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第34話


『ねこの湯』の目玉商品はいくつもある。

 男性向けなら水蒸気を利用した湿式サウナ、女性向けならセレクトアメニティとメイクアップサービスということになるだろうか。


 そしてどっちのお客さんからも好評を博しているのは、薪風呂と仙薬風呂の二枚看板だ。

 後者は、とくに仙やあやかしが大絶賛だが、人間のお客さんからも評判が良い。

 なんかラクになった、というのだ。


 心を癒やす、という効果らしい。

 どんな人間でも、心にいろいろ抱えているし、小さな傷がいっぱいあるんだそうな。

 身体にできた切り傷や擦り傷みたいにね。


 それはいずれ消えていき傷跡すら残らないものもあるけど、なかにははっきりと傷が残っちゃうものも少なくない。

 それでも痛みはなくなっていく。


 でも、心に負った傷は目に見えないから厄介だ。

 治ってるんだか、まだじゅくじゅくと膿んでるんんだか、かさぶたになっているのかも判らないのである。

 仙薬風呂には、そういう傷の治りを早める効果があるらしい。


「あるいは、ストレスと戦う現代人に、最も必要なものかもにゃ」

「でも、私も入ったけどとくに何も感じなかったなあ。MPが回復したって実感もないし」

「そもそもゆりには、そこまではっきりとした傷がないにゃ。らくになったって思うのは、それだけ症状が重い人にゃ」


 私の膝の上で、さくらがふにふにとヒゲを動かす。

 そろそろずっと抱っこしているのがつらい季節になってきた。

 いくら北海道でも、夏はやっぱり暑いのである。


「あと、使ってもいないMPが回復するってのはおかしな話にゃ。ゆりはずっと最大値のままにゃよ」

「ちなみに私のMPってどのくらいあるの?」


「三くらいじゃないかにゃ?」

「ひっく!?」


 びっくりである。

 国民的コンピュータRPGに登場する最下級の攻撃魔法が、一発しか撃てない。


「そんなもんにゃ。ゆりは普通の人間にゃもの」


 魔法使いか魔女とか、日常的に魔力を消費するような人は徐々に器も大きくなっていくらしい。


「いまさら訊くのもアレなんだけどさ。魔法使いって実在するの?」

「もうだいぶ減ったにゃ。絶滅危惧種(レッドデータ)にゃ」


 もともと魔法とかオカルトが世界を支配していたんだって。

 それに対抗するために科学が生まれたんだそうだ。


 魔法みたいに個人の力量によって結果が左右される力ではなく、誰がやっても同じ結果が出るものが、法則として尊ばれるようになっていったんだって。


 百メートルを走るのに十秒しかかからない人がいる一方で、三十秒以上もかかる人がいる。

 でも自動車なら、同じ力でアクセルを踏み込めば、誰でも同じだけのスピードを出すことができる。


 攻撃魔法を使える人もいれば使えない人もいる。

 でもピストルなら、引き金さえ引けば誰が撃っても弾が出る。


 誰が実験しても、いつ実験しても、どこで実験しても、同じ結果が出るのが真理。

 それ以外はインチキ。


「そうやって、オカルトは駆逐されていったにゃ」

「なんか微妙に納得いかない感じ」

「ゆりは世界を知ったからにゃ。ぶっちゃけ人間が科学を信じるのも、ただの信仰にゃよ」


 肩をすくめてみせる仙狸だ。

 人間の言葉を話し、さまざまな仙術を操る猫を、残念ながら科学は立証できない。


「さくたち仙は、人間が科学を信仰しようとオカルトを否定しようと、べつに知ったこっちゃないんだけどにゃ」

「そういうもんなの?」


 もっと強く否定するかと思った。

 でも、西王母や麻姑だって、べつに人間に悪意は持ってなかったな。

 あやかしたちも同様だ。

 なんでだろ。


「さくたちは自然の代弁者とかじゃないにゃよ。人間が悪逆無道の限りを尽くして滅び去ったとしたら、地球はゆっくりと自分の身体を再生させるにゃ。それに一億年かかったとしても、星の生命活動からしたら一瞬にゃ。一夜の夢にすらならないにゃ。そもそもタイムスケールが違うのにゃん」


