第26話
売り上げは好調だ。
改装計画も、メイクアップサービスも、タウン誌掲載も、麻姑の襲来すらもプラスに作用し、『ねこの湯』の客足は日々伸び続けている。
すべてが順風満帆。
「襲来っていうな!」
唯一の誤算と言えば。麻姑が居着いちゃったことくらいかな。
ほんと、毎日くるんだわ。
「大学生は暇でうらやましいのにゃ」
とは、さくらさんのイヤミである。
猫に暇と言わしめるとは、麻姑という仙女はただものではない。
「じっさい暇なんだけどね!」
威張ってる。
一般教養ばっかりの一年生二年生はけっこう時間に余裕があるそうだ。
専門科目が入ってくる三年生からが忙しくて、しかも就職活動もあるから、まったく時間がなくなるんだって。
だからこそ一、二年の時点で取れるだけ単位を取っておかないと、後で泣きを見るって愁也がいってた。
「ほら! あたしって仙女じゃん! 大学の勉強なんてよゆーなわけよ!」
「仙人としての力を、そういうふうに濫用していいんだろうか?」
首をかしげる私。
なんかズルしてるよーな気がする。
「仙界での勉強に比べたら、人間の学問なんてぬるいのはたしかにゃよ」
ヒゲをふにふに動かしながらさくらが言った。
かわいい。
宇宙開闢以来からの真理を学び、体得しないと一人前の仙にはられないんだってさ。
まじかー。
神仙への道は厳しいなー。
「でもさくらは、ものすごく優秀だったんだよ! 由梨花サン!」
「そうなの?」
「主上たる太上老君もお気に入りだったのよ。百万年に一人の逸材だって」
「さくらは可愛いからねえ」
「そういうことじゃねえよ」
びしっと裏拳でつっこまれました。
仰角四十五度の、美しいツッコミである。
太上老君ってのは道教の主神の一柱で、ものすごくえらい神様らしい。
さくらは、その神様のもとで修行していたんだってさ。
だからこそさくらが周囲から一目置かれていたって側面もあるっぽい。
姐さんとか姐御とか呼ばれてたしね。
「おーぼーなお師匠だったにゃ。さくはずいぶんと苦労したにゃ」
むーっという顔のさくら。
麻姑がくすくす笑う。
太上老君が出す課題なんか難なくこなすくせに、「死ぬかと思ったにゃ!」と、ばっしばっし猫パンチで突っ込んでいる姿は、仙界でも風物詩だったらしい。
かわいい。
「昇神の話もあったんだけどね! さくらったらどうしても人間界に行くって!」
ごねたらしい。
神様相手にごねるとは、かなりの剛の者だ。
「破門は覚悟の上だったにゃ。さくは、どうしてもゆりのもとに戻るつもりだったにゃ」
「これには主上も困り果ててね!」
猫可愛がりに可愛がっているさくらを破門するなど論外で、仕方ないから名目の立つ仕事を与えた。
すなわち、函館を中心とした道南地区の霊力の安定化である。
具体的には『昭和湯』の再建だ。
「正直、できるとは思ってなかったみたいなの! 生き返って戻ってきたさくらが気味悪がられる可能性とか! 消えゆく産業の銭湯なんか誰も継がない可能性とか! 継いだとしてもまったく流行らなくてすぐに廃業する可能性とか! 数えあげたらきりがないくらい失敗の可能性があったのよ!」
失敗して、ごめんなさーいって帰ってくると、太上老君は思っていた。
そしたらずっと手元に置いて可愛がり、いと尊き神の座へと押し上げてやろう、と。
「く。許せぬ。許せぬぞ太上老君とやら。さくらを独占しようなんて……許せないけど判るー」
私だって独占したいわー。
ぎゃーっとさくらを抱きしめる。
「ゆりがきもいにゃ。お師匠とおんなじくらいきもいにゃ」
肉球で押し返されました。
ありがとうございます。
ていうか、太上老君もかなりの猫者じゃな。
「まあ、失敗しなかったし帰ってこなかったんだけど、さくらが生き生き働いてるのを仙界から見て、主上も悦に入っていたの!」
「さくらは可愛いからねえ」
「だから、そういうことじゃねえよ」
ふたたびのツッコミ。
