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第28話


 その人は、三十代の前半くらいに見える色っぽい女性だった。

 そして色っぽいだけでなく、すごく落ち着いた感じで、黒い瞳は理知的な輝きを放っている。

 あれだ。

 芸能人で例えると壇蜜(だんみつ)さんみたいな感じ。


「似せて器を造形したからの。はじめましてじゃな。由梨花とやら」


 うっわ。

 いきなり心を読んできたよ。


 あと、威圧感が半端ない。

 こんな壇蜜さんは嫌だ。

 あえて心の声に乗せてやりながら、私は丁寧に一礼した。


「お初にお目にかかります。楊さん」


 尊称ではなく、普通に名前で呼びかける。

 日本だからね。

 西王母さまとか呼んでいるのを他の人が見たらどう思うかって話さ。


 それにまあ、私はこの人の臣下でも部下でもないし。

 普通に丁寧な対応でいくつもり。

 必要以上にへりくだるのもおかしなもんだしね。


「面白い小娘じゃ」


 ふっと笑ったあと、歳さんと小学生状態のさくらに視線を向ける。


「久しいの。息災であったか? さくら。歳三」

「は」


 歳さんは短く応えて優雅に一礼。


「回がきたせいで、さくはご機嫌ななめにゃ」


 さくらは、ぷんすかと腰に手を当てている。

 おっかしいな。

 私の記憶だと、さくらって仙の中じゃ一番位が低いんだよね。


 わりと横柄な態度をとるよな。こいつ。

 麻姑だってえらい仙女だし、西王母なんて女神のトップなのに。


「あいかわらずつれないのう。じゃがそこが良い」


 ふいっとさくらを抱き上げて、ふにふにのほっぺに頬ずりする。


「うっとうしいにゃ。はなすにゃ」


 ぐーっと両手で胸のあたりを押して引き剥がそうとするさくらだったが、膂力の差か、ねっぱついたままだ。

 ちなみに、ねっぱつくというのは、このあたりの方言で、くっつくって意味。


 津軽弁にも同じ言葉があるんで、古くから函館と青森には交流があったっていう証拠になってるらしいよ。


 で、それはともかくとして、この人もかなりの猫者(ねこもの)だね。

 もしかしたら仙界って猫者だらけだから、さくらが可愛がられているのか?

 そんなわけないか。

 一応、麻姑も否定していたしね。


「けどまあ、猫者が多いのは喜ばしいことだね」

「たぶん、おそらく、猫者っていうのは猫好きのことだと思うんだけど、強者(つわもの)と同じイントネーションなのはどうなんだろう」

「なにか問題が?」


 ごにょごにょ言ってる歳さんをじろっと睨んでおく。

 猫者と強者は同列に決まってんじゃん。


「任せます……」


 ふ。勝った。






 歳さんが運転席、私は助手席。

 西王母が上座である運転席の後ろに座り、その膝にはさくらが乗せられた。

 猫状態の。


「理不尽にゃ。この扱いは理不尽にゃ」


 けっこう自分から膝や肩に飛び乗るくせに、強制的に乗せられるのはお気に召さないらしい。

 もちろん、さくらの抗議は一顧だにされなかった。


「太平洋側を流して鹿部(しかべ)を抜け、森町から国道五号線で函館に戻ってきます」


 ドライブコースを軽く説明する。

 途中、鹿部の間欠泉公園で足湯を楽しんだりしながら、七飯は峠下(とうげした)のファーストフードで夕食だ。


 そんなところで夕食かよと思うなかれ。

 バーガーだってけっこう食べ応えのあるボリュームだし、オムライスやピザ、パスタやカツ丼、お好み焼きや焼きそばまで扱ってる店なのだ。

 わりとファーストフードっていう(ことわり)からは外れている。


 美味しいけどね!


