申し訳ない。


「番台で接客しろって言われるより、六百倍くらいましさ」


 私の表情を呼んだのか、ふんと笑う。


「だね! お金を扱うのは、あたしだって緊張するしね!」


 元気いっぱいに同意した麻姑が、自分の風呂道具を取り出した。

 肩をすくめ、私も倣う。


 ラクで仕方がないなんて部署はないのだ。

 これは他の仕事でも一緒で、給料が良くて余暇がたっぷりあって身体もラク、なんて職業ははない。


 給料が良ければ忙しいもんだし、楽な仕事はえてして薄給だ。

 まあ、逆方向に全部揃ってる仕事も多いしね。


 ただまあ、だれしも自分が一番苦労していると思っているから、他の業種をうらやましく思うだけなのである。

 隣の芝生は青く見えるってやつ。


 私の同級生でお医者さんと結婚した子がいるんだけど、旦那さんはものすごく忙しくて帰りはいっつも夜中だって言ってたよ。

 それどころか、帰ってこれない日だってあるんだってさ。


 だから三歳になる息子さんは父親の顔を憶えてなくて、家にくる男の人みんなにパパって呼びかけるって笑ってた。

 業者だろうと親戚だろうと。


 いや? それって笑い話なん?





 営業終了後にみんなでお風呂ってのは、『ねこの湯』スタッフのささやかな贅沢だ。


「にゃあぁぁ、このひとときのために生きてるにゃあぁぁ」

「しみていくー、仙薬がー、しみていくのぉぉぉ」


 仙薬風呂につかったさくらと麻姑が、のへへーと伸びきっている。

 私たち人間には判らないけど、ものすごく良いものらしい。


「あらあら、のぼせてしまいますわよお。姐さま」


 イナンクルワがさくらを回収して、洗い場に持っていく。


「もうちょっとつかっていたいにゃー」

「だめだめ。真っ赤になってるじゃないですかあ。白猫のくせにい」

「あれは毛皮にゃ。皮膚の色はピンクにゃ」


 よく判らない会話を横目に、私もふぃーっと手足を伸ばす。


「デート、上手くいって良かったじゃねえか」


 祭が横にやってきた。

 私と彼女は普通の薪風呂である。

 魔力だの霊力だのに、人間もドワーフもあんまり縁がないから、仙薬風呂にこだわる理由はない。


「上手くいったかどうかは判らないけどね」

「メシおごらせたんだろ? だったら大成功だろが」

「まつりんの価値観っていったい……」


 びっくりである。

 ごはんを食べさせてくれる人はみんな良い人か。


「いや。だってあんな眼鏡。メシを食わせてくれないんだったら、なんの価値があんだよ?」

「ひっど! 穏やかで優しくて良い人じゃん!」


「ドワーフ的には、そいつはちっとも美点じゃねえなあ」

「ちなみに、まつりんの好みって?」


「人間だったら、武田真治かな。最近なら」

「最近じゃないとしたら?」

「そりゃアーノルド・シュワルツェネッガーだべさ」


 さも当然のように答えてるけど、祭の選考基準が筋肉だって判ったよ。

 ごりごりのマッチョメンが好きなのだね。

 細い優男には興味なし、と。


「どわーふだもの。まつを」

「上手いこと言ったぜ、みたいなドヤ顔がはらたつー」


 いつもやられてる仕返しとばかりに、祭のおなかを触ってやる。

 うわっ! 固っ!

 がっちがちやん。

 どんな腹筋してんのよ。


「まつりんのおなか、しゅごい……」

「女将がぷにぷにすぎんだよ」


 触り返された。

 ぷにぷにと。


「ふ」


 そして勝ち誇ったような、あるいは敗者に向けるような笑みを浮かべやがった。

 くっそくっそ!


「あ、明日から腹筋するもん!」

「今夜からじゃないのかよ」

「明日から本気出す!」

「それ絶対出さない人の台詞じゃねえか」


 ひとしきり笑い合う。

 ちなみに腹筋を鍛えるなら、クランチやシットアップよりプランクの方が効果的なんだそうだ。


 なに言ってるかさっぱり判んなかったけど、やり方だけは教えてもらったよ。

 これなら寝る前に布団の上でできそう。


 腕立て伏せみたいな格好で肘を床につけて、そのまま三十秒キープするだけでしょ。

 よゆーよゆー。


「と、思っていた時期が私もありました……」


 べちゃっと突っ伏して、私は力なく呟いた。

 つらい。

 むちゃくちゃつらいじゃないか。これ。


「ラクだったらトレーニングにならないにゃ」


 キッチンタイマーを見ながらさくらが言った。

 あ、私とさくらは同じ部屋で暮らしてるよ。祭とイナンクルワはそれぞれ個室がある。

 麻姑は通いだね。自転車で。


 でも面倒だからそのうちここに住むって言ってた。

 ますます女子寮化が進んでいくねえ。


「はい。一分経ったにゃよ」

「うん……」

「うんでなくて、プランクを再開するにゃ」

「明日ね……」


 顔だけさくらに向けると、やれやれと肩をすくめていた。

 ち、ちゃうねん。

 いきなり気合い入れてやり過ぎたら、かえって身体壊しちゃうでしょ。

 まずは一回で身体を慣らしていくのだよ。


「ほんと、いつも理屈だけは立派だにゃ」


 呆れたように言って、ぴょんと私の背中に飛び乗る。

 それから、ふにふにと肉球で押してくれた。


「おお……極楽……」

「さくらの猫マッサージは、お師匠もお気に入りだったにゃ」

太上老君(たいじょうろうくん)……いつか倒す……」

「ゆりはなにを言ってるにゃ」


 少しの間ふざけ合った後、薄がけの布団にかける私と、その枕元で丸くなるさくら。

 いつもの就寝スタイルだ。

 夏とはいえ、北海道ではタオルケット一枚とかいう格好で寝たら風邪を引いてしまう。


「……実際、あの眼鏡はどうなのにゃ?」


 小さな声での確認だ。

 またお姉さん風を吹かせてる。

 修行期間を加算したとしても、私の方がお姉さんなんだぞ。


「デート一回じゃ判んないけどさ。なんだか中学生か高校生みたいに初々しい人だったよ」

「としみたいな遊び人よりはマシにゃ」

「あの人はモテモテだからねえ」


 歳さんはルックスが良いし会社の社長だし頼り甲斐もあるし、モテる要素が服を着て歩いてるようなもんだもん。

 そりゃ浮名くらい流してますよ。

 美雪を泣かせたら許さないけどね。


「第一関門はクリアってところかにゃ」

「そうね」


 恋愛だろうが友情だろうが、この第一関門が最も難しいのだ。

 すなわち、そりが合うかどうか、という部分である。

 まずその段階で努力を強いられるような関係なら、長続きするわけがない。


「ま、悪い眼鏡じゃなそうにゃ」

「眼鏡は悪くないでしょうよ。そりゃあ」


 くすりと笑い、私はさくらをひと撫でしてから目を閉じだ。


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