 長台詞のあと、番台に置かれた水を舐めるさくら。


 やべえ。

 猫に、なんか宇宙規模の話をされてしまった。




 午後八時すぎ。

 井垣さんがふらりと店にやってきた。


「こんばんわ。井垣さん。こんどデートしません?」

「ふぁっつ!?」


 私が差し出した招待券を見て、奇声とともにキョロキョロする。

 すごく不審者っぽい。


「ぼ、僕にいってます!?」

「あなた以外の井垣という人物を、私は知りませんけど?」


 ちゃんと名前を呼んでるのにこの対応か。

 脈なしくさいね。


「奈津から試写会の招待券をもらったんで、良かったら一緒にって思ってんですけど」

「……あいつ……きょう『ねこの湯』に行けば良いことあるって……こういうことか……」


 私の話を聞いているのかいないのか、なにやらあさっての方向を見ながら小声でぶつぶつ言ってる。

 ダメだこりゃ。


「無理そうなら他を当たりますんで」

「いきます!」


 ぎゅりんって勢いでこっちを向いて、かぶせ気味に迫ってきた。

 こわい。

 さくらもびくってなっちゃったよ。


「あー……べつに無理矢理つきあわせる気はないんで……」

「いいえ! いかせていただきます!!」


 すごい気合いだ。

 まあ、一緒に行くならそれでいいさ。


 なんともかんとも、その後の発展はなさそうな雰囲気だけどね。

 詳しくは後ほど連絡を取り合う約束をして、井垣さんが脱衣所に消えていく。

 ふらふらしながら。


「背中がすすけてる感じ? 無理させちゃったかな?」

「なるほどにゃ」


 訳知り顔でさくらが頷いた。


「なにさ?」

「物事というのは、見る人によってまったく見え方が異なる、というのを実体験したにゃ。これは勉強になるにゃ」


 ぴくぴくと耳を動かす。

 謎すぎる。

 なに言ってんだ? こいつ。





 高校生くらいのデートならどこかで待ち合わせて出かける、ということになるだろう。

 しかし、井垣さんも私も社会人のためそういう初々しさとは無縁である。

 ごく普通に、彼が私の家まで車で迎えにきた。


 独身男性の車に乗る、というのはけっこう勇気の必要な行為だが、お互いに社会的な地位があるので、そうそうおかしなことにはならない。

 というより、函館くらいの都市で車を使わないでデートしようと思ったら、けっこう大変である。


 路面電車とかもある異国情緒あふれる街だけどさ。

 交通の便が良いとはいえないんだわ。


 高校時代とか、よく私、普通にデートしてたよなー。


 ちなみに函館の映画館は二つで、今日訪れる方はちゃんと無料駐車場が完備されている。

 昔は、もっとたくさんの映画館があったらしいけどね。


 どんどんなくなっていくのは、やっぱり時代かな。

 切ない話ではあるけど、私だって映画館が存続するための努力をまったくしてこなかった一人だ。


 足を運ばないもん。

 見たい映画があっても、DVDが発売になるのを待ってたりしてね。

 だから、嘆くような資格はあんまりなかったりする。


「それじゃ行ってきます。あとお願いね。さくら、麻姑」


 番台に座る仙コンビに声をかけておく。

 麻姑が加入して人員的に余裕ができたため、交代で休みを取ることができるようなった。


 といっても、祭もイナンクルワも定休日以外の休みを取ってくれないんだけどね。

 もっぱら私のピンチヒッターを麻姑が務めてる、という印象が強いかもしれない。


「楽しんでおいで!」


 ハイテンションに見送ってくれる仙女。すでに開店しているためさくらは声を出さず、にゃあと鳴いたのみである。

 これはこれで可愛い。


 外に出れば、駐車場にありふれた国産コンパクトカーをとめた井垣さんが手を振っている。

 なんかちょっとおしゃれしてる感じだ。


 あららら。

 私も、もう少し気合いを入れるべきだった?

 イナンクルワにデートメイクをしてもらうとか。

 


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