第31話
「かんぱーい」
掲げたコップを軽くぶつけ合う。
住居の方に移動しての。〆の一杯である。
『ねこの湯』の方もじきに閉店するので、美雪たちもおっつけやってくるだろう。
もともとは近所の居酒屋にでもって、歳さんは計画を立てていたんだけど、正直なところもう食べられません。
西王母と歳さんは、まだまだいけそうだけどね。
それにまあ、あんまり飲んでしまうと仕事の話ができなくなるし。
「ゆり。本当に話を聴くにゃ? 回の話術に丸め込まれるにゃよ?」
「さくらは失礼じゃのう。妾は嘘などつかぬぞ」
「嘘は吐かないにゃ。けど事実のすべても語らないにゃ。訊かれていないことにも答えないにゃ」
猫状態に戻ったさくらが、なんかパンチングポーズで威嚇してる。
かわいい。
判ってる。うまい話ってのは、プラスの面しか見せないからうまい話に見えるんだ。
物事には必ずマイナス面がある。
そのつもりで話を聴かないとね。
「それでは楊さん。条件とは?」
「じつはかまえるほどのものではない。すでに『ねこの湯』ではやってることじゃな」
「というと?」
「あやかしたちも、湯に入れてやってほしいのじゃ」
「ああ、なるほど」
それならべつに問題ない。
「ゆり。騙されかけてるにゃ。『ねこの湯』で受け入れてるのは、人に化けられるあやかしだけにゃよ」
頷きかけた私は、さくらの言葉にはっとする。
やっべー。
この女神さま、一瞬も油断できないな。
「たとえばスライムみたいなのとか無理ですよ? お湯が汚れちゃいますし」
あやかしには、汚れとかを象徴するようなのもいたはず。
差別をするつもりはないけど、さすがにね。
それ以前の問題として、あきらかに人外と判るものが入ってきたら大パニックですよ。
人間に化けられるというのは最低条件だ。
あやかしを人間以上に優遇する、ということはない。
「その条件で問題ないぞ」
西王母が譲った。
ここは踏み込めないな、と見極めたようだ。
ぎりっきりの条件闘争に、頭がくらくらしそう。
ビール、一口しか飲まないで助かった。
もし酔ってたら、どんな風に丸め込まれたんたか。
ぐっとおなかに力を入れる。
さくらが一緒に戦ってくれるんだ。無様な姿は見せられないぞ。
「人間に化けられるあやかしなら、正規の料金で入店できます。ただまあ、迷惑行為をしてはいけないとか、そういうのは人間と同じ扱いですけどね」
「うむ」
これまで通りだ。
「では、妾からもうひとつ。仙が遊びにくるのも認めて欲しい」
「まじで!?」
さくらが素っ頓狂な声をあげた。
おーい。
言葉言葉ー。
「良い湯だったのでな。仙界でも宣伝したいのじゃよ」
破顔一笑する西王母。
あーなるほど。こっちがほんとの条件か。
気に入ってくれたんだね。
だから、今回みたいなお忍びじゃなくて、堂々とこれるようにしたい、と。
「良いでしょう。その条件、乗りました」
に、と私は笑う。
「ゆり!?」
ぎゅん、て、さくらがこっちを見た。
忙しいね。
大丈夫と視線で語りかけてから、西王母を見る。
「仙でもあやかしでも、いっそ神さまでも変わりませんよ。楊さん。ちゃんと料金を払い、『ねこの湯』のルールを守ってお風呂を楽しんでもらっている限り、大切なお客さんとして扱います」
「さすがじゃの。由梨花。その胆力、さくらが見込んだだけのことはあるのう」
差し出された右手を握りかえす。
条件面での合意に至った。
「さくもびっくりにゃよ……心臓に悪いにゃ……」
でろーんって床に伸びちゃった。
長い。
かわいい。
条件が合意に至れば、次は技術面の話である。
いくら仙薬を融通してもらえるっていっても、男女の浴槽全体を薬湯にしちゃうのは無理というものだ。
「ま、副浴槽を作るのが良いだろうね」
