第29話
鹿部の間欠泉公園では、黒ごまのソフトクリームを食べた。
森町は砂原地区の道の駅『つどーる・プラザ・さわら』では、ブルーベリーのソフトクリームを食べた。
どんだけソフトクリームが好きなんだ。この仙女さまは。
「ソフトクリームは良いのう。人間たちが生み出した文化の極みといえるじゃろうな」
「誰の台詞パクってんですか」
びっくりである。
しかも、そこまでたいしたもんじゃない。
他にも美味しいものはたくさんある。
「あんまり食べ過ぎると、晩ご飯が入らなくなりますよ?」
「甘いものは別腹じゃよ」
「じゃあ、予定にはありませんでしたが、『はこだてワイン』に寄りますか? ワインソフト売ってるんで」
「おお、由梨花。汝も少しは判ってきたのう」
西王母さま大歓喜。
おなかを壊しても知らないぞ。
「そんなわけで歳さん。晩ご飯の後、新道には入らずに五号線でお願いします」
「了解だ。由梨花ちゃん」
けっこう良い時間になってきた。
『ねこの湯』に到着するころには、日もとっぷり暮れているだろう。
ご当地ファーストフードで、私とさくらは人気ナンバーワンを謳われているチキンバーガーを食べた。
けっこうなボリュームで、かなり満腹になったよ。
美味しかった。
そして懐かしかった。
私にとっては、高校卒業以来のじつに七年ぶりだもん。
なんだか今更ながら、函館に帰ってきた! って感じ。
ハンバーガーがソウルフードってのも、ちょっとあれなんだけどね。
あと、函館とその周辺にしか展開してないコンビニチェーンの『やきとり弁当』ね。
コンビニなのに、店内で焼き鳥焼いてんのよ。
居酒屋か!
近くを通っただけで良い香りがしてなー。
たまらんのですわ。
そして私は塩派だ。味付けのことね。高校時代は塩派とタレ派が不毛な戦を繰り広げたものじゃよ。
「それはそれで食してみたいのう」
満足の吐息をつきながら、西王母がのたまった。
まだ食うのかよ。あんた。
彼女が夕食に選んだのは、函館山の名前を冠した巨大なハンバーガーだった。いや、ハンバーガーって呼び名でいいのかな? これ。
まさにタワーだったもん。
とんかつやらチキンやらミートパテやらトマトやら目玉焼きやらレタスやらのタワー。
運ばれてきたとき、とりあえずみんなで爆笑しながら写真を撮った。
これを食べ切っちゃうって、西王母は健啖家である。
ちなみに歳さんが食べたのはダブルかつ丼だった。
前に言った、お相撲さんの巨大杯みたいな器に入ったかつ丼ね。
想像していたよりずっと大きくて笑っちゃった。
なんか、二人に比べると私の食が細いみたいに思えちゃうから不思議だよ。
その後はワインソフトを食べ、西王母がどーしてもって言うから『やきとり弁当』を購入して『ねこの湯』に向かった。
びっくりだよ。
ワインソフトを食べてるときに「さっき通ったコンビニで、その弁当が売ってるかのう」とか言うんだもん。
匂いで判ったらしい。
本気でどんだけ食べるねん。
食い倒れ道中か?