太上老君が満足したのは、さくらの可愛さではなく成果の方。
見事、函館に霊泉を作り上げ、この地域の霊脈の安定化を成し遂げた。
さすが我が愛弟子、という感じで鼻高々だったらしい。
「うん。さすがさくら! さすさく!」
「主上と由梨花サンって微妙に似てるよね! とくにキモさが!!」
この仙女、なんて失敬なやつだ。
あと、さくらもそんなに深く頷かないで。
「ともかく、あやかしや幻想種族、転生者まで抱き込んで、これだけの成果を上げたからね! 由梨花サンの評判も仙界で上がってるんだ!」
「え? 私?」
ほとんどさくらのコネクションに乗っかっただけなんだけど。
「そうじゃないにゃ。さくはたしかに人を紹介したけどにゃ。彼らとの縁を正しく結んだのは、ゆりの力量にゃよ」
褒められた。私、褒められた。
少し照れくさいから、さくらの背中を撫でてやる。
気持ち良さそうに、純白の淑女が目を細めた。
「もちろん、主上の愛弟子たるさくらが見込んだ人間、という前評判が武器になっているのは事実だけどね! でも由梨花サンとの出会いがなければ、さくらが仙になることもなかったわけだから! 由梨花サンの功績は、やっはりものすごく大きいんだよ!」
ハイテンション仙女の説明によると、因果律ってやつなんだってさ。
私と出会ったからさくらは仙になった。
さくらが仙になったから、私はさまざまな縁を結ぶことができた。
どちらが主でどちらが従ということではないんだそうだ。
「今風の言葉でいうと、ツーマンセルとかバディとか、そういう感じにゃね」
にゃふふと胸を反らして格好つけるさくら。
猫又が相棒ってのは、なかなか新機軸かもしれない。
「んで! 西王母さまも会いたいってさ!」
「げ」
麻姑の言葉に、さくらがものすごーく嫌な顔をした。
てか、西王母ってだれ?
「簡単にいうと仙女のトップにゃ。面倒くさいやつに目をつけられたにゃ」
むーんと後ろ足で頭を掻く。
いやあんた。トップってことは麻姑だけでなく、さくらの上司でもあるんじゃないの?
面倒くさいとかいったら怒られるんじゃね?
「いやいや由梨花サン! 上司なんてものはたいてい面倒くさいんだよ! 人間界でも仙界でもね!」
「わかるー」
思わず同意しちゃった。
いやあ、私も七年ばかり社会人をやってたもんで。
よく判りますわ。
『ねこの湯』の経営者になって、そりゃ苦労も多いし胃が痛くなるような問題だって、いっくらでもあるんだけどさ。
それでも勤め人に比べたら良い点って、ひとつだけあるんだわ。
上役がいない、ってゆーね。
もう、人生の幸福ってこれに尽きるんじゃないかなってレベル。
「だっしょー? あたしもいま、学生って身分だけどサイコーよ! 上司の顔色を伺わなくていいんだもん!」
私と麻姑、どちらからともなく右手を伸ばし、がっちりと握手を交わした。
鋼の紐帯で結ばれた瞬間である。
人間と仙女の垣根を越えて、上司うぜー同盟の締結だ。
「なにをしているんにゃ。麻姑、話を先に進めるにゃ。楊回に目をつけられたとなったら、それなりに備える必要があるにゃ」
てしてし、と、さくらが前足で私と麻姑にツッコミをいれる。
かわいい。
あ、楊回ってのは西王母の本名らしい。
そもそも西王母ってのは称号とか尊称とか、そんな感じ。
さくらさんったら、上司を姓名で呼び捨てですよ。
自由なにゃんこである。
「人間界に現れた仙湯に行ってみたいってさ!」
「耳が早すぎるにゃ。もう蟠桃園にまで噂が届いたのにゃ」
西王母の屋敷がある桃園で、食べたら仙になる桃の木がいっぱいあるんだってさ。
まさに桃源郷だね。
「届いたっていうか! あたしが喋っちゃった!」
「おまえの仕業にゃ!?」
さくら怒りのフライングにゃんこチョップが、麻姑の顔面に炸裂した。
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