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第30話


「これはぁ……いいのぉ……」


 下顎までお湯につかり、頭にタオルを乗せた西王母がほへぇぇと呟いた。

 薪風呂、気に入っていただけたようで幸いです。


「もともと霊泉の位置にある『ねこの湯』に、木の精霊力をプラスする薪風呂にゃ。しかも薪を燃やすのはミスリル銀製の釜にゃ」


 その横に立ったさくらが解説している。

 身長的に座っちゃうと頭のてっぺんまで潜ってしまうことになるのだ。

 マナー違反以前に、溺れちゃう。


『ねこの湯』の湯船はけっこう深いんですわ。

 小さなお子さんを入れるときには、抱いてあげてください。


「すばらしいのぉ……麻姑が気に入るわけじゃ……」


 聴いているのかいないのか、セクシーなお姉さんがゆらゆら揺れている。


「楊さん。寝ないでくださいよ」


 注意喚起しておいた。


「わ、判っておる」


 はっと目を開ける。

 うん。

 じつは寝そうになってたね?


「次はサウナにいくにゃ」


 西王母の手を引き、ざぶざぶとお湯をかき分けてさくらが進む。

 猫のときはあんなに水が嫌いだったのにねえ。


「いまだって得意なわけじゃないにゃ。水が怖いって気持ちと仙湯につかりたいって気持ちがせめぎ合ってるにゃ」


 複雑だ。

 深く憎み、同時に深く愛しているのだね。


 男湯のサウナはベンチにびっしり人が座ってるって、定期的に軽く清掃するイナンクルワが言ってたけど、女湯の方はけっこうがらがらだ。

 最近ではサウナを愛す女性も増えてきたらしいけどね。


「これは、まさに霊力を浴びている感じじゃのう」

「湿式サウナっていうにゃ。湿度百パーセント。精霊力の純度も百パーセントにゃ」


 道南スギで設えたベンチに腰掛け、もうもうと立ちこめる蒸気を全身に浴びる。

 室内温度は五十度ほどなので、地獄のような暑さというわけではない。

 もちろん暑いけどね。


 じんわりと噴き出す汗と、肌に染みてくるなんとも心地良く湿った空気。

 毒素が出て行き、精霊力とやらが入ってくるのが判る。

 霊感なんかない私にもね。


「さくらが考えたのかや?」

「考えたのはゆりにゃ。でも、こんな効果が出たのは偶然の産物にゃ」


 両手を広げてみせるさくら。

 ミスリルの釜で火を焚いて水を沸かそう、なんて考えたバカは古今東西いなかったらしい。


 だから、どんな効果が出るかなんて誰も知らなかった。

 結果がこれである。

 仙やあやかしだけでなく、人間にも健康効果ばっちりだ。


 湯船もサウナも。

 じっさい、通ってくれるお婆ちゃんたちも、体調が良くなったって言ってくれるしね。


「しかし惜しいのう。ここを仙湯と称するには、足りないものがある」


 うーむと西王母が腕を組む。

 べつに仙湯なんて自称してないけどね。


「それはなんにゃ?」

「薬湯じゃよ。仙薬風呂。これがないのに仙湯とはいわんじゃろう?」

「あー、たしかににゃ」


 セクシーお姉さんと小学生が納得し合ってる。

 仙薬とはなんぞや?


「簡単にいうと、マジックポイントを回復するための薬にゃ。仙術を使うと消費するから、仙にはそういうのが必要にゃ」


 首をかしげる私に説明してくれる。

 とんでもないことを。


 ばっかさくら。

 ばっかさくら。

 そういうのがあるなら先に言ってよ。


 さくらが仙術を使うたび、MP切れで仙界に帰ることになったらどうしようって、こっちは気が気じゃなかったんだよ?


「よし。薬湯とやらを作ろう」

「決断が早いのう。とても人間の小娘とは思えぬわ」


 ぐぐっと拳を握ったら、なぜか笑われた。


「そう簡単な話じゃないにゃ。ゆり」


 ふうと息を吐くさくらだった。





 あんまり長湯してもなんなんで、一時間ほどで入浴を終えた私たちはロビーでくつろいでいた。

 風呂上がりのドリンクは山川牧場の特濃牛乳である。


 うーん。濃い!