まあ、戻るといっても三分もかからない距離だし、たいした手間ではないんだけどね。
注文してから焼くんで、ちょっと待たされるけど。
焼き鳥を焼いてる姿を、コンビニ店内をうろうろしながら興味津々で眺める女神、という頭のおかしい構図が拝めたよ。
「で、これがお土産の新幹線クッキー」
立ち寄った鹿部とも森とも七飯とも、まったく関係ないお土産を美雪に渡す。
もちろんちょっとしたジョークである。
函館市民の彼女が周辺都市の特産品なんぞもらっても仕方がない。ていうか普通にその辺のスーパーで買えるのだ。
だから、あからさまに観光っぽいものをセレクトしてみた。
北海道新幹線『はやぶさ』をデフォルメした形の箱に入ったクッキーだ。
「お疲れちゃん。こっちは今日も忙しかったよ」
苦笑しながら受け取った番台の美雪は、作務衣姿である。
一日だけのピンチヒッターだが、イナンクルワの制服を借りたらしい。
どうせ私のじゃ丈も胸回りも足りませんよーだ。
「苦労をかけるねえ」
「おっかさん。それは言わない約束よ」
馬鹿な会話をしつつ美雪に手を振り、西王母にタオルと小瓶を渡す。
あったりまえだけど仙界からきた女神が日本円なんか持ってるわけがないので、本日の会計はすべて私の懐から出ている。
小さくない出費だけど仕方ない。
おもてなしのこころー。
あ、歳さんの分も私が払わせてもらってるよ。車を出してくれてるんだもん、せめてこのくらいはさせてもらわないと。
「これがセレクトアメニティとやらか。ドワーフの細工じゃの」
「わかりますか」
「妾の知る職人の作ではないようじゃが、細工の見事さは共通じゃでな」
にまにま笑いながら、ためつすがめつ眺めている。
細工物、好きなんだなあ
「そこに小瓶を入れて、まずは好きなシャンプーを選んでください」
「なるほどの。商品の説明書きを見ると、悩んでしまうのう」
うーむと読み比べながら、西王母が選んだのは舞鶴女史の会社のものだった。
海外のセレブの間でも、少しずつ人気が高まってきているという新製品らしいよ。
「ボディソープはこれにしようかの」
「柿渋て。しっぶいチョイスですねぇ」
「加齢臭が気になるのじゃよ」
「うそつけ」
さっきから良い匂いしかしないよ。女神さま。
そもそも、その身体って今日のために用意した、みたいなこと言ってなかった?
「由梨花は選ばぬのか?」
「これはお客さん用ですもん。私やさくらは自前の入浴セットです」
近所のドラッグストアで買った量販品ね。
そんなもんです。
高級食材を扱ってるレストランのシェフだって、普段の食事は庶民的な料理なのと同じ。商品に手をつけるわけにはいかないからね。
余ったものや廃棄するものでもないかぎり。
アメニティを選んだ西王母と一緒に脱衣所へ。
あ、歳さんは一緒じゃないよ。さすがにね。
あの人はあの人で男湯に行きました。
いつもセレクトアメニティはやらず、レンタルタオルだけなんで早い早い。
「これが日本の銭湯とやらか」
きらっきら目を輝かせる女神さま。
楽しそうでなにより。
手近なカゴを取って服を脱ぎ始める。
きちんとたたんで中に入れ、それを隠すようにバスタオルを置いた。
そして女性客へのサービス品である黒ゴムで長い髪をまとめる。
マナー的なものは、麻姑からレクチャーを受けたらしい。
完璧だ。
でも、さすがに前くらい隠しなされ。
見せびらかすもんでもないんだからさ。
「この霊気は、麻姑の話以上じゃのう」
浴室に入った瞬間、西王母が目を細めた。
あ、なんかそそくさとあがっていくお客さんもいる。たぶんあやかしだ。
神仙のトップがきたら、さすがに居づらいかー。
申し訳ありません。
今日だけのことなんで。
「あやかしたちもきているのだな」
くすりと笑う。
「まあ、拒否する理由もありませんから」
「森の中の泉と同じじゃな。草食の獣も肉食の獣も、相争うことなく水を飲みにくる」
「なるほど」
言い得て妙なたとえではある。
岩塩が出ている場所もそうだっていうね。
熊でも鹿でも舐めにくる。独占しようと争ったりしない。
そういうことをするのは人間だけなんだってさ。
ま、だからこそ人間はこの星の覇者になれたんだろうね。
自分が一番でありたいっていう向上心は、たしかに争いが生まれる苗床だけれど、文明を進歩させる原動力でもあるから。
「というわけじゃ。皆の衆。仲良くしようぞ」
突然の宣言に人間たちはきょとーんだけど、あきらかに安堵の息を漏らしたものもいる。
そして浴室の雰囲気も、少し穏やかなものになった。
「かといって、悪さをしたら許さないけどにゃ」
腰に手を当て、ふんすと胸を反らす小学生仙狸である。
ビクッとするお客さんが何人か。
ていうかあんたら、オールヌードでなにやってんのよ。
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