 気になっているのは、優勝したお相撲さんが飲み干す杯みたいなでっかい丼に入ったダブルロースカツ丼だ。

 いっかい頼んでみたいんだけど、絶対に食べきれるわけがないので二の足を踏んでいる。

 残すのはもったいないからね。


「足湯? 風呂に入るのに温泉につかるのかや?」


 ふむふむと頷きながら説明を聞いていた西王母が小首をかしげる。


「入るのは足だけですよ。まずは間欠泉でも見ながら旅の疲れを癒やしてください」

「ほほう」

「では、出発します」


 歳さんに合図を送る。

 滑るように静に動き出す車。今日はいつものごっついSUV車ではない。

 取引相手とかとゴルフに行くときなんかに使ってるという黒塗りの国産高級車だ。

 走行音も静かだし、あんまり揺れない。

 まさにセレブ御用達って車である。


 前に、田舎には一家に何台も車があるのという話をしたと思う。

 そしてそれは富の象徴ではなく、貧困を助長するものだと。


 しかし、歳さんの場合は純粋に富の象徴だ。

 社長だもの。

 独身貴族だもの。


「由梨花ちゃんの視線が痛い。俺がいったい何をした?」

「べっつにー?」


 金持ちで、頼りがいがあるイケメン。しかも土方歳三の転生者だ。

 あげく超絶美人の美雪と仲睦まじいとかね。


「もげちゃえばいいのに」

「なにが!?」


 きゃいきゃい騒ぎながらも車は順調に走り、トラピスチヌ修道院を右手に見ながら南茅部(みなみかやべ)地区へと入ってゆく。

 このあたりはかつて独立した町で南茅部町といったのだが、函館市に吸収合併された。


 北海道唯一の国宝『中空土偶』が出土したのもこの町である。

 その土偶は、道の駅『縄文ロマン南かやべ』に併設された『函館市縄文文化交流センター』に安置されている。

 まあ、けっこう日本各地の展示に貸し出されてるけどね。


 ちなみに、この道の駅には『中空土偶弁当』なるものが売っているそうだ。

 土偶の顔を模したおにぎりが入ってるらしいよ。

 ちょっと興味あるけど、今日は寄らないのだ。


「寄らないのに説明だけするとは、なかなか腹が立つ小娘じゃのう」


 西王母さま苦笑中だ。

 だってしょうがないじゃない。

 昼過ぎからスタートするドライブなんだからさ。あちこち寄っていたら時間なんてあっという間に過ぎてしまう。


 空港から鹿部まで五十キロ弱、そこから森町を経由して函館に戻ってくるのに七十キロちょっと。

 移動距離はかるーく百二十キロを超えるのだ。


 それを午後だけで走るんだから、私が運転きついなぁってぼやいた理由が判っていただけただろうか。


「そのかわり、間欠泉公園では黒ごまのソフトクリームをご馳走しますよ」

「微妙に美味しくなさそうじゃなあ」


「鹿部の方々に心から謝ってください。心から」

「たいへん申し訳ないことをした。許してたまわれ」


 馬鹿話で盛り上がる。

 いつの間にか、さくらは西王母の膝の上で心地よさそうに眠ってしまった。

 くっそくっそ。

 それは私の特権のはずなのに。


 やがて、車は鹿部の道の駅に到着する。

 間欠泉公園に付属した施設だ。

 ここでは、温泉の蒸気を利用した蒸し料理などを楽しむことができる。

 なかなかに美味しいと評判だ。


「だから、食するわけでもないのに説明するなというのじゃ。腹が鳴ってしまうわ」

「じつは、それが狙いです」


「少し見ぬ間に、人間はずいぶんと意地悪になったのう」

「少しってどのくらいです?」


「二千五百年くらいじゃ」

「OK。それはまったく少しじゃないですね」


 入場料一人三百円を支払い、間欠泉公園の中を進む。

 ちなみに、小学生形態のさくらは子供料金なので二百円だ。


 足湯は、さすが有料だけあって手入れも行き届いていて綺麗だし、ベンチは間欠泉がどーんと一望できる絶妙の配置だ。

 しかも平日なので空いてる。

 最高と言わざるをえまい。


「いてて。いてて。玉砂利が痛いのう」


 そして人がいないのを良いことに、足湯の中を歩く西王母である。


「仙女なのに足つぼを痛がるというのは、ちょっと新しいですねぇ」


 あなたたちは病気とは無縁じゃないですか。


「歳じゃから」

「そんな馬鹿な」


 不老不死の仙に歳もへったくれもあるもんか。


「しかし、これは極楽じゃの。大地の力がびりびりと伝わってくる」

「温泉だからにゃ」


 ほへーっと、さくらが深く息を吐いた。

 くつろぎきってる。

 案内役の一人のはずなのに、完全にもてなされる側だ。

 この格差社会よ。


 かわいいから許す。



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