第27話
「というわけで、西王母って神様が『ねこの湯』にくるらしいのよ」
みんなを集めた緊急作戦会議である。
「あらあら。困りましたねえ」
というイナンクルワの反応は、ひょうひょうとしたものだったが、祭と歳さんは露骨に顔をしかめた。
あ、歳さんはスタッフじゃないけど関係者枠ね。
「話を総合すると、わがままおばさんって感じかな?」
小首をかしげている美雪も同様だ。
「おばさんっていう歳でもないけどにゃ」
苦笑するさくらである。
中国の春秋時代の書物とかに、もうすでに西王母は登場しているのだ。西暦でいうと紀元前七七〇年くらいの話だ。
「キリストなんかよりもずっと年上にゃよ」
「おおう。ジーザス……」
「いうと思ったにゃ」
じゃれ合う美雪とさくら。
作戦会議中である。
「しかし由梨花ちゃん。備えるといっても『ねこの湯』に防衛力はないだろう? どこで迎撃するつもりだ?」
「こうなるって判ってたら、変形機能をつけるんだったぜ。ミスリルまで使ってるのになっ」
歳さんと祭である。
あんたらは何と戦うつもりなんだ?
むしろ銭湯が変形して戦闘ロボになるとか、だじゃれにしてもつまんなすぎだって。
ていうかさ、みんな真面目に考えようよ。
おもてなししようって話なんだから。
「お風呂に入れるだけじゃダメなん?」
半ば挙手するように美雪が訊ねた。
「せっかくだから函館観光をしたいって言ってたらしいにゃ。麻姑に」
さくらが応える。
「めんどくさ……」
ぽつりと呟いちゃう美雪だが、私もかなりの線で同意見だ。
くるのはかまわないのよ。
勝手にきて、お風呂に入って、勝手に帰ればいいじゃんね。
なんで観光したいから案内しろって話になるのさ。
好きにまわればいいっしょ、って断りたかったけど、そういう理屈が通じる相手じゃないらしい。
ので、私とさくらで函館観光に付き合う。
こればっかりは仕方ないね。
他の人に押しつけるわけにはいかないもの。
私がいない間は、申し訳ないが美雪に番台に座ってもらうしかない。
お店を休んでね。
ほんとに申し訳ねえ。
イナンクルワも祭も、自分の部署を長く空けることはできないから。
「一日だけのバイトね。おっけーおっけー、むしろ楽しみ」
美雪がけっこう乗り気だったから良いけど、そうじゃなかったら愁也か、いっそ麻姑にやらせようかと思っていたくらいである。
で、配置が決まったら、次に決めないといけないのが観光コースだ。
むしろそのために集まってもらったといっても過言ではない。
なにしろ私って、七年も函館を離れていたからね。
「そういうことなら、碧血碑なんかどうだ? 由梨花ちゃん」
「それを女性に見せてどうしようというのか……」
歳さんの提案に頭を抱える私だった。
碧血碑ってのは、箱館山の中腹に建ってる慰霊碑ね。箱館戦争で散った蝦夷共和国軍の勇士たちを弔うための。
なんで碧い血なのかっていうと、忠義を貫いて死んだやつが流した血ってのは、青い宝石になるって伝説が由来のはず。
「いや。ロマンだろ?」
「ロマンですけど!」
この慰霊碑が建てられるまでのエピソードには、ものすごくロマンがある。
箱館戦争で敗れた蝦夷共和国軍を、明治政府は賊軍と呼んだんだ。で、死んだ兵士を弔うことを許さなかった。
腐るまで放置しておけってね。
あんまりな措置に柳川熊吉って人が義憤に燃えた。
この人は兵士じゃないよ。侠客、つまりヤクザ者だね。
お寺の住職や大工の棟梁なんかとも相談して、子分たちに死体を集めさせたの。もろろんきちんと埋葬してあげるためにね。
慰霊しちゃダメだよっていう明治政府の命令に逆らったわけだから、彼は普通に捕まっちゃった。
で、打ち首になるところだったんだけど、この国にはこういう人物こそが必要なんだって思ったお役人によって助命されたんだ。
その後、熊吉親分は箱館山の土地を買って、ここに慰霊碑を建てた。
箱館戦争を生き残った榎本武揚たちと協力してね。
ちなみに、熊吉親分の義挙を称えて碧血碑の横に小さな碑が建ってるよ。
もうね。
函館の人々の心意気を伝える故事だよね!