営業が終わったため、どやどやっと戻ってきたスタッフのひとり、祭があっさりと言った。
いま『ねこの湯』には湯船が二つしかない。男女一つずつ。
三十人くらいはいっべんに入れるでっけーやつだ。
「これを、こうやって仕切りを作る」
テーブルの上のコップやおつまみを移動させてチラシを置き、そこに見取り図っぽいものを描いてみせるドワーフ娘。
ささっと描いただけなのにわかりやすい。
五分の一ていどの大きさの副浴槽というわけだ。その分もともとの主浴槽が狭くなってしまうが、そこは仕方ないことだろう。
洗い場を犠牲にして新しい湯船を作るというのも、あんまり現実的じゃない。
資金的にもね。
「どうせなら、主と副で温度変えたいけどな」
ほら、すぐに凝ろうとする人がいるし。
「おいくら万円くらいかかるの? まつりん」
「一万もあればできるんじゃね? 仕切って両方にお湯が入るようにするだけだし」
安い。
時間も、定休日にぱぱっとできちゃう感じだってさ。
さすがドワーフ。
さすどわ。
「この大きさの湯船であれば、仙薬の量もかわいらしいものじゃな」
一回服用分の仙薬で男女両方の副浴槽に充分な効果を生き渡せることができるようだ。
まあ、それでも買ったら八十万円もするんだけどね。
これを毎日、仙界から届けてくれるらしい。
神様は太っ腹だ。
「ねえ? それって人間が入って大丈夫なもんなの?」
ふと心づいたように美雪が訊ねる。
考えてなかったけど、ものすごい大事なことだよね。
仙やあやかしにとっては薬でも、人間にとっては毒って可能性もあるんだ。
「あらあら。がぶ飲みしたらどんな薬だってどくですよう。美雪お嬢さん」
答えたのはイナンクルワである。
ドリンク剤を飲み過ぎて倒れちゃう、みたいなたとえなんだろうか。
「入ってもマジックポイントが回復するだけにゃ。人間でも仙でも変わらないにゃよ」
絨毯の上でゴロゴロしながら、さくらが解説してくれる。
人間にもマジックポイント的なものはあるらしいよ。
ただ、仙術を使う人間なんていないから、だからどうしたって話なんだけどね。
「いるにゃよ。すこしは」
「魔法少女とか、シン○ォギア奏者とか言わないでね?」
「そのへんはさすがにフィクションだけどにゃ。魔女や魔法使いは大昔から存在してるにゃ。彼らの使う魔法は、仙術と同じようにマジックポイントを消費するにゃよ」
ふにふにとヒゲを動かすさくら。
なんだかゲームみたいな話だけど、これはようするに私や美雪にわかりやすくするためなんだろう。
霊力だろうと魔力だろうと、数値化できる類のもんじゃないだろうしね。
「ともあれ、害がないならいいけどさ」
「だね。美雪、気づいてくれてありがとう」
「良いってことよ。お前さん」
「けどMP回復しか効果がないなら、浴槽を分ける名目をどうしようか」
むうと考え込む。
工事はお休みの日にやってしまえるらしいから問題ない。
ただ、なんで分けたのって訊かれたときに、まさかマジックポイントが回復するお風呂なんですよーなんて言えるわけもないのである。
頭おかしくなったと思われちゃう。
「しかとはなんじゃ。しかとは」
西王母が憤慨した。ぷんすかと。
めんどくさい人だ
「そもそも仙湯の効果が霊力の回復、という解釈がおかしいのじゃ。汝、じつは仙湯につかったことがないな? さくら」
「うぐ……だって高いにゃ……」
さくらたんたじたじである。
かわいい。
「違うんですか? 楊さん」
「仙湯は心を癒やすのじゃよ。由梨花や。霊力が回復するのは副次的な効果にすぎぬのじゃ」
「心を癒やす?」
うーむ。
どうもいまいちピンとこないな。
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