 で、さっきからあふんあふん聞こえてる声は、マッサージチェアに座った西王母のものだ。

 つい先日、最新のやつを導入したのである。


 腰、肩、背中だけでなく、腕や足まで揉んでくれるという優れものだ。

 一回五分ほどで百円なので、ご来店の際にはぜひ!


 でも、変な声は出さないでね。

 いくら気持ちよくても。


「で、なんで簡単な話じゃないの?」


 番台に座っている美雪に愛用のメモ帳を出してもらい、さくらに正対する。


「仙薬は高いにゃ」

「おうふ……」


 簡にして要を得た答えだった。

 もともとものすごく希少な薬で、さくらみたいな下級の仙がほいほいと手に入れられるものではないんだそうだ。

 なんてこったい。


「日本円でいうと、一回服用分で八十万円くらいにゃ。保険はきかないにゃ」

「たっか! ぼったくりじゃない」

「だから仙界でも、お湯に溶かして身体をつけるって方法をとってるにゃ。ようするにこれが仙湯にゃ」


 飲めば一人分でも、お風呂みたいにつかれば何人もが入れる。

 もちろん効果は下がるけど。


 飲んだらマジックポイントが全回復するとすれば、入った場合には一割ていどの回復らしい。

 それでもたいしたものである。


 さくらのマジックポイントは二百くらいだって前に聴いた。それはもちろん厳密なものじゃなくて、私や美雪にわかりやすくしただけなんだろうけが、一割回復なら二十ポイントだ。


 これはけっこう大きい。

 人間状態になってる四時間分ってことだから。


 いまよりずっと手軽に変化できるし、いろんな場所に一緒に出かけられるってことである。

 欲しい。

 仙薬。


「でも八十万か……」


 指を組む。

 簡単に捻出できる金額じゃない。


「仙界では、料金に上乗せする形で提供してるにゃ」


 料金といっても、もちろんお金ってことではなく、素材だったり霊力そのものだったりするんだそうだ。

 ようするに仙湯を営むのは、仙薬を作れる人ってことかあ。


 難しい。

 人間の私にそんなもん作れないから、たとえばさくらなり西王母なりに頼んで仕入れないといけないわけだ。お金を払ってね。

 一回八十万円の。


 でも入浴料はこれ以上値上げできない。

 銭湯の料金って自治体ごとに上限が決まっているから。

 北海道の場合は四百五十円。

 これを超えることはできないのだ。


 すると、いまの料金の中から八十万円の仙薬代を捻出しないといけないわけで、何人のお客さんが入ればペイできるかって話になる。

 現実を見れば不可能だ。


『ねこの湯』の売り上げは、月二百五十万円くらいなのだから。

 ここから人件費、設備の維持費、歳さんへの借金返済、減価償却分なんかを出さないといけない。

 その上で八十万の買い物というのは、残念ながら無理である。


「だめかぁ……」

「こればっかりは仕方ないにゃよ」

「せちがらい世の中だぜ……」

「昭和かれすすきにゃ」

「それは、ちよっとネタがわからないかなあ」


 貧乏がつらいってより、そもそも庶民に手が出るようなもんじゃなかったぜ。

 諦めるしかないか。


「そう悲観したものでもないぞ。由梨花や」


 マッサージを終え、牛乳瓶を片手に西王母が近づいてきた。

 これで浴衣でも着ていたら温泉宿って風情だけど、うちはただの銭湯なので、ふつうに私服姿である。


 ていうか、化粧落としたのに美人だねー。

 さすが女神さま。


「仙薬は手が出ませんって。楊さん」

「妾が融通してやっても良い。ただし、無条件ではないがの」


 にこっと笑ってみせる。

 裏なんかなーんにもないよって心から信じられるような、女神の微笑だ。


「ゆり。耳を貸しちゃダメにゃ。悪魔の誘惑にゃ」


 さくらが間に割って入る。

 うん。

 この手の笑みは信用しちゃいけないってのは、たいして長くもない人生から学んでいるよ。


 けど、


「まずは、その条件を伺いましょうか」


 私は唇をゆがめた。

 受けて立ってやろう。

 さあ、どういう条件を出してくる? 仙女を統べるものよ。

 


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