「く、詳しいな。由梨花ちゃん」
微妙にひいてる歳さんだ。
この程度は一般教養だって。
「函館市民だもの! でも、さすがに女性を案内する場所じゃないですよ。歳さん」
あ、この碧血碑は土方歳三の霊も慰めてたりする。
歳さんここにいるけどねー。
西王母が歴女で、しかも箱館戦争に興味津々ってんなら連れて行ったら喜ぶだろうけどさ。
麻姑からそういう情報はリークされていないんだわ。
「したら、やっぱりうまいもんでも食わせる手じゃね?」
祭が提案する。
無難ではあるけど、それだと、どこに連れて行くかって選択肢はまだまだ狭まっていないのだ。
「五稜郭タワーとかはどうだ?」
「歳さんは、箱館戦争テーマから離れましょう」
ぺいって捨てておく。
じつは私も登ったことないんだけどね。
むしろ市民はわざわざ行かないって。
「ロシア料理で良いべさ。あそこの」
にやっと笑う祭。
明治十二年創業っていう老舗レストランが函館にはある。函館を代表する名店だといっても良いだろう。
ここの初代料理長の五島英吉って人は、蝦夷共和国軍と一緒に箱館戦争を戦った人なんだ。
「悪くないっていうか、テッパンだけどね」
「気後れしちまうかい? 女将」
「まあねー」
からかう祭に肩をすくめてみせる。
名店であるがゆえ、大変にお高いのですよ。
私みたいな小娘がほいほいと入れるような雰囲気でもないしね。
「したら、ハンバーガーしかないべさ」
「一気にグレード下げたな!」
函館っていうか、道南にしか展開してないファーストフードのチェーン店があるのだ。
これも観光客には大人気である。
悪くないかな?
私でも入りやすいし。
「道南を軽くドライブして、めしはバーガー。ひとっ風呂あびた後、海鮮居酒屋にでも連れて行って〆。これで満喫コースじゃないか?」
歳さんがまとめてくれた。
けど、私ドライバーまでやんの? きっついなー。
「いや。それは俺がやろう。観光タクシーくらいのつもりで乗っかっていてくれ」
「おお! 歳さん頼もしい!」
「だろう? 惚れ直したかい? 美雪ちゃん」
「もうストップ高だって」
そしていちゃつき始める社長とホステス。
あんたら、いつの間にそんな仲良くなってんだよ。
成人に達した人間のことなんで、私がとやかくいうような話でもないんだけどさー。
なんか腹立つわー。
歳さんと美雪、愁也と麻姑、なーんか良い雰囲気出しやがってよー。
「ゆりにはさくがいるにゃ」
「あらあら。あしもおりますわよお」
「もちろんあたいもなっ」
さくら、イナンクルワ、祭が名乗り出てくれた。
三人と一匹で抱き合う。
心の友よー。
「楽しそうだねえ。あんたら」
なまあたたかい目で美雪がこちらを見ていた。
そして約束の日だ。
お昼過ぎに到着する飛行機に乗って、西王母がやってくる。
歳さんの車で、私たちは空港まで出迎えにでた。
ていうか飛行機でくるんだね。
どこから乗るんだろう?
「縮地でぱっと現れた方がずっとラクなのににゃ。わざわざ面倒くさい方法を使うようなやつにゃ」
縮地ってのはようするに瞬間移動らしい。仙たちの移動手段なのだそうだ。
便利だなぁ。
それを使わないで、どこかから飛行機に乗ったってことは、旅行気分を満喫したいって現れだろう。
瞬間移動じゃ旅行とはいえないもんね。
「ちなみに日本だと京都にゲートがあるんだよ。由梨花ちゃん」
歳さんが説明してくれた。
なんだろう。仙界ってじつは簡単にいける場所なの?
心づいて訊ねてみる。
「まさか。生身でゲートはくぐれないさ。分子レベルまで分解されてしまう」
「こっわっ」
私はもちろん、人間に転生してる歳さんや麻姑も通れないってことだ。
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